舞い降りた異世界の闖入者の話①
「ッ――?!」
いきなりの闖入者の登場に、レフィリアは咄嗟に足を止める。
レフィリアとゲドウィンのちょうど真ん中に降り立ったそれは、背中から悪魔の翼を生やしたワインレッドの髪の少女――エリジェーヌであった。
ゲドウィンは大仰に両腕を広げると、大げさなくらい嬉しそうにエリジェーヌへ話しかける。
「うおおー! エリジェーヌ、よく来てくれたよー! あとちょっと遅かったら僕マジでやられてたわ!」
「えっ、ゲド君そんなに追い詰められちゃってたの?!」
エリジェーヌは背中の翼を仕舞いながら、心底驚いたようにゲドウィンを見る。
「そうなんだよ、この娘めっちゃ強くってさー。城も使い物にならなくなっちゃったから、もう逃げるしかないんだよねー」
「うーん、じゃあとりあえず私の支配地くればぁ? この国、放棄するのは勿体ないけど状況が状況だから仕方ないし」
突然始まった二人の会話にどうしようかとレフィリアが戸惑いつつ様子を伺っていると、エリジェーヌが急にレフィリアの方を向いて大鎌を握りなおした。
「とりあえずここは持たしとくから、今のうちに撤退すれば?」
「ありがとねぇ、あとで色々お礼するよ。……あとこの娘、魔法も飛び道具も全部効かないから気をつけてね」
「えっ、うっそ。それマジなの?!」
「うん、マジマジやってらんない。だから危なくなったら無理はしないでね。――それじゃあ頼みます!」
そこまで言うと、ゲドウィンは空中に飛び上がってそのまま屋根に空いた隙間から外へと逃げ去ってしまった。
追撃することも出来たが、目の前の相手がどんな能力を持っているか判らない以上、迂闊な行動は出来ない。
「んー、魔法も射撃も効かないんじゃゲド君もカリカリ君も分が悪いよねー。……つーかカリカリのヤツ、報連相くらいちゃんとしろよなー」
最後にぼそっと声を低くして悪態をついたあと、エリジェーヌはニコリとした表情に戻ってレフィリアに話しかけた。
「あっ、初めまして。魔王ちゃんのところで六魔将やってます、《殲風のエリジェーヌ》っていいます。エリーって呼んでくれていいですよー」
「は、はあ……どうも」
相手の場違いなくらいにこやかな雰囲気に気圧されてしまったが、冷静に考えれば拙い状況だとレフィリアは思った。
つまりゲドウィンはただいたずらに戦闘を長引かせていたのではなく、今まで増援が到着するまでの時間を稼いでいたのだ。
いつの間に仲間と連絡を取っていたのだろうか。全く抜け目の無い男である。
「えっと、貴方が今噂のレフィリアちゃんですよね。うーん、こういうストレートに清純っぽい女騎士ってのもいいなぁ。リアルだったらコスしてみたいかも」
エリジェーヌはまるで美術品でも眺めるかのようにレフィリアの全身を興味深げに観察している。
「あの……貴方は戦いに来たんですよね?」
「え? あー、それはレフィリアちゃん次第かなぁ。今ならまだギリッギリ仲間にしてもらえると思うけど」
途端、レフィリアにはエリジェーヌのこちらを見つめる瞳が妖しく光ったかのように見えた。
『――レフィリアちゃん、変な意地はってないで私たちと仲良くしようよ』
彼女の声もまた、耳からではなく頭の中に直接語りかけられるような、どこか心地よさすら感じられる美声に聞こえてくる。
『仲間になったらきっと楽しいよ。絶対に愉しいし、気持ち良いよ。だから仲間になろうよ、ね?』
すごく、すごく良い声。
――だが、レフィリアにはそこまでだった。
彼女の思考はいたってクリアで、意識を乱されることはない。
どんなに美しい声で話しかけられても、相手の言うことに従うかどうかは別問題である。
「いいえ。先ほどの彼にも言いましたけど、魔王の軍門に下るつもりはありません。……というか今、私に何かしてませんでした?」
「あっちゃあ、私の“眼”と“声”も効かないのかぁ。こりゃあ本当に実力行使に出るしかなさそうだなぁ」
参ったなぁ、といった表情でエリジェーヌは後頭部を掻く。
やはりレフィリアに対して“何か”をしていたらしい。
「レフィリアちゃん、今時主役が一人だけの孤独なヒーローものなんて流行らないよ?」
「そもそも貴方がたは悪役じゃあないですか」
「あ、確かに。でもそれって人間側から見た場合の話だよね」
エリジェーヌはいまだに友達へ話しかけるような口調でニコニコと微笑んでいる。
「まっ、いいや。――とりあえずちょっとだけ、私と遊んで行ってよ」
すると突然、レフィリアの目の前から一瞬でエリジェーヌの姿がいなくなった。
それと同時に背後から殺気。
加えて眼前にはいつの間にか、あの死神を思わせる大鎌の刃が横一文字に迫っている。
(危なッ――?!!!)
レフィリアは咄嗟に屈んで前転回避したと同時に、頭上を物凄い速さで大きな刃が通り過ぎる。
まさにギロチンを思わせる断頭鎌。
あんなもので首を断たれれば、たとえレフィリアだろうと一発で絶命する。
彼女がこの異世界に来て、現時点で最も恐ろしく感じた死の一閃であった。




