24.応援
「こんばんは」
笑いを何とか堪えると、小さくかがんでモニカは二人にあいさつをした。それに答えて、コレットもドレスをつまんで腰を落とす。
「やあ、モニカ。今日は一人で?」
「まあ、盛大な嫌味をありがとう。今日はお友達と来てますのよ。お二人の姿を見かけたのでお声をかけましたのに、ごあいさつですわね」
「それは失礼」
そんなやり取りも慣れた様子で、モニカは肩をすくめた。
モニカの家、サーランド侯爵家とバード公爵家は親族にあたる。フィオンの祖父とモニカの祖母は兄弟であり二人は又従兄弟の関係にあるが、それ以上にモニカはフィオンの婚約者候補の一人でもある。
アニエスとジュリアの顔がコレットの脳裏をよぎった。
モニカもまた、今回の事件のことを不快に思っていておかしくない。
恐る恐る視線を上げたコレットとモニカの視線が合った。と、モニカはコレットににっこりと微笑みかける。
「コレットさん、ですわよね? 初めましてでいいのかしら。わたしモニカ・サーランドと申します。パーティーなどではお見かけすることもありましたけど、お話するのは初めてですわよね」
「初めまして。コレット・マカリスターです」
いきなりモニカに微笑みかけられ、その真意が分からずコレットは戸惑った。
「コレットさん、フィオンさまを甘やかしすぎるとつけあがりましてよ」
「えっ?」
「それ」
モニカが指差したのは、コレットが先ほどフィオンからもらったあのライムグリーンのリボンがかかった小さな袋である。
「それは恋のおまじないのポプリでしてよ。夏至の日に行うと効果が高いといわれて、ここ数年はやってますの」
「おまじない……ですか?」
「その香りを身にまとっていると恋が叶うとか。それを何も知らせずにお渡しするなんて、意地が悪いですわ」
「これから話すつもりだった、といっても信じてはもらえないのかな?」
「どうでしょう。ねえ?」
くすくすと笑うモニカに同意を求められ、コレットはどうしていいのかわからずに微笑み返すしかない。
ひとしきり笑うと、モニカはまじめな顔つきでコレットの手をとった。
急に手をとられコレットは驚いて一歩後ろへ下がるが、モニカはそんなことなど気にしない。このあたりがフィオンと血族といったところだろうか。
「コレットさん」
「は、はい」
「わたし、あなたにはとても感謝していますの」
「はい?」
モニカと話すのは、本人も言っていたとおりこれが初めてである。
感謝される覚えなどまったくない。
「どうかこれからも、フィオンさまのことをよろしくお願いしますわね」
いきなりの言葉に、コレットは目を瞬かせた。
お願いしますというのは、つまり……。
「今回の件、ふざけるなと彼をひっぱたいてやりたい気持ちもきっとあるでしょう。けれどその辺は目をつぶっていただいて、フィオンさまを受け入れてあげてください」
その微妙な言い回しに、フィオンの眉根がぴくりと揺れた。
「なんだか、応援されている気がしないのは気のせいですか?」
「まあ、わたしほどお二人のことを祝福している人はいないと思いますのに。お二人が一緒になってくだされば、わたしやっとフィオンさまの婚約者候補の肩書きが返上できますわ」
つまりは自分のためである。
フィオンと年が近いこともあり、モニカは親族が押すフィオンの婚約者候補の一人となっていた。ディアナが王妃となっている現在、親族がモニカをフィオンの婚約者とする動きは強くはない。あまり権力が集中しすぎては、他の貴族の反発も招きかねないからだ。
しかし、フィオンに謀反を企てさせようとする人物から守るという意味では、モニカがフィオンの相手となることにある程度の意味があった。
「フィオンさまは、わたしを婚約者にする気なんてなかったんですよ? それなのにまわりが候補なんて言い出すから、わたし今までどれだけ大変な思いをしてきたことか」
「そんなに無理を強いたつもりはないんですけれどね」
「フィオンさまにそのおつもりがなくても、そのことでいつも姉に嫌味を言われるわたしの身にもなってくださいませ」
モニカの姉は彼女より五つ年上である。フィオンとの年の差でいえば、モニカは二つ年下、姉は三つ年上だ。それだけの違いなのであるが、親族が選んだのはモニカの方だった。それが姉には面白くなかったらしい。
後で親戚から聞いた話によると、フィオンと一緒にいる場面ですでに彼を意識してしまっていた姉よりも、モニカの方が幼かった分くったくなくフィオンに接し遊んでいたため、まわりからはうまくやっていけるだろうと思われたことが原因らしかった。おかげでモニカは、普段はそんなに仲が悪いわけでもないのに、フィオンが絡むことになると姉からちくりと嫌味を言われる日々を享受しなければならなくなったのである。
再びモニカはコレットをしっかりと見つめると、握っていた手に力を込めた。
「コレットさんは、どなたか心に決めた方でもいらっしゃるの?」
「えっ!? いえ、あの……」
「いらっしゃらないのなら、フィオンさまではだめかしら? 決して悪い条件ではないと思うのよ」
自分はフィオンの相手にはなりたくないといっておきながら、モニカはしっかりとコレットに彼を薦める。
「好みもあるとは思いますけれど、フィオンさまは顔の造作も悪くはないでしょう? 女性の扱いも心得ていらっしゃるから、一緒にいて不快にさせることも少ないと思いますわ。公爵位も持っていますし、王弟という地位もあるから入る家柄も悪くないですし」
悪くないどころか、コレットにとっては身分が高すぎである。
「モニカ、そろそろ」
フィオンの言葉に耳をかさず、モニカは言葉を続けた。
「それに」
そういうとモニカはコレットの耳元に口を寄せ、内緒話をするように小さな声で話しかけた。
「フィオンさまはご自分の言動にはしっかりと責任を持たれる方ですわよ。それは親族として保障いたします」
間近で目が合うと、モニカはにっこり笑ってコレットにだけ分かるように小さく目配せをした。
「ですから、フィオンさまのお言葉を信じても大丈夫でしてよ」
モニカがその場から去ると、フィオンは肩をすくめた。
「さすがにあれだけきっぱりと嫌がられると、なんだか複雑な気分だね」
面と向かって王弟である自分と結婚などしたくないという候補は、モニカぐらいなものだ。
フィオンと結婚したくないといいながら、その口でコレットにフィオンを勧めてきたモニカ。協力してくれているのか、邪魔されているのか微妙な感がある。
ちょっとすねたようなそんな表情のフィオンが可愛らしくて、コレットはくすくすと笑う。
コレットの笑顔に、フィオンも表情を緩めた。
「それで、モニカに何を言われたの?」
フィオンには聞こえなかった耳元での会話。
「えっと、それは……」
「それは?」
「……内緒です」
口元に指を立ててコレットは答えた。そんな可愛らしい仕草に、フィオンは何もいえなくなって肩をすくめた。
「僕を嫌いになるような言葉じゃなかったことを願ってるよ」
モニカの言葉。
それは、コレットにはフィオンの言動が薬のせいだけではないと言っているように感じられた。
薬のせいであろうとなかろうと、言っていることは彼の意思であるのだと……。
信じてもいいのだろうか、彼の言葉を。
薬のせいだと割り切ってしまった方が、後々の問題は少ないのかもしれない。でも、信じてみたいとコレットは少しだけそう思った。
徐々にまわりが薄暗くなってくると、園内のランプにあかりが灯されていった。
もうすぐ願いごとの組み木に炎が灯される時間となるため、人の流れが広場の方へと流れていく。願いごとをしたものにとっては、それが天に昇っていく瞬間を見逃すわけにはいかないというわけだ。
「こんばんは、バード公爵。そろそろ火が灯される時間ですね」
声をかけられ、フィオンはそちらに顔をむけた。
「こんばんは、ブラットナー伯。今宵はどなたとの逢瀬ですか?」
「娘にせがまれまして」
見ると伯爵の後ろに隠れるように、小さな少女が顔をのぞかせている。
フィオンが微笑みかけると、赤くなって少女は父親の後ろに隠れた。そんな可愛らしい姿に、フィオンとブラットナー伯爵の笑いがもれる。
「それではフィオンさま、今宵はここで。夏の女神の祝福がありますように」
「ブラットナー伯にも。そして、小さいレディにも、ね」
少し姿勢を低くして、フィオンは少女に笑いかけた。
ブラットナー伯の後ろに隠れていた少女がおずおずとスカートをつまんで頭を下げると、伯爵親子はその場を後にした。
組み木に火が灯されるあたりからがお祭りのメインである。
広場で直接その瞬間をみるには、そこは人でごった返している。そのため園内にあるドーム型の楼閣に席を確保していたフィオンは、そろそろその場に移動しようと振り返った。
コレットに言葉をかけようとして固まる。
さっきまですぐ側にいたはずの彼女がいなかった。
その場にコレットがいたことを示すように、フィオンがいる場所よりも数歩離れた場所にはコレットに贈った花冠が落ちている。
それを拾い上げると、フィオンは急いであたりに首をめぐらせた。つい今までいた形跡があるのだから、そんなに遠くにいけるわけがない。
「コレット!」
フィオンの声に、人ごみで少し離れてしまっていたロイドがその波をかき分けて近づいてきた。
「フィオンさま、どうされました?」
「コレットがいなくなった。ロイド、お前は見ていないのか?」
その言葉にロイドの顔からさあっと血の気が引いた。
ブラットナー伯爵が来たときに、ロイドの目からコレットが死角となっていた。伯爵が来る前までは確かにフィオンの少し後ろにいたのだが。
「探すんだっ!」
「はいっ!」
ロイドは頭を下げると、慌ててその場を後にした。




