大魔導師と異世界で対峙する話⑦
竜騎士たちはひしめき合うスケルトンやゴーレムの群れを掻き分けるように進み、何とか地下までやって来た。
敵兵は倒しても倒しても、やられた傍から再生するので一向に数が減らず、いつまでも攻撃の手を緩めることが出来ない。
彼らほどの実力者の集まりでなければ、川に流される虫のようにあっという間に飲み込まれていただろう。
竜騎士に身を護られながら、男賢者は杖を前に突き出して叫ぶ。
「この通路の角を曲がった先の突き当りが目的地だ! もうすぐだぞ!」
「そうか! なら、あとひと踏ん張りだな!」
竜騎士が大剣を振り回し、衝撃波とともに数十体のスケルトンを一撃で斬り捨てる。
敵が再生する前に竜騎士が文字通り切り開いた道を走り抜け、最後の角を曲がる。
通路の突き当りには如何にも大事なものがありそうな見た目の大扉、そしてその前には門番であろう通常の倍近い大きさのスケルトン兵士がいた。
そのスケルトンは重装騎士といったいかつい様相で、武器も装備も一目で強力だと判るものを身に着けており、ただならぬ殺気を湧き立たせている。
「もたついている時間は無いな。ここは任せて先に行け!」
竜騎士が自ら大型のスケルトン騎士に斬りかかり、注意を自分に引き付ける。
続けてルヴィスも後ろから迫りくる雑兵の群れを斬り払いながら、サフィアに叫んだ。
「サフィア! お前は護衛の為に一緒に賢者の石がある部屋に行け! ここは俺が抑える!」
「回復役も必要でしょう。私たちで食い止めるから二人は早く中に入って!」
ゴーレムを豪快に蹴り飛ばしながら女僧侶も声を上げる。
「分かりました! では、急ぎましょう!」
「ああ! なるべく早く済ませるから、それまでやられるんじゃねえぞ!」
竜騎士がスケルトン騎士を押さえている間、その横をすり抜けてサフィアと男賢者は扉を開けて部屋の中に入っていった。
◇
――部屋の中には誰もいなかった。
その部屋は広い広い空間だったが、まるで内蔵を彷彿とさせるチューブのようなものが大量に部屋中を覆いつくしている。
まるで生き物の腸の中にいるような気持ち悪さ。そして部屋の中央には、巨大な赤い石のような結晶体がガラス張りの培養槽に似た円筒形の容器に入れられて浮かんでいた。
男賢者は眼前のそれを苛立たし気に、そしてどこか憐れむような目で見上げる。
「……こいつは趣味が悪すぎるな。この石、全部人間で出来てやがるぜ」
「っ――?! そんな……!」
男賢者の言葉にサフィアは言葉を失う。
「初めに視た時からおかしいとは思っていたが、まさか人の命を一つの物質に纏めちまうとはな。……一体、何万人くらい材料にしたんだ? まさか国民の半分近くはくべちまったんじゃねえだろうな?」
「……想像はついてますが、あえて聞きます。石にされた人たちを元に戻すことは?」
「無理だ」
男賢者はすっぱりと即答した。
「俺に出来ることはせいぜい壊すくらいだ。仮に元に戻せたとしても、今の俺たちにそんな時間は無い」
男賢者は言いながら、赤い石が入った容器に手のひらをつける。
「この石は触れた魔力を瞬時に分解して吸収する性質上、攻撃魔法での破壊は不可能だ。かといって物理的にも簡単に壊せる代物じゃない。……破壊には錬金術による分解が必要だ」
「錬金術? ……扱えるのですか?」
「俺はこう見えて魔法に関しちゃ天才だからな。専門でやってた訳じゃねえが、多分やれる。――要は人間の生命を纏めて結晶体にしている枠組みを外せばいいんだ。そうすりゃ形を保てなくなって勝手に自壊するようになる。つまり水の入ったグラスを割るようなもんだ」
そう言って男賢者は手のひらから光の魔法陣を発生させ、腕を押し付けるように力を込めた。
「こんだけのもんを作るのはいくら何でも無理だが、解体だけなら俺でも出来んことはない……ふうっ!」
男賢者は目を閉じて全神経を集中し、赤い石の構造を解析しつつ自身に魔力を巡らせては分解を行っていく。
その作業が始まってから数十分後、突然ピシッと赤い石から亀裂が入ったような音が聞こえた。
実際に赤い石にははっきりと割れ目が入っており、次第に罅が大きく広がっていく。
「砕けろッ……!」
男賢者が叫びながら最後の力を込めると、赤い石は周りの容器と一緒に粉々に砕け散った。
細かい破片となった赤い石は地面に落ちた瞬間、個体からすぐに液体となって地面にびしゃりと零れていく。
「やりましたね! 流石は王国一の魔法の使い手です!」
「ああ、これでもうこの城の化け物共は再生も復活もできなくな――ごふっ!」
途端、男賢者は口から勢いよく血を吐きだした。
咄嗟に口を手で押さえるものの、それでも指の間からとめどなく血が漏れ出ていく。
まるで彼が先ほど破壊した赤い石のように。
「だっ、大丈夫ですか?! 一体、何が――」
急な事態にサフィアが慌てて近づく。
「くっそ……あの野郎やりやがったな……!」
男賢者は足に力が入らなくなり、床に座り込んだ。
「この石……破壊したヤツに反転の呪いがかかる仕掛けがしてあったみたいだ……どうやら心臓を潰されちまった、ぜ……」
息も絶え絶えになり、意識も朦朧としてきた男賢者の傍にサフィアが近寄って手を翳す。
「しっかりしてください! 今、治療を――」
「ダメだ……これは石にされた人間全員の……生きたい、生きたかったという無念が濃縮された……極上の、呪いだ……!」
男賢者は最後の力を振り絞って、サフィアの手を払いのける。
「俺に魔法で干渉すれば……アンタも、呪いが移って死ぬ……俺のことは気にすんな……」
「くっ……!」
サフィアは彼を救うことが出来ない自分の無力さに歯噛みする。
「アンタにはまだ、やるべき事が……あるだろ……後の事は任せた、ぜ……」
その言葉を最期に、男賢者は動かなくなった。
サフィアは男賢者の目を閉じさせ、すっとその場から立ち上がる。
両手に双剣を構えて、速やかに大扉から外へと出る。
「ッ――?!!」
サフィアが扉を開けると、通路には多くの者が倒れ伏した凄惨な光景が広がっていた。
戦闘はもう行われていない。通路の中に立っていたのはサフィアの兄であるルヴィス、ただ一人であった。
「兄さん!」
「サフィア、石は破壊できたみたいだな……敵兵が湧かなくなったよ」
ルヴィスは立っているといっても満身創痍であり、壁にゆっくりと背中を預ける。
サフィアが周りを見渡すと、扉のすぐ傍には徹底的に完膚なきまで破壊された大型スケルトン騎士の残骸があった。
竜騎士がとにかく奮闘したのであろう。
そして当の竜騎士は――大きな胸板を鎧ごと、スケルトン騎士の武器で貫かれて絶命していた。
倒れ伏しても決して剣は放していない、壮絶で勇敢な死に様であった。
「ぐっ……!」
向かい側には女僧侶が壁に寄りかかった状態で倒れていた。
彼女はまだ息があるようで、苦しそうにしながらも息をしている。
しかし無事とはとても言えない状態で、両腕は使い物にならないほど損傷しており、片足もへし曲がっていた。
「今、治療します!」
サフィアが急いで女僧侶に駆け寄り、回復の呪文をかける。
「賢者の石、ちゃんと壊せたみたいね……。アイツは……?」
女僧侶の問いに、サフィアは一瞬言葉を詰まらせる。
「彼は……石を壊した者にかかる呪いで……亡くなりました」
「そう……参ったなぁ、あいつの妹と私って仲良いのにさ……」
帰ったら何て伝えよう、と遠い目で女僧侶は天井を見上げる。
「サフィア、もういいわ。あとの魔力はとっておきなさい。まだ戦いそのものが終わった訳ではないのだから」
「ですが――」
「私は大丈夫。魔力が回復してきたらあとは自分でどうにかするから。今は私を置いてレフィリアさんの所へ行ってあげて」
女僧侶は弱弱しくも意志の籠った瞳でサフィアを真っ直ぐ見つめる。
「――判りました。必ず迎えに来ますので、今は休んでいてください」
サフィアが立ち上がると、すぐ隣には兄のルヴィスが近づいていた。
「行こう、サフィア」
「ええ、兄さん」
二人の兄妹は、通路中に散らばるスケルトンやゴーレムの残骸を踏み越え、レフィリアを残してきた城の最上階へと走り抜けていった。
「……頑張りなさいよ」
女僧侶は一言呟くと、ゆっくりと目を閉じた。




