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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
49/71

49.服用

 コレットの背丈の倍以上ありそうな扉をくぐって室内にはいると、最初に目に飛び込んできたのは大きなシャンデリアだった。その眩しい光に、コレットは思わず目を伏せた。



 案内されたのは、王宮の一画にある会議場である。

 王や上流貴族たちが国の案件などを話し合うこの議場の中は、壁一面に国の成り立ちが描かれた大きなタペストリーが何枚もかけられ、大きなシャンデリアの光がそれらを照らし荘厳なまでに浮かび上がらせていた。

 入口の扉からまっすぐに赤い模様入りの絨毯が敷かれ、その奥の一段高い場所には王と王妃のための玉座があり、絨毯の両脇には議題に参加するための貴族たちの席が用意されている。

 王弟の来室を告げられ、すでに席についていた貴族たちが、一斉に椅子から立ち上がり入口の方へと視線を向けた。頭を下げようとして、フィオンと一緒に入ってきた人物に皆の視線が固まる。

 本日の主役であるフィオン。彼が伴ってきた人物にそれぞれが顔を見合わせ、室内がざわついた。

 皆の視線を一気に浴び、コレットは足がすくんでしまいそうになる。

 この議場は、王や上流貴族たちが国の案件についてなどを話し合う議場である。一男爵家の令嬢であるコレットが本来踏み入れるような場所ではない。

 しかし、コレット自身もこの場にと王さまからの使いに言われてしまえば、コレットに断る権限などなかった。

 コレットの手を握っていたフィオン、その手に力が込められたのを感じる。はっとして、自分の手をとって半歩前を歩いていたフィオンを見上げると、彼はコレットに優しく微笑みかけた。

 シャンデリアの明かりに照らされて、フィオンの金色の髪がキラキラと輝く。エメラルドの瞳が、大丈夫だとコレットに目で教えてくれる。何も心配することはないと。

 それだけで、コレットの胸に切ないほどの愛しさがこみあげてくる。

 これから解毒薬を飲むのは、フィオンである。

 一番大変であるのは彼であるはずなのに、こんな時でもコレットを大切にしてくれるその優しさに胸が痛くなる。

 そんなフィオンに答えるように、コレットも何とか少しだけ頬をゆるめ、まっすぐに前を向いて歩きだした。


 貴族たちの視線を受けながら、扉からまっすぐ正面の檀上に座っている王と王妃の前にフィオンとコレットは進み出た。フィオンが胸に手を当てて深く頭を下げると、コレットもそれにならい、ドレスに手を添え深く腰を落し頭を下げた。

「兄上、義姉上。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いや、私が許可を出したことだ。問題ない」

 持っていた書類から視線をあげると、王はしっかりとフィオンとコレットを見た。その後ゆっくりと議場を見渡すと、ざわついた室内はしんと静まり返った。

 それを見届けると、王は貴族たちに着席を許した。皆が椅子へと腰を下ろす。フィオンとコレットも許可を受け、顔をあげる。

「これより、王弟であるバード公爵フィオン・アルファードに用いられた惚れ薬の解毒の作業を執り行う」

 王は持っていた紙を近くにいた侍従にわたし、それをフィオンの前に広げさせた。

「それは、今日来た貴族たちの署名だ」

 広げられた長い巻紙には、有力貴族たちの名がずらりと書き込まれている。

 それをしっかりと確認するようにフィオンは視線を落した。

「今回の解毒を見届ける件、そして、服用後惚れ薬の影響について異議を申し立てるのを禁ずる件についての承諾書でもある。もちろん、本日欠席したものたちにも知らせは行っている。後からの不服は一切受け入れられないともな」

 言いたいことがあれば、この場、この議場内で行わなければならない。

 本日以降、それを言い出してもそれは国として取扱いを行わないことを示している。

「兄上。格別の配慮、感謝いたします」

「うむ。では、準備に入るように」

「はい」

 そういうと、フィオンは再び王に頭を下げた。



「お待ちください」

 フィオンが動こうとしたその時、議場に声が響いた。

 皆の視線がそちらに向く。

「ノーフォーク伯爵。何か問題でも?」

 ノーフォーク伯爵は、立ち上がると頭を下げた。

「発言をお許しくださりありがとうございます。大切な案件を前に一つ気になることがございます」

 コホンと一つ咳をすると、ノーフォーク伯爵はちらりとコレットをみた。

「ここに、この場所にそぐわぬものが混じっているようですが」

 ノーフォーク伯爵の視線の意味に、皆がコレットに視線向けた。

 それは、コレットがこの場に入ってきた時より皆が感じていた違和感である。

 ここに集められたのは、王に王妃、当事者であるフィオンと解毒を担当する医師たち。そして、この件を見届けるために立会人としてこの場にきた貴族たちである。

 国の重要事項でもあるこの場に、貴族とはいえ爵位の低い男爵家、そしてその一令嬢であるコレットがいていい場所ではないと伯爵は申し出た。

 皆の視線から隠すように、フィオンはそっとコレットを自分の背にかばう。

「彼女も今回の関係者ですよ。もちろん、被害者としてですが」

 マカリスター男爵家がこの惚れ薬の事件に直接かかわった犯人でないことは、公然の事実だ。マカリスター男爵家を、そしてコレットを今回の事件に巻き込んだのは、他でもないフィオン自身である。

 ノーフォーク伯爵の意見に、王は小さくため息をついた。皆の目を見れば、同じ意見のものが大半を占めているようだ。

「失礼。その件であれば、私から申し上げてもよろしいですかな」

 フィオンとノーフォーク伯爵の視線が対峙するなか、オースティン公爵がゆっくりと立ち上がった。深緑の鋭い眼光が皆を一蹴する。

 王がオースティン公爵の発言を許可すると、公爵は少しだけ頭を下げた。

「今回、そのものがこの場に来ることに関しては、私が陛下に申し上げた。解毒の必要性の件とともに」

「な、なぜそのような」

「現実というものを、知っておく必要があるでしょう。今後のためにもね」

 そういうと、オースティン公爵は目は笑っていない状況で、少しだけ頬をあげた。

 今後、フィオンが解毒を終えた後に、コレットやマカリスター男爵家からの苦情を防ぐためだとオースティン公爵は言外に含ませたのである。

 その言葉に、ノーフォーク伯爵は納得したようにうなずく。

 発言を終えたオースティン公爵が、ちらりとコレットを一瞥した。その深緑の瞳の奥に、コレットへの侮蔑ぶべつの色を感じ、コレットの体が小さく震えた。

 オースティン公爵もノーフォーク伯爵も、いや、ここに来てこの一連の事件について見届けようとしている貴族のほとんどが、コレットが今後、フィオンの今までの行動を盾に彼に責任を迫る可能性があると考えているのだ。

 自分がどう思われているのかをあらためて感じて、コレットは唇をかみしめた。

 

「皆さんのお話は、もうよろしいかしら」

 あたりが静かになったことを確認すると、今まで黙って事の成り行きを見守っていた王妃が口を開いた。

「それでは、今後こそ解毒の準備にとりかかってもよろしいですわね。それではコレット、こちらにあなたの席を用意させましたから、いらっしゃいな」

 そう言って王妃が指示さししめした場所に、コレットは大きく目を見開いた。

 示されたのは、王妃のすぐ近く。王と王妃の席がある場所より一段低い場所に用意された椅子だった。

 そこは、王と王妃に次ぐ上座である。

 王妃の言葉とはいえ、コレットは躊躇しあたりに視線を泳がせた。呼ばれたからと言って、はいそうですかと行けるような場所ではない。

 戸惑っているコレットに、フィオンはにっこりとほほ笑んだ。

「大丈夫だよ。君は堂々としていていいんだ」

 そういうと、フィオンはそのままコレットを王妃のそばの椅子にエスコートするために一歩を踏み出した。

「お待ちください」

「どうかなさいました?」

 オースティン公爵の声に、フィオンがゆっくりと振り向く。

「王妃さま、それはお戯れが過ぎましょう。そこは、そのものが座るべき場所ではありますまい」

「おっしゃる意味がわかりませんわ。オースティン公爵」

「本日はそのものの父親も出席している様子。その保護者である男爵のそばが相応と思われますが」

 

 父親の名前が出て、コレットははっと顔をあげた。先ほどまでまともに見ることもできなかった貴族の席をしっかりと見れば、その中の後列に父の姿を確認することができた。

 王家からの使いの馬車に乗って王宮に上がったコレットと違い、父親は貴族の一員として自らこの場所に赴いている。そのため、今日コレットと父が行動を共にすることがなかったため失念していた。

 コレットよりも先にこの場にいて、気まずい思いをしていたであろう父親は、それでもしっかりと前を向き静かに席に座っている。コレットと目があった男爵は、少しだけ表情を和らげしっかりとうなずいた。

 そんな父親の態度に、コレットは少しだけ勇気づけられ背筋を伸ばす。


 オースティン公爵の言葉に、王妃はさも不思議そうな表情を浮かべてにっこりとほほ笑む。

「まあ、マカリスター男爵は本日貴族の一員として参加していらっしゃいますのよ? コレットとは意味合いが異なりますわ」

「王妃さま、議場での秩序は守っていただかなければ今後の示しもつきません」



「この件は、僕が兄上と義姉上にお願いしたのです」

 騒ぎが大きくなる気配を止めたのは、フィオンの一言だった。

「フィオン殿下、それはどういうことですか」

 まっすぐにフィオンはオースティン公爵と向き合った。

「コレットを巻き込んだのは僕です。彼女がこの事件にかかわることになったのも、今こうしてこの場にいなくてはならない状況をつくったのも、すべては僕の責任です」

「それは薬の効果のためでしょう。問題は、殿下がそのような状態なのをいいことに、それに便乗し、自分の立場というものを失念しているものにこそあるのではございませんか」

「たとえ薬の影響があったとしても、彼女を選んだのは僕です。本来なら、僕がこの場で最後まで責任を果たす必要がある。しかし、今日これからのことを考えればそれも難しい可能性があります。ですから、義姉上にお願いしたのです。それはご理解いただけないでしょうか」

「わたくしも可愛い義弟の幸せそうな顔が嬉しくて、コレットに協力をお願いしましたの。わたくしがお願いしたことですもの、わたくしにも責任があります。それなのに、ここにきてマカリスター男爵にお任せするなんて、そんな礼を失した行動はできませんわ」

「王妃、フィオンもそのくらいにしておけ」

 うふふと笑いをもらしながらも、一切の反論を許さない王妃の言葉。まだ言い足りないような王妃に、王は止めるように口を開いた。その後、オースティン公爵にも視線を向ける。

「コレット・マカリスターの席は、私が許可を出した。彼女に王家が協力を要請したのは紛れもない事実。オースティン公爵の申し出があったのは確かだが、私が彼女も関係者であると判断し、この場への出席を許可したのだ。今回の一連の件で、彼女に関する意見は的外れだ。彼女は王家の意向にしたがったまでなのだからな」

 王にはっきりそう言われれば、これ以上反論することはできなかった。オースティン公爵はピクリと眉を動かしゆっくりと腰を下ろした。

 

 フィオンは、コレットの手をしっかりと握りしめると、王妃が用意した席までコレットをエスコートする。

「義姉上、コレットをよろしくお願いします」

「もちろんですわ。さあ、コレットそこにお座りなさい」

 王妃の言葉に膝を軽く曲げて頭を下げたコレットを、フィオンは椅子に座らせる。

 手を離す直前、フィオンはコレットに優しく微笑みかけた。

「大丈夫。何も怖がる必要はないから」

 ぬくもりを失った手が、それを求めて伸びそうになったのを、コレットはもう片方の手で押さえて膝の上に押しとどめた。

 コレットから離れ、フィオンは議場の中心、医師たちが取り囲むテーブルのそばに近づいた。医師の一人がひいた椅子に、フィオンはゆっくりと腰を下ろす。

 

「はじめよ」


 王の言葉が、議場に響いた。その言葉に、医師たちは深々と頭を下げると、その中の一人、王家の医師長が一歩前に進み出た。

「それでは、今回使用されます解毒薬について説明させていただきます」



 椅子に座ったまま、なんだかうまく回らない思考の中、コレットは目の前で行われていることをじっと見つめていた。

 解毒薬について、医師の一人が説明を行っているが、一つ一つの薬の材料や効能効果を説明されても、薬の知識がないコレットにはよくわからない。

 それでも、薬の効果が本物であることが説明され、それをほかの貴族たちも検証の結果認めたということだけは理解できた。惚れ薬の解毒薬がまったく効果のないものでは、ここでみんなが立ち会う意味などなくなるのだから、それに慎重になるのは仕方がないことだろう。

 だからこそ、あのテーブルにあるものは、間違いなく惚れ薬の解毒薬なのだろう。


 一通り薬の説明を終えると、医師長はうやうやしくガラスの瓶を取り上げた。ふたをとり、銀のカップに薬がゆっくりと注ぎいれられる。

 綺麗なガラスの瓶から、ねっとりと半透明の紫色の液体が落ちる。それとともに、室内に薬のツーン鼻の奥を刺激する匂いが充満した。

 以前の薬の状態を知るものならば、吐き気をもよおす匂いと濃い青紫色の状態から比べずいぶん改良がくわえられたことがわかる。しかし、今回初めてそれを目の当たりにする多くのものがその匂いに顔をしかめた。

 あたりから、苦しそうな咳払いや鼻を抑えるような音が聞こえる。しかし、王妃はハンカチで口を押えているものの、特に何の反応もなく事態を見守っている。そんな中、その匂いに文句が言えるものはいなかった。


 銀杯に注がれた薬に赤いワインがくわえられ、銀のスプーンでゆっくりとかき混ぜると、そのスプーンに変色などがないかをしっかりと確認する。

 何らかの原因で、万が一毒が混ざった場合銀食器は変色することがある。

 何事もないことを確認んすると、医師の一人がカップの前にたった。この薬の毒性試験の責任者、前回薬の毒見で卒倒した人物である。王や王妃の前で、今度こそは薬に問題がないことを見せる必要がある。

 出来上がった薬を別の杯に分け入れると、王や王妃、フィオンに頭を下げた後男はそれを飲み込んだ。 飲んだ瞬間、一瞬動きが止まる。

 しかし、そのまま喉を動かし薬を飲み込むと、大丈夫であることを知らせるようにまわりを見た。

 その男の脈など一通りの診察を終えると、医師長は盆に載せてフィオンに解毒薬の入ったカップを渡した。

「毒見も問題ないようです。バード公爵、こちらを」

 立ち上がると、フィオンはゆっくりとした仕草でカップを持ち上げた。

 シャンデリアの下にいるフィオン。銀のカップはキラキラと明かりを反射して光り、明かりに透けるように輝く金色の髪、そこだけが輝いているように見える。

 カップを持ったまま、ゆっくりと一人一人の顔を見るように、フィオンは議場をぐるりと見渡した。そして、覚悟を決めるように一度目を閉じた後、まっすぐに前を見据える。

「それでは、この国の繁栄と王家の安寧のために」

 乾杯をするように一度カップを高く持ち上げると、そのまま一気に杯を仰いだ。

 薬を飲み干すと、持ったカップをそのまま逆さにし、フィオンはカップが空になったことを周囲に見せつける。

 苦しそうに一度小さく咳き込むと、フィオンは大きく息を吸い込んだ。

「これで、満足ですか?」

 しんと静まり返った議場の中に、フィオンの声が響いた。



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