舞い降りた異世界の闖入者の話③
「レフィリア様、ご無事で! 邪導のゲドウィンは……?!」
荒れた呼吸を整えながら問いかけるルヴィスに、レフィリアは素直に喜べないといったような、何とも複雑そうな表情で返す。
「はい、皆さんのお陰でゲドウィンをあと一歩というところまで追い詰めることが出来ました。……ですが、仕留める前に他の六魔将の乱入を受け、そのどちらも取り逃してしまいました」
「そんな……」
「それは、なんと……」
二人の暗い面持ちに、レフィリアは何とも申し訳のない、やり切れない気持ちになる。
するとサフィアは、レフィリアが片腕を負傷していることに気づいて慌てて声を上げた。
「レフィリア様、肩に傷が……! 今、治療します!」
「あ、大丈夫――といいたいところですが、お願いします。私、魔法はからきしで……」
いいんですよ、と労るような表情でサフィアは回復魔法をレフィリアに掛け始める。
みるみるうちに血の流れた切創がきれいにふさがっていく。
どうやら攻撃性や害意のない、治療や回復系統の魔法はきちんと自分の身に作用するようだ、とレフィリアは認識した。
レフィリアが治療を受けている間、ルヴィスは更に質問を続ける。
「レフィリア様。ゲドウィンの助太刀に入った六魔将はどんな相手でしたか?」
「えっと確か……殲風のエリジェーヌ、とか名乗ってたような……」
「殲風のエリジェーヌ……確かに六魔将の一人ですね。聞くところによれば単独での高い飛行能力を有し、六魔将でも随一の俊敏性と機動力を持つとされています」
ルヴィスの言う通りだ、とレフィリアは痛感した。
ちょっと刃を交えただけでも、エリジェーヌの素早さと反応速度の凄まじさは身を以て思い知らされた。
そしてパワーに関しても、自分とほとんど変わらない。
あのまま戦いを続けていたとしても、正直勝ち筋は見えなかった。
悔しいところではあるが、あの場は彼女が自分から引いてくれて運が良かったのではないか、とレフィリアは思う。
「エリジェーヌの目的は、あくまでゲドウィンが街の外へ逃げるまでの時間稼ぎだったみたいです。ゲドウィンの脱出を確認したような事を口にしたら、すぐに戦いを止めて撤退していきました」
「なるほど。ではゲドウィンは、この城どころかもうガルガゾンヌ市街にすらいないと」
「彼等の言うことを信用するならですね。ゲドウィンは城が使い物にならなくなったから逃げるしかない、城に残っていた力を全部自分の身体の再生に使ってしまった、と言っていました」
レフィリアの傷を治し終えたサフィアは、希望に満ちた眼差しでルヴィスを見る。
「兄さん。今こそが城壁の魔導兵器を無力化する絶好の機会なのでは?」
「ああ、そうだな。あれさえ無くなれば、エーデルランドの軍も一気にここへ攻め込みやすくなる」
少し明るさを取り戻した兄妹二人に、レフィリアも気を取り直して頷く。
「それには私も賛成です。邪魔が入らないうちにとっとと壊してしまいましょう。……ところで」
レフィリアは兄妹以外の三人がいつまでも姿を現さないことが気がかりで、通路の奥へ視線を移しながら所在を訪ねてみた。
地下への道のりも激しい戦いであったに違いない。きっと途中で休んでいるのではないだろうか。
「他の三人はどうされましたか?」
◇
――シャルゴーニュ公国上空。
城郭都市ガルガゾンヌを離脱したゲドウィンは、城壁を超えたことをエリジェーヌに念話で連絡すると、一旦制止して空中に魔法陣を展開した。
半径十メートル程もある魔法陣から巨大で奇妙な姿をした怪鳥が姿を現すと、ゲドウィンはそれに乗ってエリジェーヌの支配している国を目指す。
「自分で飛ぶのもいいけど、長時間は何かに乗ってた方が楽なんだよねぇ」
しばらく上空を移動していると、後ろから翼を広げたエリジェーヌがすうっと追いついてきて、ゲドウィンのすぐ隣に速度を合わせて並んだ。
「お疲れさまー」
「お疲れー。何それ、新しい召喚獣?」
「うん、シャンタク鳥っての。それはそうと、エリジェーヌが救援に来てくれてホント助かったよ」
「んー、たまたま手が空いてたから良かったけどねぇ。私くらいしかすぐ助けに来られないだろうし」
「いやあ、本当にありがとう。……それで、どうだった?」
ゲドウィンの問いに、エリジェーヌは人差し指で自分の片目を差して述べる。
「あー、ダメ。やっぱり私の“眼”と“声”も全然効かなかった。槍で普通に傷つけられたから、直接攻撃は流石に通るみたいだけど」
「へえ、あの聖騎士相手に手傷を負わせたんだ。流石はエリジェーヌ、殲風の名は伊達じゃないね」
「でも急に瞬間移動とかしてくるようになったんだよ。……あの子、下手に追い詰めると逆に能力が覚醒してくるのかもしれない」
ゲドウィンは興味深げに指を顎につけて考え込むような仕草をする。
「なるほど。主人公もとい、如何にも正義のヒーローといったような感じだねえ。今、露呈している能力以外にも何か隠し玉があると考えておいた方がいいみたいだ」
「ていうか、元はと言えば一番重要な情報を報告しなかったカリカリのヤツが悪いんじゃん! アイツ、絶対自分の能力効かなかったの恥ずかしがって黙ってたんだよ、あの馬鹿!」
急に悪態をつき出したエリジェーヌに、ゲドウィンはまあまあと諫める。
「確かにカリストロス君には事前に伝えてほしかったけど、今となってはもういいよ。――聖騎士レフィリアには魔法に完全な耐性があり、同時に魔法、物理問わず飛び道具も遮断して無効化できる。加えて行動封じや呪い、精神干渉といった状態異常も防げることが判明した」
「何それ、チートじゃん」
「現状、彼女にダメージを与える手段は直接殴るか斬ることくらいしか判っていない。この防御特性はおそらく、彼女も我々と同じ“G.S.A.”を持っているからだろうね」
――G.S.A.
Given Special Abilityの略称。
ゲドウィンたち異世界転移者が異世界で活動する身体を手に入れた際、それに付随して各々が与えられた固有能力のことをいう。
メタ的に異世界転生ものの作品用語でいうところの、チートスキルというものに該当する特殊技能、もしくは特性や能力である。
因みにカリストロスのイマジナリ・ガンスミスもこのG.S.A.にあたる。
「ふーん、じゃあレフィリアちゃんのインチキみたいなあの防御特性もG.S.A.によるものってこと? 確かにそれならすごく納得だけど」
「だけどG.S.A.は強力であり過ぎる以上、逆に弱点としての側面である仕様の穴がある筈だ。そこを見つけ出すことさえ出来れば、彼女に手を焼くこともなくなるんじゃないかな」
「あー、オデュロ君の鎧みたいな? そういえばオデュロ君、レフィリアちゃんと一番相性良さそうだよね」
「うん、でも会敵させるにはもう少し情報を集めてからの方がいいだろうね。それにスピードで上回っている以上、エリジェーヌも十分有利だよ?」
「そっかなー。レフィリアちゃん、魔法どころか私のG.S.A.も効かないから、半分くらい出来ること限られちゃうんだけど。……まあ、いいや。あの子、可愛かったからもっかい会ってみたいし」




