45.確認
王宮の王妃の自室で、ディアナはゆったりとイスにもたれかかった。
「それで、何か動きはありました?」
「いえ、あの後からは特にまわりで怪しい動きはないようです。本日もコールフィールド伯爵邸に訪問されていらっしゃいましたが、帰りの道すがらも何事もなくもどられていらっしゃいます」
「そう……」
ゆっくりと肘掛に腕をつき頬杖をつきながら、王妃はゆっくりと窓の外に視線を移した。
「このまま静かにしてくださればいいのですけれど」
だが、そうはいかないだろうことは簡単に想像ができる。
「まだあなたにはいろいろとやってもらわなくてはいけないことがありそうね」
王妃の言葉に少女は深く頭をさげた。
「それと」
「まだ何かありますの?」
「本日はコールフィールド伯爵邸から戻られた後、マカリスター男爵とともに王宮へと上がられていらっしゃいます。ともに陛下に拝謁されたとのことでしたが、王妃さまはご一緒ではなかったのですね」
「陛下と?」
「はい」
王妃はいぶかしむように頬にあてていた手から顔を離すと、少しだけ身を乗り出すように座りなおす。
今日王宮にコレットが来るなんて話は聞いていない。
王が独断でコレットに用事があったということなのか。本人だけでなく父親であるマカリスター男爵もともにとは、いったいどのような用件だったのか……。
トントン。
ドアが軽くノックされると、扉の外で待機していた侍女が王がきたことを室内に伝えた。
王妃に報告を行っていた少女は、口をつぐむと深々と頭をたれる。
王の来訪に、王妃はイスから立ち上がるとにこやかに微笑んで王を出迎えた。
「陛下、いらっしゃいませ。急にいらっしゃるなんて、どうかなさいまして?」
にっこりと微笑んで、自分が座っていたイスの向かいに王を誘う王妃に、王は腰を下ろしながらため息をついた。
「陛下?」
じっと自分を見つめる王に王妃が声をかける。
なんでもないと首をふり、王は侍女が入れたお茶に口をつけた。
「コレットがいらしていたそうですわね」
突然話を振られ、王は口に含んだお茶をふきだしそうになって慌てて飲みくだす。
「そういえば、先ほどフィオンも王宮にあがっていたようですし。二人に何をいいましたの?」
質問をしておきながら、その実大体のことは予想しているだろう王妃の言葉に、王であるパトリックは小さくため息をついた。
事実、ここに来たのもそのことを王妃に知らせるためだったのだから、隠しておく必要はない。
「……フィオンには、解毒薬を飲ませる」
ぱちぱちと、王妃は目を瞬かせる。
「どうしてですの?」
「ディアナ」
「解毒をする必要がありまして?」
「王族に対して禁薬が使用された、その事実をそのまま放っておくわけにはいかない。王妃として、そなたもわかっているはずだ」
「そうですわね。確かに薬が使われたことは問題ですわ。ですけれど、私は王妃として、そしてフィオンの義姉として、今までもお話してきたつもりです」
王妃として、フィオンの義姉として、その自覚を持ちながらこの一件を見守ってきた。
「以前にもお話しましたわよね。マカリスター嬢コレットではフィオンのお相手としてご不満ですかと」
「彼女自体に不満があるとかないとか、そういう問題ではないとそのときも話したはずだ」
「陛下。フィオンもいつか結婚しますわ。そのお相手が、コレットではいけませんか?」
「ディアナ!」
「いけませんか?」
「……どんなにそなたが気に入ろうと、フィオンが望もうと、解毒薬を服用しない時点で私は王としてそれを受け入れることはできない」
王として、パトリックには国の秩序を守ると言う義務がある。
被害を受けたフィオンがそれをそう思っていないとしても、正すべきところは正す必要があるのだ。今後同じような事件が起こらないようにと。
その上、巻き込まれたコレットにまで危険が及んでいる状況では、解毒薬の服用は急務である。
「フィオンにも、マカリスター男爵とその娘にも、もうこの件は申し渡した」
「……いいましたの? それをフィオンに」
「これは王としての命令だ。ディアナ、そなたでもこれを覆すことは許さぬ」
「陛下、フィオンに何をいったかわかってらっしゃいますの?」
「わかっている」
「本当に? 愛する人を失うという痛みを、あの子に与える可能性がありますのよ」
コレットがこの国からいなくなるわけではない。
しかし、好きな相手が目の前にいたとしても、その気持ちを失ってしまったときの苦しみはいかほどであろうか。
好きな気持ちは、それが薬のせいであろうとなかろうと、芽生えたり消えていったりすることはある。
だが、好きでいたいと望んだにもかかわらず、それを失うのでは話が違う。
好きな気持ちがあった。その気持ちを知っていればなおさら、失ったときには激しい痛みを伴うことだろう。
それを薬のせいだからと一蹴してしまうことができるだろうか。
「薬のせいであるのなら、その乱れた秩序を修正することも王としての務めだ」
王の意見ははっきりしている。
王妃といえど、命が下った以上王の言葉を覆すことなど出来ない。
「あの子は、陛下の命になら従います」
つぶやくように、王妃は口を開いた。
王弟という立場で、それより上の立場を望もうと思えばできたかもしれない義弟。しかし、彼はそれをせず王である兄の命に従ってきた。それが、この国を思う彼の意思。
「ですから、命令だけはしていただきたくなかったですわ」
ディアナの言葉に、王は黙り込んだ。
王として、パトリックがフィオンに命ずることはほとんどない。命ずる以前に、フィオンはその意思をくみ取り行動しているから。
そのフィオンが、今回どうしてもと望んだのがコレットだった。
惚れ薬が関係していなかったのなら、パトリックもここまでの反対をすることはなかっただろう。
だが……、事件は起こってしまった。
その上で、二人が出会ったのだ。
「フィオンは、何かいっていまして?」
「解毒薬を飲むのは一度きり。その後は、惚れ薬影響についての意見は、誰のものであろうとも一切受け付けぬと」
「そうでしょうね」
そうでなければ、解毒薬を服用する意味などない。
あの強烈な匂いを思い出し、王妃は眉根をよせた。あれを服用するのも、かなりの覚悟を必要としそうだ。
「それと……」
執務室を出て行く際、フィオンが最後に口にした願い。
「解毒薬を服用する前に、マカリスター家の娘に会いたいと。その願いは、叶えよう」
コレットが狙われる事件が起こったのだから、出来ることならこれ以上二人を合わせて犯人を刺激するようなことは避けたいのが現状だ。
しかし、フィオンの気持ちもわかるから王はそれに許可を与えた。
服用後に、フィオンにどんな影響が現れるのか。それを想像すれば、頷いてやるのが兄としてできるせめてもの情けだ。
苦渋の決断をにおわせる王の言葉に、ディアナは静かに頭をさげた。




