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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
59/71

59.追跡

 コレットが連れ去られたという現場に到着すると、フィオンは乗っていた馬からひらりとおりたった。手綱を供のものにあずけまわりを見渡す。

 石畳できれいに整備されたその道は、王都の東と西をつなぐ街道の一つだ。マカリスター男爵家は王都の東側、中小貴族や新興貴族、新たに富を築いたものたちの多く住む場所にある。反対の少し高台となっている西側は、昔ながらの名門貴族や大貴族の邸宅が立ち並ぶ高級住宅街であり、エリサの住んでいるコールフィールド伯爵家はこの西側の地区にあった。

 その二つの地区を行き来する街道がセイズ河に差し掛かったあたり、ちょうど木々が並び周りから死角となっていた場所で犯行は行われていた。

 フィオンが少し首をめぐらせれば大通りにつながる道もすぐそばにあるこの場所は、死角になっていたとはいえ、人気がまったくなかったわけではない。

 そうだというのに、近隣の者に聞き込みをしても犯行を直接目撃したものはいなかった。

 その時刻、馬の嘶きとともに悲鳴のような声を聞いたものもいたが、見に行ったときすでにそこには何もなくその後は気にも留めなかったというのだ。

 確かに、コレットが乗った馬車はここで見つかったわけではない。

 ここからもう少し離れた場所、人通りが少ないところに放置されているのが発見されている。馬車の中には、声をあげられないようにさるぐつわを噛まされた御者と侍女が、縛り上げられる形で押し込められていた。男性であった御者は抵抗を抑えるためか、かなり暴行を受けたらしく大怪我をしていた。侍女には怪我らしい怪我はなかったものの、目の前でコレットが連れ去られたうえ、大怪我を負って息も絶え絶えの御者とともに長く閉じ込められたことでかなり気が動転しており、助けられた後もかなり興奮状態がひどかったらしい。泣き叫び、まともな受け答えができなかったようだ。

 犯人の一番の目撃者である御者と侍女は、現在マカリスター男爵家で手当てが行われている。彼らから情報を聞き出すために、マカリスター男爵は自宅に留まり、さらに万が一の犯人からの連絡に備えていた。 

 人に目撃されないように速やかに行動し、馬車を止めた後にはあたりが騒ぎ出す出す前にこの場を立ち去るその手並み。かなり手慣れた仕事ぶりである。どう考えても素人の仕業ではない。

 そんな輩がなぜコレットをさらったのか。

 帯刀していた剣の柄を握っていたフィオンの手に力がこもった。

 フィオンが惚れ薬の解毒を行えば、コレットへの動きは止まるはずだった。事実、この半月マカリスター男爵家やコレットのまわりは、いや王都全体が解毒以前とは比ぶべくもなく落ち着いた状態に戻っていたのだ。

 自分がコレットと距離を置いている間は……。

 

「フィオンさま」

 呼ばれ、フィオンは振り返った。自分を呼んだロイドの後ろには、軍の兵士が控えている。

「どうした? なにか動きでもあったか?」

「はい。王都の西側で検問を行っております衛兵より報告がございました。王都から西の方角に馬車が一台かなりのスピードで走り去るのが目撃されたそうでございます」

「目撃された? 検問は確認しなかったのか?」

 促され、報告に来た兵士が答える。

「それが、検問のある街道を通らずに、普段は農作業の荷馬車ぐらいしか通らないわき道をすり抜けて行ったようなのです」

「その情報はどこから?」

「検問にいた衛兵に、地元の者から通報がありました。地元の人間しか使わないような道なのにと怪しんだためということでした」

「地図を」

 フィオンの指示で、ロイドは王都とその周辺の地図を広げた。

 王都の西側、高級住宅街を抜けたその先はスティルス湖畔につながる広い森が広がっている。

「報告の場所はどのあたり?」

「はい、この街道の南のはずれの方です」

 王都の北側には王宮が鎮座している。その西側には大貴族たちの邸宅。その付近は王都でもかなり警備の厳しい場所である。そこからは少し目の届きにくい南側を彼らは通って行ったということになる。

 これらの細かい道を知っていることより、かなり地元の地理に詳しいもののようだ。

「今いるこの街道と、馬車が捨てられていた場所。つながるな」

 馬車が襲われたこの街道を抜け、馬車が発見された場所で違う馬車へと乗り換え立ち去る。時間的にも、動き的にも確かにその馬車が怪しい。

「ところで通報者はどんな人物だった?」

「地元の少年です」

「少年?」

「はい。ですからご報告の前に、情報が正確であるかどうかの確認を行いました。他にも聞き込みをしたところ、確かにその時刻にその付近で見知らぬ馬車が通り過ぎたのは間違いないようです。何人かそれを目にしたものがおりました」

「何人も目撃していたのに、通報したのは少年一人か」

 フィオンはつぶやくように言う。

「どうしてその少年は報告する気になったんだろう」

 有益な情報であれば褒美が与えられることもある。しかし、見かけない馬車が走り去ったくらいの情報では、相手が少年だということで検問の兵に申し出ても突っぱねられる可能性もある。それをあえて言おうと思ったのはなぜなのか。

「頼まれたそうなのです」

「頼まれた? 誰に」

「わかりません。少年の話では彼より少し年上ぐらいの少女だったそうですが、面識は全くなかったそうです」

「少女……ね」

「少年は駄賃をもらったため、素直に検問所にきたようです。駄賃も通報するだけにしてはかなりの額だったとのことですから、このあたりの町の者ではないのは確かです」

「そう」

 フィオンは考えるように腕を組むと、手を顎にあてた。

 そのままじっと地図を見る。

「今から僕はその検問所に向かう。君は城から派遣される兵を西側に向かわせるように手配してくれ。彼らはある程度の人数で行動している可能性があるからね」 

「かしこまりました」

 兵に指示を出したフィオンに、ロイドが口をはさんだ。

「フィオンさま、その情報を信じるのですか? どこの誰とも知れぬ者があえて流した情報を」

「他にも目撃者がいるだろう。それに……たぶん、大丈夫だ」

 ロイドは首をかしげる。大丈夫の意味がわからない。

「ならば、せめて向かわれるのは兵が来るのを待ってからになさっては。少ない人数で向かうのは危険です」

「待っている時間が惜しい。今は一刻を争うからね。西の検問で話を聞いているうちに兵もくるだろう」

 それが誘拐犯だったとしたら、彼らに時間をあたえるわけにはいかない。時間がたてば、それだけ遠くへと逃亡の機会をあたえることになる。

 苦しそうにフィオンは眉根をよせた。

 フィオンの脳裏によぎるのは、最後にあったコレットの姿。何度も会ったはずなのに、今一番思い出されるのは、フィオンを見て不安に押しつぶされそうになっていた彼女の姿だった。

 一分でも一秒でも、ほんのわずかの時間でも早くコレットを助け出したかった。

 素早く馬にまたがると、手綱を引く。すぐに行動をおこしたフィオンに、ロイドをはじめ他の供の者たちは慌ててその後を追っていった。




 西の検問所からさらに西へ。スティルス湖へとつながる高大な森の中で、フィオンは乗ってきた馬から静かにおりたった。馬が声を荒げないように優しく首をなでると、近くの木につなぐ。

 わずかに首をめぐらせれば、木々の合間からわずかに建物の姿が見えた。

 あそこにコレットがいるかもしれない。そう思うだけで逸る気持ちを抑えるように、フィオンはぐっと体に力を入れた。

 西の検問所に到着し報告を聞くのと一緒に、このあたりのことに詳しいものに確認したところ、以前薬草の採取を生業としていたものが使用していた家が、最近また誰かが使用し始めたらしいという情報が入った。

 森の奥にある建物である。

 人気ひとけがなく、地元のものでも猟師や野草などを入手するものぐらいしか入らないその場所は、犯人が隠れるには絶好の場所だ。

「どうだった?」

 偵察のために屋敷に行っていた二人の兵が戻ってくると、フィオンは声を落して話しかけた。

「はい。屋敷のそばに馬車はありませんでしたが、それらが通った形跡はありました。それと家の中に三人の男がいることを確認しています。家の周りには人気はありませんが、建物の二階部分に潜んでいる可能性は否定できません」

「最低でも三人……か。女性の姿は?」

「確認できませんでした」

「そうか……」

 隠れるように潜んでいる三人。問題は、彼らがコレットを誘拐した犯人かどうかということだ。

「あたりの様子を確認しながら、これからあの家に向かう」

「フィオンさま、いくら人数が少ないからといいましても危険です。さらわれたコレットさまがいらっしゃれば、その場近くに見張りのものがいる可能性もあります。手間取ってはお命に係わる危険性も……」

 まだ、城から派遣される兵士たちは到着していなかった。

 今この場にいるのは、フィオンとロイド、城から供としてフィオンの護衛にあたっている衛兵二人と西の検問の兵士と案内役の地元の人物、合わせて六人。案内役は戦力外であるため、実質五人である。

 ロイドの言葉に、フィオンは苦しそうに表情を曇らせた。

 わかっている。

 焦ってはいけないことも、だが。

「もう一つよろしいでしょうか」

 先ほど偵察に行っていた一人、西の検問所の兵がフィオンとロイドの会話に入ってきた。

「なんだ?」

「それが、あの家の状況で奇妙なことが」

「奇妙なこと?」

 その報告に、フィオンは眉をひそめた。



 フィオンは室内の様子を確認するように、あたりをぐるりと見渡した。

 報告の通り、建物の中に確かに三人の男たちがいた。だが、問題はその状況である。

「どうなさいますか?」

 フィオンの隣でロイドが尋ねた。

 目の前にいるのは、三人の男。

 身なりからして、林業や狩猟などを行うような地元の人物にはどうしたって見えないごろつきの格好である。そんな彼らが、椅子や床の上に崩れるように眠っていた。

 人目を忍んで隠れているのならば、人の気配を警戒してもいいはずである。なのに、足音をしのばせているとはいえ、人が入ってきたことにも気がつかず眠り込んでいる姿は、確かにおかしい。

「聞きたいことがある。起きたときに暴れられても面倒だからまず拘束して、それでも起きないようなら叩き起こせ」

 命じると、フィオンはその男たちの近くに置かれていた瓶を持ち上げた。

 開けられたワインボトル。

 庶民には少し高めだが、一般に流通している特に珍しくもない銘柄のワインである。テーブルの上にはそれが二本あり、一本は空、フィオンが持ち上げたもう一本はまだ半分ほどワインが残っていた。これだけで酔っぱらって意識を失う可能性は低い。

「睡眠薬か」

 考えられる原因に、フィオンはつぶやいた。

 問題は、誰が、何のために彼らにあたえたのか。

「フィオンさま」

「どうだった?」

「建物の中を確認しましたが、一階二階とも他に人の姿はありませんでした。ただ、地下に続くと思われる扉には、鍵がかかっていて開けることができません」

「彼らに鍵の場所を吐かせるしかないようだね」

 

 なかなか目覚めず、頭から水をかけられた三人はわずかに身じろぎしながら目をさました。目を開けた瞬間、目の前にいた兵士の姿に一人がひっと声をあげる。

 その状況に一気に目が覚めたようで、焦って周りの状況を確認しようときょろきょろと首をめぐらせた。お互いの状況を確認すると、ようやく自分たちの置かれた立場が理解できたようにおとなしくなる。すでに足も手も拘束されている。暴れたからと言って逃げられる状況にはない。

「ここで何をしていた」

 兵の質問に、三人は顔を見合わせるだけで答えない。

「正直に答えた方が身のためだ、痛い思いをしたくなければな」

 いくら聞いても押し黙る三人に、皆が苛立ち始めたときだった。今まで様子を見ていたフィオンが三人へと近づいた。

 古ぼけた室内にはおよそ似つかわしくない、きらきらと輝くようなプラチナブロンドの髪に華やかな容姿。部屋の中で圧倒的な存在感のあるフィオンに、三人は目をそらすことも忘れたように見入っていた。

 そんな彼らに、フィオンはすっと腰から剣を抜くと、視線は三人からそらさずにそれを横へと振りかざした。音も立てずに弧を描いた剣先は、テーブルの上に置いてあったワインボトルを真っ二つに割る。その切れ味に三人の背筋に冷たいものが流れた。

「僕はね、今とても機嫌が悪いんだ」

 口元をゆるめてそういったフィオンの目は、まったく笑っていない。

 まったく刃こぼれをしていない、綺麗な剣先をすっと目の前に向けられて、男たちはわずかに後ろに身をそらす。

「もし質問に答えないなら、君たちがいてもいなくても同じだと思えるくらいにはね」

 ちりちりと産毛が逆立つ。

 それが脅しではないことが、張り詰めた空気からも伝わってきて息を飲むこともできなかった。わずかに動いただけで、表情を変えることもなく剣を振り下ろされるようなそんな想像が頭の中を支配する。

 その状況に耐えきれなくなったように、その中の一人が口を開いた。

「お頭に命令されて、ここで女を見張っておけって」

「おいっ!」

 口を割った男を咎めるように、別の男が口を開く。

「そんなことじゃべっちまったら、後でお頭にどやされる」

「お、お頭の制裁もおっかねえけどよ、しゃべんなかったらここで殺されちまうかもしれねえだろっ」

「馬鹿野郎っ。お頭の怖さを……」

 三人が口論になろうかというところで、フィオンが近くの椅子を蹴り上げた。頭のすぐ横をかすめて行ったそれに、男たちは口をつぐむ。

「その女性は? 今どこにいる」

 フィオンのまとう空気が剣呑なものに変わったのを感じ、男たちは言葉を失う。

 すぐに答えない彼らの様子に、フィオンは眉根をよせ、持っていた剣を男たちの中の一人の喉元に突き付けた。

「すぐに答えるか、答えないなら一生答えることができなくなるか。君たちの選択はそれだけだ」

「い、今は地下室にいる。鍵はそいつがもっているはずだ。地下への扉と、地下室の鍵も全部」

 そういうと、先ほど自分の自白を止めようとした男を顎で指した。

 皆に見られ、男はちっと舌うちすると顔をそらした。

 兵士が男の服を調べて鍵を探す。それを横目で見ながら、フィオンは剣を突き付けた男にさらに質問を続けた。

「ここで、彼女に何をしていた?」

「……へ?」

「何のために彼女をさらい、ここで何をするつもりだった?」

 皮膚に触れるか触れないかの位置で止まったままの剣。

 息を飲むのもためらわれる状況に、少しだけ体をそらしながら答える。

「な、何もしてねえ。ここに連れてきて、地下室に閉じ込めただけだ。た、たぶん気を失ったままだと……」

「たぶん?」

「ここに来るときは気を失ってた。それから一度も目覚めてないみたいだから……」

 ぞくりとフィオンの背筋が震えた。

 気を失っているだけならいい。

 だが……。

 フィオンの表情が変わったのに気が付き、剣を向けられていない方の男が慌てて口を開いた。

「気を失わせるときの使った薬は死ぬような量じゃなかったから、命は大丈夫なはずだ」

「あたりまえだっ!」

 それを言った男の胸ぐらをつかむと、フィオンはぐいっと持ち上げた。

 苦しそうに顔をしかめ、男の口からうめき声がこぼれる。

「フィオンさま、鍵がありました」

 兵は見つけた鍵の束をフィオンに見せるように持ち上げた。

「地下室に案内を。下手な時間稼ぎでもして、もし彼女の身に何かあったら君たちも無事ではすまないと思え」

 さっきまで喉に剣を突き付けられていた男は、フィオンが胸ぐらをつかんでいる男を見ながらこくこくと何度もうなずいた。



 地下通路への鍵をあけると、階下から湿った冷たい空気がのぼってきた。階段をおり地下室の扉の鍵をあけ、扉を開こうとした兵士の顔が曇る。

「どうした?」

「いえ、何かが引っかかっているようで」

 扉についている小窓をあけ、中の様子を確認するが、扉のすぐ下のためよく見えない。角度を変えて覗き込むと、どうやら箱のようなものが置いてあるようだ。

 兵士は扉に勢いをつけてぶつかりながら、中に置いてある箱ごと扉をこじ開けた。

「コレット!」

 名を呼び、フィオンはすぐに地下室内に足を踏み入れる。

 薄暗い地下室。

 それほど広い室内ではない。ぐるりと首をめぐらせれば、室内などすぐに見渡せるその部屋の中に、男たちがここに閉じ込めていたと言っていた少女の姿はなかった。

 部屋の中にあるのは、いくつかの箱となにやら乳鉢や乳棒、鍋類が置かれているだけで、人の姿は見当たらない。兵士が室内に置かれていた箱の中を確認したが、そこにも人の姿はなかった。

「どういうことだ?」

 案内役として連れてきた男に兵士が問いただす。

 自分を問いただした兵士よりも、黙って室内を見ているフィオンに向かい、男は慌てたように口を開いた。

「し、知らない。俺たちは何もしてねえ。さっき見に来たときは、こんな場所に箱はなかったし、部屋の中に確かに横になってたんだ。本当だ。嘘なんかついてない」 

 鍵のかけられた扉、内側から置かれた箱。

 それらから、中にいた人物が外にでるためにこの入口を使用していないことがわかる。この男たちが言っていることは本当なのかもしれない。しかし……。

「連れて行って、さらに尋問を。知っていることをすべて吐かせろ」

「はい」

 兵士は頭を下げると、男を連れて地下室を後にした。何も知らないと口にする男の声が遠くなっていく。

 フィオンは気持ちを落ち着けるためにゆっくりと目を閉じた。感情を抑えるために、握った手にぐっと力を入れる。

 さらわれ、ここに閉じ込められた少女。

 男たちはコレットの名を知らないが、この部屋に案内させる間に男から聞いた少女の身体的特徴から、ここにいたのはコレットでまず間違いはない。

 だが、その彼女がここにいない。

「フィオンさま……」

 フィオンとともに室内に残っていたロイドが、心配したように声をかけた。

 大きく息を吐くと、フィオンは目を開けてロイドを見た。

「大丈夫だ。次の対策を考えよう」

 こうしている間にも、コレットにさらなる危険が近づいているかもしれない。じっとしている時間などない。

 地下室を出る前に、フィオンはもう一度室内を見回した。

 並べるように置かれた鍋や、乳棒などの道具類。これはコレットがしたことなのだろうか。逃げるために、身を守るために何かできないかと道具を確認していたのかと想像するだけで胸が痛む。

 その中、きらりと光るものが目に入り、フィオンはそれを確かめるために壁際へと近づいた。

 高い位置にある窓。その下に落ちていたものに、フィオンは見覚えがあった。わずかな光を受けてきらりと輝きをはなっているそれは、フィオンがコレットに贈ったムーンストーンのネックレスだ。植物の蔓をかたどった金の鎖に、ムーンストーンのまわりにあしらわれた花模様の宝石。コレットにと自らが確認し購入したのだから間違いない。 

 床に落ちていたネックレスを拾い上げると、フィオンは視線をあげ、そこにある窓を見上げる。

「ここから逃げたのか?」

 入口の扉には鍵がかかっていた。この部屋から出るためにはこの窓以外には考えられない。

 しかし、この高さではコレットが一人で抜け出せるとは到底考えられなかった。

 逃げ出したのならいい。

 だが、また誰かに連れ去られたとしたのなら……。

「無事でいてくれ」

 祈るように目を閉じると、フィオンはムーンストーンのネックレスをぎゅっと握りしめた。


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