大魔導師と異世界で対峙する話⑤
「いやあ、悪いですね。この部屋って実は特別でして、私が扱える魔法なら思い浮かべるだけで好きな場所に即発動させられるのですよ」
ゲドウィンは白一色に染まった光熱の世界で、触れた魔力を消化吸収する防護障壁により自身を守りながらそう述べる。
確かにゲドウィンはこれだけの大魔法を放つのに無詠唱はおろか、指先一つ動かすような予備動作も一切行っていない。
この一室は言うなれば魔法を好きに使い放題という、ゲドウィンにとって圧倒的に有利な決戦場だ。
あくまで仮想の話ではあるが、ここならば他の六魔将と戦うことになったとしても負けることはないだろう、とゲドウィンは絶対の自信を持っていた。
六魔将の中で最も頑強なオデュロでさえ攻撃を耐えられず、最も動きの速いエリジェーヌであっても避けられない筈だ。
「この部屋に入って来た時点で、貴方がたに勝ち目など無かったのです」
本来ならば城ごと消し飛ぶような威力のビックバンであったが、ちょうどこの部屋一帯を染め上げてしまった白銀の粒子は、伝説の金属であるオリハルコンと同じ魔力を完全に通さない性質のものであった。
ゴーレムの核である赤い結晶は逆に接触した魔力を完全に吸収する代物であるため、この一室は辛うじて破壊も溶解もされず状態を保っている。
事実上、この部屋で爆発による影響を受けているのはレフィリアだけということだ。
いくら法外な力を持った異世界転移者であっても、存在した痕跡すら残さず原子レベルで分解されているだろう。
暫くして、爆発が終わり真っ白だった景色が元に戻る。
「――なっ……?!」
――しかし、レフィリアはその場に平然と佇んでいた。
それも全くの無傷である。衣服には汚れ一つついておらず、髪の毛一本の乱れもない。
その信じられない光景に、流石のゲドウィンもあまりの驚きで狼狽してしまった。
「ちょっ、うっそぉ――?!!!!」
視界が晴れると同時に、レフィリアは瞬時に跳躍して一気に距離を詰める。
「ッ――!!」
ゲドウィンは反撃どころか反応すら間に合わず、気が付いた時にはレフィリアに斬り捨てられていた。
それも地面に残骸が転がるまで一瞬にして三度、頭と胸部、そして胴体を剣によって斬り飛ばされる。
その幕切れはあまりにも呆気なかった。
レフィリアは始末したゲドウィンが動かなくなったことを確認すると、今度は速やかにゴーレムの核であった赤い結晶体のあるところまで移動する。
豪快な一閃。
一太刀で赤い結晶体を破壊すると、数秒後に部屋全体を染め上げていた白銀が灰のようにさらさらと崩れ落ちていった。
――同時に、固まって像になっていた仲間たちも元の状態に戻る。
竜騎士は自分が動けるようになったことを認識して、きょろきょろしながら少しずつ身動きしてみせた。
「む、身体が動くぞ……!」
「皆さん! ご無事ですか?!」
男賢者はぐるぐると片腕を回して自分の状態が回復したことをを確認すると、声をかけたレフィリアの方を見た。
「はぁー、一時はどうなることかと思ったぜ。ありがとな、レフィリアの姉さん」
「いえ……。でも、これで六魔将の一人を倒すことが出来ましたね」
それぞれが全員の無事を確認し、安堵の表情を浮かべる。
だが、それも束の間――
「――いやあ、驚きました。まさか今の爆発を受けて無傷でいられるなんて」
「ッ――?!!」
突然、声の聞こえた方向を全員が向く。
そこにはなんと、先ほどレフィリアに倒された筈のゲドウィンが事もなげに立っていた。
「これは貴方への認識を改める必要がありますね」
「ゲドウィン……?!」
確かに倒した筈、とレフィリアは困惑を隠せずに思わず叫ぶ。
平然とした状態のゲドウィンの姿に、ルヴィスは怪訝そうに目を細めた。
「まさか、先ほどレフィリア様が倒したのは偽物だったのか……?!」
「偽物? いいえ、ちゃんと本物でしたよ。――レフィリアさんに倒されるまではね」
ゲドウィンは余裕そうな佇まいで人差し指を振った。
「この部屋が機能を発揮している以上、僕が滅びることはありません。先にも言いましたが、ここに入った時点で貴方たちは終わっているのです」
すると、ゲドウィンの背後の床からどろりと湧き出るように何か巨大な物体が新たに出現した。
それは全体が真っ赤に輝いており、次第に人型の形状へと姿を変えていく。
「ですが先ほどのビックバンすら効かなかった以上、僕の攻撃魔法を以てしてもレフィリアさんにダメージを与えるのは事実上、困難でしょう。――ですので、やり方を少し変えます」
ゲドウィンの傍に現れた人型は、前に戦った白銀のゴーレムよりも更に倍近い大きさの巨人となった。
全身が先のゴーレムの核だったような赤い宝石を思わせる結晶体で構成されており、片手には両刃の長剣が握られている。
その巨大さと、それ以上の異質な魔力に女僧侶は狼狽えながら巨人を見上げた。
「な、何よ……これ……!」
「これはエリクシル・ゴーレム。先ほど、皆さんが戦ったフルメタル・ゴーレムの中枢核と同じ物体であるエリクシル――まあ、賢者の石みたいなものですね。100パーセント、それで出来ています」
そう言いながら、ゲドウィンはふわりと浮かんでゴーレムの肩辺りまで飛ぶと、レフィリア達を見下ろした。
「レフィリアさんも賢者の石って名前くらいは聞いたことあるんじゃないですか? 超有名な小説やマンガにも出て来るでしょう。魔法学園ものとか錬金術師の話とか……ああ、僕は人形と戦うサーカスも好きですね」
そんな事を喜々として語るゲドウィンを他所に、男賢者は訝しむように指を唇にあてる。
「賢者の石っつーと錬金術の秘奥にあたる伝説のアイテムだが――まさか……!」
男賢者は信じられんといった顔で自分の足元を見た。
「こいつの魔法のカラクリが読めたぞ。――この野郎、地下に溜め込んだ賢者の石があるから好き放題に特大魔法ぶっ放したり、ゴーレムや建造物をバカスカ錬成出来るんだ。いくらヤツが超越的な魔法技術を持っているとはいえ、魔力リソースは必要だからな!」
「おや、賢者の石が城の地下にあるなんてよく判りましたね。もしかして貴方、特別な能力を持っていたりします?」
ゲドウィンはここにきて初めて、この場にいるレフィリア以外の人間に興味を向けた。
「レフィリアの姉さん。ここは一つ、悪いがしばらくこいつらを抑えてちゃくれねえか? その間に他の俺たち全員で賢者の石を破壊しに行く」
男賢者による突然の提案に、サフィアが声を上げる。
「レフィリア様をここに一人、置いていくと言うのですか?!」
「あのな、俺たちがこのままここにいても返って足手纏いにしかならねえんだよ! それに地下の賢者の石をどうにかしない限り、こいつらはいくら倒しても復活するぞ!」
男賢者の言葉にレフィリアは承諾して頷く。
「行ってください、ここは私が食い止めます。――頼みましたよ」
レフィリアの信頼の籠った眼差しに、竜騎士は自信を持って答える。
「任された! では行くぞ、みんな!」
レフィリア以外の仲間たちが踵を返して、部屋の中から急いで外へ出ていく。
そして彼らがいなくなったあと、レフィリアは改めてゲドウィンに話しかけた。
「――追撃しないんですね」
「今は一番の不確定要素である貴方への対処に集中していますからね。それにただの人間がやれることなんてたかが知れています」
わざわざ自分が歯牙にかける必要はない、とゲドウィンは一蹴する。
自分の標的はあくまでレフィリア一人なのだと。
「では始めましょうか。今度のゴーレムはさっきよりも強いですよ――!」
ゲドウィンが腕を前に突き出すと、今までぼうっと佇んでいたゴーレムの身体に力が籠り、握っている剣を振り上げた。
(私は皆さんを信じています。彼らの為にも、ここは持ちこたえないと……!)




