謎の導師と異世界を飛び立つ話
フードを被った二人の男女の手助けによって、サフィアとジェドは無事に円形闘技場から脱出することが出来た。
そして金髪の男が幻術を駆使することで黄金帝都の街中を誰にも見つからずに駆け抜け、二人が予め確保しておいた廃屋の中へひとまず身を隠したのであった。
「ここまで来れば、とりあえず安心だろう」
「二人とも大丈夫ですか?」
黒いフードを被った、銀髪を覗かせる女性に問われて、サフィアとジェドは頷きを返す。
「うん、大丈夫! 助けてくれてありがとう」
「また窮地を救っていただきましたね。どこのどなたかまでは存じませんが、感謝致します」
「え? またって、サフィアはこの人たちのこと知ってるの?」
「ええ、といっても知り合いという訳ではないのですが……」
そこまで言ってサフィアはふと自分たちが逃げてきた円形闘技場の方角を窓から見つめ、何とも暗い顔つきになる。
「しかし、素直には喜べません。私たちはレフィリアさんを置いて逃げてきてしまいました。どうにかして、彼女を助け出さないと……」
「ごめんなさい。あの場では貴女たちを逃がすので手一杯で……」
「シャンマリーの位置が聖騎士殿に近すぎたからねぇ。だがヤツの言葉を信じるならば、すぐに命を奪うようなことはない筈だ。どうやら自分の本拠地である“ウッドガルド”へ連れていくと言っていたが――」
「でしたら、レフィリアさんに何かされる前に助け出さないと……!」
普段の冷静さを欠いて焦りを見せるサフィアに対して、白いフードの男が彼女を宥める。
「まあ、落ち着いて。今、闇雲に聖騎士殿の救出に向かっても返り討ちに合うだけだ。まずはどうか私たちについてきてはくれないか?」
「……ええと、二度も助けてもらったところ恐縮なのですが、お二人は何者なのです? 何故、私たちを手助けしてくださるのですか?」
手を貸してもらったとはいえ正体がいまだ判らない相手の為、サフィアはやや警戒した様子で二人を見る。
「ああ、この状況ではもう隠している場合ではないね。分かった、信頼を得るためにまずは私たちの素性を教えよう」
そう言うと、二人は目深に被っていたフードを外して、その素顔をさらけ出した。
すると二人は妙齢の見目麗しい美男美女であり、どちらも異性をとにかく引きつけそうな色っぽさのある容姿をしていた。
自分の素顔を見せたところで、金髪の男が更に自己紹介を続ける。
「私の名前は“ソノレ”。隣の彼女は“ノレナ”だ。そして私たちは――君たちが旧文明人と呼ぶ、超古代の民の末裔でもある」
「「ええっ?!」」
白いフードに金髪の男、ソノレの発言に、サフィアとジェドは目を見開く。
サフィアとジェドの両者は共に超古代の遺跡へアーティファクトを探しに行った冒険者同士であるため、その情報はとにかく衝撃的であった。
「あれほど高度なロストテクノロジーを有した、旧文明人の末裔がまさか存在していたなんて……」
「僕らは世間に一族の存在が知れ渡らないよう、普段は隠れ里でひっそりと暮らしているのです。僕たちの存在が露呈すると、その技術や知識を巡って国家間でろくでもない事態が起きかねないので」
黒いフードに銀髪の女性――ノレナの言葉にうんうんと頷きながら、今度はソノレが話を引き継ぐ。
「まあ、私たちはその中でも少し特殊な立場でね。とある事情もあって各地を回って旅をしている。その途中で人類の為に魔王軍と戦っている君らをたまたま見かけて、居ても立っても居られずつい助けてしまったという訳だ」
にかっと好青年的な笑顔をわざとらしく浮かべるソノレに、サフィアは深く頭を下げる。
「サンブルクの件では本当にお世話になりました。仲間の命まで救っていただいて、何とお礼を言ったらいいか――」
「いやいや、あれはこっちが勝手に出しゃばってやっただけだからそう気にしないでくれ。それより今は、聖騎士殿の救出の話だ」
話を元に戻して、ソノレは急に真面目な顔つきになる。
「先にも言った通り、今の我々で聖騎士殿を助けにいっても勝ち目はない。そこで、少しでも勝ちの目を作るために一旦、二人には私たちの故郷へ来てもらおうかと思っている」
「故郷というと……さっき話に出てきた古代の民の隠れ里ってヤツ?」
ジェドに問われて、ノレナが頷きを返す。
「そうです。そこで具体的に何をするかというと……」
そう言ってノレナは懐から一つの水晶塊を取り出す。
その中にはソノレが幻術を使って円形闘技場から逃げ出す際、彼女が咄嗟に回収してきたアンバムの遺体と、槍、弓、兜、盾、騎馬の残骸が入っていた。
これは亜空の水晶と同じ機能を持った代物で、生体でなければ中へ物質を保管することが出来る。つまり今は死亡しているアンバムもこの中へ入れることが出来るという訳だ。
「僕たちの先祖の技術で作られたこの武具。弓や槍はともかく、他のものは今のままだともう使用できません。ですので、一度僕らの集落に持ち帰って――仕立て直します」
「「仕立て直す?!」」
つい言葉が重なってしまったサフィアとジェドだが、その反応に対してソノレは満足気に微笑む。
「そうさ、この武具を身に着けた時の凄さは君たちもよく知っているだろう。これがあるのと無いのじゃ、状況が全く違ってくる筈だ」
「た、確かにそうだね。僕もまたあの槍が使えるようになったら、強力な魔法で色々とサポート出来るだろうし……」
「話は分かりました。ですがお二人の故郷である、その隠れ里というのは一体どこにあるのですか?」
「うん。これは本来、機密事項なんだが君らには特別に教えよう。――竜と妖精の住まう地、《ドライグ王国》の秘境、《アルバロン島》だ」
「「えええっ?!!」」
何てことはなさそうに軽い口調で述べるソノレに、サフィアとジェドは驚愕からつい声をあげてしまう。
というのも、ソノレが口にした《ドライグ王国》とは完全に独立した島国で、ナーロ帝国を含めたネアロペ大陸から海を挟んで、遥か北西の方角に存在する。
単純な目的地までの距離もそうだが、王国へ入るには海を渡るための船舶が必要不可欠だ。
しかもその国は既に魔王軍の手に落ちてしまっている場所でもあるため、仮に辿り着けたところで王国内を自由に移動できる、という訳にはいかないのである。
「ドライグ王国って、ここからどれだけ離れていると思っているんですか! 隣国とかそういうレベルじゃないですよ?!」
「それにその国って確かもう魔王軍の占領地じゃん! そんなところにどうやって行けっていうのさ!」
「ははは、普通ならそういう反応になるよねえ。だけど大丈夫、私たちにはこれがあるからすぐに行けるのさ」
ソノレに促され、隣にいたノレナが荷物から片手に握れるくらいの、長方形をした箱のような物を取り出す。
その箱は全体が銀色をしており、何やら幾何学的な模様が彫り込まれた、とにかく不思議な見た目をした代物であった。
「……それは?」
「口で説明するより見た方が早い。ちょっと表に出てみよう」
そう言ってソノレとノレナは廃屋から外に出ていき、サフィアとジェドもその後についていった。
「ねえ、安易に外へ出たら敵に見つかるかもしれないよ?」
「大丈夫、この周囲一帯には認識阻害の結界を張っているからね。それにこの場所に長居するつもりも元からないよ」
ソノレがジェドにそう話していると、隣にいるノレナが手に持っていた銀色の箱をぽいっと目の前の広い空間に放り投げる。
すると箱は空中で眩い光を放ち、数秒後には巨大な“何か”へと姿を変えた。
「こ、これは……?!」
「ちょっ、何これ?!」
それは大型バスくらいの大きさをした、イルカやシャチを彷彿とさせるような形状をした謎の物体であった。
その表面は箱だった時と同じように全体が銀色に染まっており、降り注ぐ日差しを反射させて金属質に眩く輝いている。
「何なの、これ! 使い魔? ゴーレム? それとも召喚獣?!」
「いやいや、ただの乗り物だよ。――ただし、“空を飛ぶ”ね」
「空を飛ぶ?! コレが?!」
とてもそんな風には見えない、とジェドが目を丸くしていると、その巨大な物体の側面にある扉をスライドさせて開け、ノレナが中に入り込んだ。
「あ、そこから入るんだ……」
「本当に乗り物……? のようですね……」
ジェドとサフィアが困惑していると、突然ノレナが乗り込んだ物体の両側面から、虹色をしたステンドグラスのような、巨大な光の翼が形成された。
「うわっ?!!」
「これで何だか飛びそうな見た目になっただろう?」
にやにやしながら話しかけるソノレに、サフィアとジェドは更に驚きの表情を浮かべる。
七色に光り輝く翼の生えた物体は、今度はまるでトビウオか何かのように見えた。
「た、確かに見た目は飛びそうだけど……こんなでっかいのが飛ぶんだ?」
「ああ、飛ぶさ。これは《天翔ける船箱》といってね。大空を自由に飛び回ることが出来るんだよね」
そう言ってソノレは乗り込み口まで移動すると、サフィアとジェドにちょいちょいと手招きをする。
「さあ、乗った乗った。これを使えばたとえドライグ王国だろうと、すぐにひとっ飛びだ」
「し、しかしこんな明らかに目立つもので移動して大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫。この船箱には光学迷彩魔法が展開できる機能がある。つまり透明になるから見つかったりしないよ。そもそも私たちはこれであちこちを誰にも見つからずに巡っているんだから」
「……分かりました。それではその、宜しくお願いします」
「ああ、少しの間だが空の旅を楽しんでくれたまえ」
ソノレの後に続いてサフィアとジェドが翼の生えた乗り物――天翔ける船箱に乗り込んだのを確認すると、操縦席についていたノレナが魔導器を操作し、その巨体を宙に浮かび上がらせた。
同時に光学迷彩機能を使用し、機体を周囲の景色に溶け込ませて、外からは完全に見えないようにしてしまう。
「おおっ、浮いた?! これって半重力操作?!」
「そうそう、この船箱は推進力じゃなくて力場で飛ぶんだ。さあ、発進!」
ソノレが窓から外を指差すと、ノレナが操縦桿を握って機体を高度数千メートルまで一気に上昇させ、雲海広がる空の彼方まで飛び込んでいった。




