55.捕縛
王への拝謁のために通された広間に入ると、ギルダスは入口のすぐそばで足を止めた。
今までに何度も行っている報告のときとは異なる部屋だったこともあるが、それ以上にその中の様子に今までとは違う気配を感じる。
王弟であるフィオンに連れられて入室したため、王とともに報告を聞く王家の家臣が椅子から立ち上がり頭を下げたからということだけではない。室内に配置されている衛兵の数は、今までの報告のときよりも多いように感じられた。後ろで絞められた扉の両側にも兵が配置されている。
部屋が異なるため護衛の方法が違うとしても、兵の数が多すぎはしないか。そんな疑問を持ちながら、ギルダスは訝しむようにまわりを見渡した。
「どうかしましたか?」
ともに室内に入ってきたフィオンが、立ち止まったギルダスに声をかけた。
「……いえ」
誰もがそれを受け入れている中、一人騒ぎ出すのも得策ではない。何でもないと首を振ると、ギルダスも報告のために室内へと足を勧めた。
フィオンとギルダスがそれぞれに用意された椅子に落ち着いてしばらくすると、王の到着が告げられた。立ち上がった皆を、王は手で制し皆を着席させる。
「では、まず銃についての報告をきこうか」
王座に腰を下ろした王がそう告げると、報告のためにギルダスは立ち上がり、部屋の中央へと進み出た。
クリプトンホテルで見つかった、同じ型の二つの銃。
その一つは、ホテルでカイサルがコレットを襲った際に使用していたもので、フィオンがその場に駆けつけたときに入手している。もともとカイサルが監獄に勤めていたこと、その銃が監獄で使用されているものと同じ型だったこともあり、その銃は監獄から盗み出し使用されたものと以前の報告によって結論付けられていた。
それとは別に、同じ銃がカイサルを捜索している湖から先日みつかったのだ。
銃の状態から、落されて長時間たっているわけではないことがわかるそれ。もしカイサル自身がもっていたのなら、皆に取り囲まれた際に使用したはずである。そうでなかったことより、カイサルが銃を二つもっていたとは考えにくかった。
しかし、同時期に同じ型の銃が近い場所から見つかったということは、今回の事件になんらかの関わりがある可能性もある。そのために、監獄での銃の管理について報告するように言い渡されたのだ。
もちろんその銃を使っているのは問題となっている監獄だけではない。しかし、現状ではカイサルとの関連性が最も高い。
「監獄での銃の管理につきましては、監獄で銃の保持を許されたものに配布してあります。その記録はございますが、どの銃が誰にあてがわれているのかという点では、特に銃に番号を振っているわけではございませんのではっきりとはお答えしかねます」
ギルダスは持参した報告書を読み上げた。
「ここ半年以内に銃の紛失がはっきりしましたのは、惚れ薬の犯人が逃げ出したあの日になくなったものだけです。おそらくそれが事件の際にカイサルが使用した銃と思われることは、以前にもご報告した通りです。それ以外では、はっきりとした紛失はございません」
「はっきりとした、とはどういうことですか?」
家臣の一人が尋ねる。
「銃は消耗品です。使用の途中で壊れたり、非常時には使用した際に弾がなくなりその場に捨て置くしかない場合などもあります。それらすべてを把握はいたしておりませんので」
「銃の管理もできぬとは……」
「そうは言われましても、使用したものすべて把握することができないのは、他の監獄や軍などでも同じではないのですか?」
武器は保管しているものに関しての確認はしっかりと行われている。
しかし、戦場や犯人の確保など実際の場で使用されたものについて、こと細かく弾の数や銃の数などを確認できるものではない。
それについては、ある程度の誤差が認められる範囲なのである。
「それと同じ銃をあなたは購入されたとの話が入っていますが、ドース卿」
先ほどとは違う家臣が、ギルダスに声をかけた。
「監獄と同じ型の銃は、何のために購入されたのですか?」
「購入しましたが、それが何かありますか? この国は、個人が護衛のために銃を所持することを禁じてはいません」
個人が軍を組織すること、それに匹敵するような軍備を行うことは規制されている。しかし、個人で使用する短銃の数丁が禁じられていることはない。
監獄のものと同じ型にしたのは、慣れているため扱いやすかったためだとギルダスは続けた。
家臣たちが座る席を、ギルダスはぐるりと見渡した。彼らが自分を見る目に眉根をよせる。
「もしかして、私を疑っておいでなのですか?」
中心に置かれたテーブルに、ギルダスは自分が持っていた報告書を置く。
こぶしを握り締め、まっすぐに王に視線を向けた。
「陛下、それこそ心外でございます。私が犯人なら、どうして監獄の件調べることに奔走し、こうやって出向いて報告などするでしょうか。いったい何ゆえ私をお疑いなのですか」
ギルダスの言葉に、王は何も答えない。ただまっすぐに彼を見つめるだけだ。
静まった室内に、カタンと椅子が引かれる音が小さく響いた。今まで黙って事の成り行きを見守っていたフィオンが立ち上がり、中央へと進み出た。
自分に近づいてきたフィオンを、ギルダスは強い視線で見つめる。
王弟であり、今回の事件に深くかかわっているフィオンが、家臣たちの考えを把握できていないわけがない。先ほどまで普通に接していた自分に対して、皆と同じよう疑いを抱きながらこの場に連れてきたのかと思えば、苦いものがせりあがってくるような気がした。
「バード公爵も、私を疑っておいでですか?」
ギルダスの言葉に、フィオンは小さくため息をつく。
だが、特に変わることのないその表情からは、フィオンがどう思っているのかは読み取ることはできなかった。
「そうですね……。それを僕からいう前にいくつか質問をさせていただきたいのですが、かまいませんか?」
その問いは、王とギルダスに向けられたもの。
王がうなずき、ギルダスもしぶしぶといった感じで首を縦に振る。
用意した椅子に座るよう、フィオンはギルダスを促した。まわりがすべて敵なのかどうか警戒するようにあたりを見ながら、ギルダスはその場に腰を下ろす。
「ドーズ卿、あなたが購入したという銃は現在どこにありますか?」
「今は監獄で使用しています。脱獄事件の件もありまして、監獄の警備を強化していますので。監獄として購入したものが届くまでのつなぎとして使用しています」
それはつまり、ギルダスが購入したものと他の銃との区別がすぐにはつかないということを意味している。それでは証拠にならない。
「そうですか。ところで僕はクリプトンホテルでの事件の日、僕はあの場で監獄の銃を所持したものと対峙しました。実際にその場にいた他の者の証言と、ドーズ卿あなたからいただいた彼に関する報告書も含めると、彼がカイサルという男で間違いない。そうですね?」
問われ、ギルダスは頷いた。
「ええ、私はその場で彼を見たわけではありませんが、関係者から話は聞いています。間違いないでしょう」
それは以前の報告のときにも、すでに確認していることだ。
「監獄から提出された報告書には、カイサルは彼の都合により職を辞したとの記載があります。どのような理由だったのかきかせてもらえますか」
「存じ上げません」
「本当に?」
「申し訳ありませんが、彼の個人的な理由を知るほど、カイサルという男を知っていたわけではありませんので」
「別に僕は、彼の個人的な理由を話せといっているわけではないのですけれどね」
小さく肩をすくめると、フィオンは言葉を続けた。
「カイサルの辞職の原因は、彼が怪我を負ったためで、それをドーズ卿あなたが確認したとの報告がはいっていますよ?」
「誰がそんなことを……」
いいかけて、ギルダスは何かを思い出したように口を止めた。
「覚えが?」
「え? ああ、そうですね。そういえば質問を受けた際にそう答えたことがあったかもしれません。確か、怪我は足だったと思います。長時間働き続けることができないと申し出があったものですから」
「ホテルで見たときは、彼の足には問題はなかったように見えましたが?」
「監獄をやめて時が過ぎています。その後怪我の状態が改善したかどうかは、私には測りかねます」
いらいらしたようにギルダスは語気を強めた。
「そんなことで、私は疑われているのですか?」
一雑用の動向をそんなに詳しく記憶にとどめているものではない。その時、彼に重きを置く必要などまったくなかったのだから、いちいち覚えている価値もなかったとギルダスは続ける。
「もちろん、そんなことで疑いをかけるようなことはしませんよ」
「では……」
ギルダスから視線を外すと、フィオンは先ほどテーブルの上にギルダスが置いた報告書を手に取る。
「丁寧な報告書ですね。何度も報告書を見せていただいていますが、ドーズ卿は字がとても上手なので読みやすくて助かります」
「……ありがとうございます」
綺麗に直筆で書かれた報告書にフィオンがそういうと、ギルダスは意味が解らず訝しげに彼を見つめる。
フィオンは報告書から顔をあげると、もう一度ギルダスを見た。
「先ほどの問いですが、彼が見つかったんですよ」
「彼?」
「あなたもよく知っているでしょう。カイサルです」
「カイサルが、ですか?」
ゴクリと喉を鳴らすと、ギルダスは唇を引き結ぶ。
「彼は実に興味深いことをいろいろと教えてくれました」
「生きていたのですか? まさか」
「まさかとは?」
「ホテルでのことは私も聞き及んでおります。あの場所から落ちて助かるはずがない」
「下は湖。例え下りることができなく落ちたとしても、必ずしも助からないとなぜいえますか」
「それは……」
焦りながらあたりを見回せば、警備の人間が王やフィオンを守るようにギルダスとの間に入り込む。
疑いではない。
自分がカイサルを排除した人間として確信を持たれた上で、ここに呼び出されたことをひしひしと感じる。
「ドーズ卿、あなたは知っていたんです。彼が生きているわけがないと」
生きて、他の人間に情報を漏らすわけがないことを。
「そう。彼はあの崖から落ちた。あなたはそれを見た、いやあなたがカイサルを落したといってもいい」
「そっ、それはあれだけの切り立った崖を降りることはほぼ困難だと思ったからです。彼はあのとき腕に怪我を負っていたとも聞いています。私もあの日はホテルにいたのです。犯人が私の管理する監獄にいたものとなれば気にするのは当然でしょう」
それに、とギルダスは続ける。
「お言葉を疑うようで申し訳ありませんが、本当にカイサルは見つかったのですか? クリプトンホテル周辺ではまだ彼の捜索が行われているではありませんか!」
「ええ、そうでしょうね。僕も先ほどまだ一生懸命に捜しているとの報告を受けたばかりですから」
「なっ!?」
さらりとフィオンが肯定したので、ギルダスはぎょっと目をむいた。
ぶるぶると手が震えてくる。
「私をからかっておいでなのですか?」
怒鳴り散らしたいのをこらえるかのように、ギルダスは声のトーンを落とした。
「からかってなどいませんよ。ホテルや捜索隊は知らないだけです。カイサルが見つかったことを、ね」
「そのようなことがっ!」
「知らせたら、それを快く思わない人がいる。カイサル自身がそれを教えてくれたんです。心当たりがあるのでは?」
そういうと、フィオンは自分の肩口のあたりをとんとんと指でたたいた。
そこはカイサルの体にあった銃痕の場所。それに気づき、ギルダスは厳しい顔をしたまま視線をそらす。
「何のことかわかりませんね」
「そうですか?」
「だいたい、証人として扱うのなら、なぜカイサルをこの場に連れてこないのですか!?」
「カイサルは襲撃事件の犯人ですよ? それを王宮に、ましてや陛下の御前になど連れてこられるわけがないでしょう。彼が来なくても証人としての価値は十分です。いろいろと託してくれましたからね」
そういうと、フィオンは軽く手をあげた。
それを合図に、侍従が古びたトランクを丁寧に運んでくると、テーブルの上に置きその鍵を開ける。
ギルダス以外のものも、カイサルが見つかったということは知らなかったようだ。
ざわめきと皆の興味の視線が集まる中、カチャリと錆びついた鍵が開けられた。古ぼけたトランク、その中から出てきたのは折りたたまれた紙の束だった。
それを見た瞬間、ギルダスの顔色が変わる。
「これは、カイサルのトランクです。彼は、大変興味深いものをいろいろと持っていました」
フィオンはその束の中から一枚を手に取り広げると、内容を読み上げた。
そこには、惚れ薬の実行犯をかくまっているカイサルに、その人物を手紙の人物の家まで連れてくるようにとの内容が書かれていた。
カイサルに命令をしていた人物がいたということが、明白な手紙である。
それを片手に持ち皆に見せると、フィオンはもう片方の手で先ほどギルダスが置いた報告書を持ち上げる。
「同じ筆跡であることは、確認済みです」
「そのような手紙は知りませんっ! カイサルが何と言っているのかは知りませんが、すべて私を陥れる陰謀です! 犯罪者の証言を信じ、それを追う立場の私を疑うのですか!?」
「疑っているのではありませんよ。確信しているんです」
まっすぐにギルダスに視線を向け、フィオンはそういいきった。
「手紙では、いつも読んだ後に燃やし処分するように念をおしていたようですが、燃やされたものは一枚もなかったようです。自分が思っていたよりも、存外あなたは彼に信用されていなかったようだ。あなたが彼を信用していなかったのと同じようにね」
怒りの形相で椅子から立ち上がったギルダスを、いつの間にか彼の後ろに控えていた衛兵が取り押さえる。力ずくで再度椅子に座らせ、肩を抑えつけられる。
動けない状況で、ギルダスはギリギリと唇をかみしめた。
その前で、フィオンはトランクの中の手紙を一つ一つ読み上げていく。
ギルダスが、惚れ薬の実行犯脱獄を先導しその後かくまっていたこと。そしてカイサルを使いコレットを襲わせたことが明白となった。
ゆっくりと王が立ち上がる。
「ここにいるものがすべて証人だな。ギルダス・ドーズ、コレット・マカリスター襲撃の主犯、そして王族に薬を盛るという重犯罪を犯したものを逃亡させた罪により拘束する」
王の命令とともに、ギルダスは衛兵により後手に縛り上げられた。
「さらに詳しく取り調べを行うように」
二人の衛兵は、それぞれギルダスの両脇に立ち腕をつかむと、無理やりに彼を椅子から立ち上がらせた。
引きずられるように歩かされ、ギルダスはテーブルにある古びたトランクをにらみつけた。
「カイサルなど、ちゃんと殺しておくんだったっ……!」
銃で肩を撃ちぬき崖から落すのではなく、ちゃんと死を確かめられる方法で殺すのだったと、ギルダスは歯がみする。
「死んでいましたよ」
独り言のようにつぶやいた問いに答えを返され、虚を突かれたようにギルダスが顔をあげた。
そこには先ほど自分を追いつめていたときと同じように、涼しい顔をしたフィオンがいる。
「……え?」
「あなたが殺したんでしょう。僕は生きているなんて一言もいっていませんよ」
確かに見つかったとしかいっていない。
それではあの証拠はと、ギルダスは慌てたようにトランクの方に視線を向けた。
「カイサルは、自分に何かがあった時はあなたを道ずれにする手筈を残しておいてくれたんです。あなたの一番の敗因は、彼を殺したことでしたね」
口を封じようと手を下したことが、自分を追いつめる結果となった。
ギルダスがカイサルを裏切らなければ、カイサルがこの証拠を明らかにすることはなかったかもしれないのに。
その意味するところを理解すると、ギルダスは怒りに顔をゆがませながら衛兵にその場から引きずりだされていった。
その後、ランデル子爵を呼び出し足止めをしていた貴族のもとで、ギルダス・ドーズの兄であるランデル子爵が拘束。しかし、ギルダスとともに王宮に来ていたジェシカは、帰ると言い残したものの自宅にはおらず、惚れ薬の実行犯であったトリーヌという少女とともに姿を消したとの報告が王宮にもたらされた。




