ゆるキャラ大戦争
◆PhaseⅠ
「納得いかない! なんでこんなヤツが、あたしをさしおいて……!」
聖痕十文字学園中等部二年、炎浄院エナが、自室のパソコンを前にしながら憤怒の呻きを漏らした。
ツインテールをワナワナ震わせながらパソコンのモニターを睨むエナ。ブラウザに表示されていたのは、学園のホームページに掲載されたマスコットキャラクターの紹介画面だった。
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発端は、秋の文化祭『十文字祭』のメインイベントだった。
『聖痕十文字学園・ゆるキャラグランプリ2013』。
かねてから開催が噂されていた、この一大イベントの告知がなされたのは、文化祭開催の三ヵ月前。七月も始まったばかりの頃だった。
十文字学園理事長をはじめとした、教職員ら学校サイドも全面バックアップを認めた公式イベント。
学園のマスコットキャラクターの名称とデザインを広く生徒一般から公募して、グランプリで審査結果を発表、見事優勝に輝いた生徒には賞金七万円が授与され、そして何より、デザインしたキャラクターが学園のマスコットとして正式採用されるのである。
文化祭、体育祭等の各種催事で活躍する着ぐるみが造られるのは勿論のこと、ノート、メモ帳などの文具類をはじめ、タオル、Tシャツ、キーホルダーなどのキャラクターグッズの発売も確定していて、果ては、入学説明会で上映されるプロモーションアニメまで制作されるというのである。
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「すげえ! 絶対応募するぞ! 今からデザイン考えないと!」
教室で企画の告知を読んだエナのクラスメート、ツンツン頭の時城コータが、色めき立って椅子から跳ね上がる。
「へへへ……何言ってんのよ、コーちゃん。優勝は、あたしが頂く!」
同じくクラスメートの冥条琉詩葉も、燃え立つ紅髪を弾ませて不敵に笑いながら参戦を表明。
「二人とも、無駄な事だぞ。『ゆるキャラ』か……下らない遊びだが、丁度いい。この俺の、アーティスティックかつ複雑かつ深遠かつ先鋭的なデザインを、今ようやく、衆目に知らしめる刻が来たようだな……!!」
後ろの席では、中二病をグリグリ拗らせた男子、如月せつなが、アホ毛を揺らしながら回りくどく、かつ面倒くさい参加表明。
「ふー。まったくもう……本当みんな子供なんだから……。ゆるキャラなんて!」
一斉に浮かれ立つクラスメート達を尻目にして、エナはあからさまに長い溜息をついた。
だが、表向きは彼らのことをバカにしながらも、エナもまた、どうしてもグランプリのことが頭から離れなくなっていたのだ。
「あ……あたしの、デザインが、アニメ化……!」
胸に湧き上がってくるドキドキ感を、エナは周りに気付かれないよう、どうにか抑えこんだ。
学校では清楚なお嬢様&真面目な風紀委員というイメージを堅持しているエナには、人知れぬもう一つの顔があった。
今、一部好事家の間で話題沸騰中の、何かがエゲツない薄い本の作者、『なえタン』の中の人である。
「えへへ……アニメが『ニヤ動』とかにアップされて、話題になったりしたら……! 中学生で……プロデビューとか……出来たりしてして!」
ホワホワと脳内に湧き上がってくる妄想を必死で振り払いつつも、彼女もまた、心の奥ではグランプリへの参加を決意していたのである。
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そんなわけで、各々がそれぞれの思惑を胸に、学園のマスコットのデザインに着手してから、あっという間に三ヵ月が経った。
「ふふふ……これは、勝った!」
グランプリ開催前夜。
学園のホームページにアップされた、全エントリーのキャラクターデザインを眺めながら、エナは一人勝利の凱歌を上げた。
どいつもこいつも、ゆるキャラとしての『肝』を、まるでわかっていないのだ。
たとえば、時城コータの『もんじゃくん』。
学園の大池『聖ヶ淵』の主、クサガメの『かめ太郎』と『忍者』を掛け合わせたコンセプト自体は悪くない。
だがデザインアレンジが中途半端な六頭身な上、顔がまんまリアルな亀で、こんなの子供が見たら泣き出すぞ。
冥条琉詩葉の『じゅうモン』。
アメリカのスポンジ野郎を雑にトレースしたと思しきデザインは下手糞で、コンセプトも不明瞭なら名前もダサい。下の下、以下だ。
如月せつなの『武鎧』に至っては、そもそもデザインも名前も学園と全く掛っていない上、『ゆるキャラ』と『ご当地ヒーロー』を完全に履き違えた、お話にならない代物だ。
(ただし『フルーツ』と『足軽』という、正気を疑うような組み合わせのコンセプトには、その分野に疎いエナも一瞬ド肝を抜かれるものがあった。)
エナの風紀委員会の後輩、山桜ゆすらも、臆面も無く多作でエントリーしてきている。
『せこにゃん』か。例のお城のネコをあざとくトレースした、何の工夫もない凡作だ。
『タマックマ』。これまた、どっかで見たようなクマだし、学園との掛りなし。多摩市にくれてやれ。(余談であるがエナが在住する東京都多摩市には、現在、市を代表するご当地キャラなるものが存在しない。どこぞの有名な猫とコラボしてお茶を濁しているのである。いいのかそれで?)
『ひじりくん』。奈良県の鹿男を意識したキモカワ路線か? だが断言しよう。アイツはキモカワじゃない。キモいだけだ! 論外。
『モンジィさん』……って、マンマあのトリじゃん。ゆすら、パクリばっかじゃねーか!
ことほど左様に、どのキャラも、このキャラも、帯に短し襷に長し。
やはり、優勝はエナのデザインした『こいつ』以外、ありえないだろう。
彼女はうっとりとした表情で、モニターに映し出された自作のゆるキャラ『もんじタン』のデザイン画を眺めまわした。
つくづく、完璧なデザインだった。
モチーフは『狸』という、まーありがちな路線ではあるが、そこに『魔法使い』という要素を加味して子供心をばっちり掴む。
あざと過ぎず、ほのかに萌えさせる絶妙な三頭身。
頭から生えてるのは学園の校章、光り輝く十文字徽章。
腰から下げているのは多摩市の銘酒『たまの井』の一升瓶で、郷土愛もしっかりアピール。いつもほろ酔いで千鳥足、という設定だ。
・郷土愛
・ユニークな立ち居振る舞い
・愛すべきゆるさ
仏像巡りなどで著名な某作家の提唱する『ゆるキャラ三か条』の条件を、完璧に満たしているのである。
のみならず、エナには更なる必勝の一手があった。『決め台詞』である。アニメ化の際の必須要素であり、SNSやラジオパーソナリティを始めた時のパンチラインとしても絶対に欠かせない。これで流行語大賞はいただきだ!
「ふくくく……」
エナはニマニマ笑いながら、音声合成ソフトで作成したMP3ファイルをクリックした。
「ぼくタン、もんじタン、タンタカターン!」パソコンから再生される『もんじタン』のアニメ声。
「ぼくタン、もんじタン、タンタカターン! うきゃー! かぅわぁいぃーーー!」
パソコンの前で一人、もんじタンの決め台詞を復誦しながら、己の創り出したキャラのあまりのファンシーさに、エナは手足をジタバタさせて身悶えした。
完璧だ。負ける要素がどこにもない。優勝、キャラグッズ、アニメ化、プロデビュー……
拍手喝采に包まれる明日の自分を瞼に浮かべながら、エナはホワホワと幸せな気分でベッドに横になったのである。
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だが翌日。
「それでは、優勝を発表します!」
体育館で開催された、ゆるキャラグランプリ優勝作品発表。
参加者全員が固唾を飲んで見守る中、聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎が、檀上からマイクごしに優勝作品を読み上げた。
「優勝は2年C組、冥条琉詩葉さん! 『じゅうモン』に決定しました! おめでとう!」
「ななな……!」
エナは、愕然として声が出せなかった。
ざわ……ざわ……ざわ……!
聴衆が一斉にどよめいた。
「わーい。やったー! ありがとう、お祖父ちゃん!」
そう答えて立ち上がり、無邪気な笑顔で檀上に駆け上がっていく獄閻斎の孫娘、琉詩葉に……!
「ふ、ふざけんなー!」
「出来レースにも程があるぞ!」
次々と聴衆の怒りのヤジが飛ぶ。
「喝! 静粛に! それでは第一回聖痕十文字学園ゆるキャラグランプリをここに閉会します。みなさん、お疲れ様でした!」
大喝一声。無理矢理にグランプリを閉会した獄閻斎。
「あーあ、結局こういうオチか」
「やってられっかよ……」
もはや、最初から八百長を隠す素振りすら見せない理事長と孫娘のヌルヌルな馴れ合いぶりに、呆れ果てて次々にその場を去っていく参加者達の中、
「うぐぐぐぐ……!」
エナは悔しさに肩を震わせながら、一人いつまでも無人の体育館に立ち尽くしていた。
◆PhaseⅡ
そんなわけで数日後。
「る~し~は~! 許さない許さない許さない……!」
いまだに自作キャラ『もんじタン』への思い断ち難いエナは、今日も暗い自室のパソコン前で、ひたすら琉詩葉を呪っていた。
「もんじタン……」
エナは切ない顔で、ルーズリーフに描いた自作のタヌキを見遣った。
こんなに可愛いのに……こんなにユルユルなのに……。
まあ、あとから思えば中学校のマスコットキャラが酒瓶を抱えて始終ほろ酔いという設定は、少し問題だったような気がしないでもない。
だが……! そんな些細な瑕疵など、琉詩葉が描いた『こいつ』のダメさに比べたら!
学園のホームページにアップされた琉詩葉の『じゅうモン』をキッと睨みつけながら、エナは憤怒の呻きを上げた。
「こんな酷いデザインが、学園のマスコットだなんて……!」
つくづく、酷いデザインだった。
どれくらい酷いかというと、具体的にはこんな感じだった。↓
狂ったデッサン。ガタガタな描線。なんだかわからないモチーフ。虚ろな目。手に持ってるのはまさか十文銭? ふざけてんのか?
『じゅうモン』をジッと見据えるエナ。ふと、モニターのなかのそやつと目が合った気がした。
「うぶぐううぅ!」
深淵からエナを見据えるような『じゅうモン』のぐるぐる眼に吐き気を覚えて、エナは必死でモニターから目をそらした。こんな不気味なイラストを衆目に晒すのは、汚染水の垂れ流しに近い犯罪行為なのではなかろうか?
かてて加えて、更にエナを不快にさせる事実がある。
ここ数日、SNS『サエズッター』の学園コミュニティの間では身元もわからぬ複数のアカウントが、
「じゅうモンって意外とかわいいよねー」的なさえずりを執拗に繰り返していて、のみならず、あろうことかエナの周囲の生徒からも、
「よく見ると味があるデザインでかわいい」
とか、
「見慣れるとそんなに悪くない」
など、現実世界でもチラホラと好意的な声が聞こえ始めてきたのである。
「うそだ! みんな、騙されてる!」
エナは憤然として声を張り上げる。
誰がどう見たって酷いデザインを、『逆にイイ』とか『味がある』とか、そんなフワフワした言葉で自分を偽るな! 世の中のボケどもが!
上から押しつけられてステルスマーケティングで褒めそやかされたようなモノを『なんか馴れたからイイ』とか、そんなんでイイわけあるかバカ!
エナは振り上げた拳を下す当てもなく、ただゼイゼイと一人息を荒げるしかなかった。
(奈良県の例のアイツだって、エナはいまだにキモくて嫌いなのだった)
「まてよ……!」
だがその時だ。エナは閃いた。
大衆の評価がそれほど不安定で扇動に流されやすいというのなら、逆に今からネットで徹底的なネガティブキャンペーンを展開して、こやつのパブリックイメージを貶めてやれば……。
いや、それよりも……! エナの脳裏に、更に素晴らしいアイデアが飛来した。
「キタ! いける! これならば……絶対!」
突如授かった天啓に興奮で肩を震わせながら、エナは、眼鏡を光らせ一人邪悪な笑みを浮かべた。
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そんなわけでその夜。
「ふふふふ……! アカウント取得完了っと!」
パソコンに送付されてきた登録完了メール。
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ユーザーID:@007_jyumon
ユーザー名:じゅうモン【公式】
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エナが取得したのは、SNS『サエズッター』の新規アカウントだったのだ。
アカウントページトップの画像には、あの、一目見たら忘れられない琉詩葉の下手くそな絵が登録されていた。
準備は万全だった。
かちゃかちゃかちゃ……
唇の片端を歪ませ怪しく眼鏡を光らせながら、エナは学園コミュニティのメンバー全員と、適当に目についたユーザーを次々にフォローしていった。そして……
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こんにちは! 僕じゅうモン。
聖痕十文字学園の人気者だモン!
学校の広報部長も務めてるモン!
今日からいろんな学校情報をつぶやいてくモン!
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「ううぅ……! は、恥ずかしい……!」
ツインテールを震わせて、頬を赤らめながら『サエズッター』にさえずりを書き込んでいくエナ。
ネットスラングの常用や匿名掲示板ラーメン板での不毛な口喧嘩には慣れっこのエナでも、初めての『キャラなりきり』には、また別種の恥ずかしさと高揚感があるものである。だが、
「いけない! しっかりしろ、あたし!」
エナは自分を奮い立たせた。
恥ずかしがっている暇など無いのだ。今日から、『じゅうモン』として日本全国に、こいつの悪事を喧伝していくのだから。
それが、エナが『じゅうモン』の名を偽る真の目的だった。
エナの胸には、先頃不用意な発言から炎上させてしまった自身のラーメンブログ『ちゅるちゅるぶろぐ』の苦い思い出が去来していた。
ならば今度は! エナはその経験を、最も卑劣な戦法に転用したのである。
敵方の名を偽って、お寿司屋さんの醤油さしを舐めまわしたり、バイト先の冷蔵庫にダイブしたりして、その様をさえずれば、あとはもう放っておくだけ。
数日もすれば、暇を持て余したさえずり監視者の皆さんがイナゴの様に湧いて出て、寄って集ってアカウントが炎上。『じゅうモン』ひいては聖痕十文字学園の悪名を日本中に喧伝してくれるはずだ。
こいつのアカウントが偽物だと衆人が気付くころには、『じゅうモン』の学園マスコットとしての地位は完全に失墜していることだろう。
そこで、エナの『もんじタン』登場と相成るわけである。
「ふふふふふ……」
エナは自分の戦略のあまりの頭の良さにウットリしながら、キーボードを叩いていった。
かちゃかちゃかちゃかちゃ……
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ミニストップで肉まんを買って五千円払ったら、おばちゃんが間違えて九千八百七十円お釣りをくれたモン!
そのままちょろまかしてやったモン!
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ヨーカドーで買い物して帰ろうと思ったら駐輪場の入り口に邪魔な自転車があったモン!
むかつくからサドルを引っこ抜いて大栗川に捨ててきたモン!
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サイゼリヤから出たらちょうど雨が降ってきたモン!
その場で一番かわいいカサを拝借してきたモン!
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不愉快極まる犯罪行為を次々とさえずっていくエナ。
さすがに実際に事に及ぶ度胸はなかったので、適当に考えたくだらない悪事を、これまたネットで拾った適当な『証拠写真』とともに書き込んでいったのだ。
「くけけけ……燃えろ燃えろ!」
そう言ってほくそ笑むエナの瞳にもまた嗜虐の炎が燃え、その顔は、間違った充実感で満たされていった。
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そんなわけで数日後。
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やいこのスポンジ野郎!
何が学校の広報部長だ!絶対にとっ捕まえてお天道様の下に晒してやるからな!
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@007_jyumonさんの住所を特定して警察に通報しました。
しっかりと法的制裁を受けてくださいねー(^-^)b
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聖痕十文字学園て西東京の名門だろ……
クズな野郎がいるもんだな早く逮捕されろよ
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etc etc...
エナの目論見通り、果たして『じゅうモン』のアカウントは大炎上をとげていた。
案の定、学園の方にも抗議の電話が殺到し、現在HPは閉鎖状態だ。
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へっ! うるせーモン!
捕まえられるものなら捕まえてみろだモン!
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カモンカモン!ポリスカモンだモーン!
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その通りだモン!
お前らとは頭の出来が違うんだモン!
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「うひー! 気持ちイイーーーーー!」
全国から殺到する怒りのさえずりに、嬉々として丁寧な侮辱のリプライを返していくエナ。
だが、その時、
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こんにちは。僕、せこにゃん。
みんな騙されちゃダメだにゃん!
じゅうモンが学園の代表ってのは、まっかな嘘だにゃん!
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学園コミュニティの方から、これまでとは毛色の違うさえずりが聞こえてきた。
「『せこにゃん』だと……!」
エナは眉を寄せた。
『山桜ゆすら』だ。風紀委員のエナの後輩。
モニターの前でみるみる厳しくなっていくエナの顔。
この騒ぎに乗じて、自分のゆるキャラを学園の顔として売り込むつもりか?
小賢しい!
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お前は1年A組の山桜ゆすらだモン!
パクリだらけのデザインでぬけぬけと多数エントリしやがって!
僕の足元にも及ばないんだモン!
おまけにキャラなりきりってかー? 恥ずかしい女だモン!
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すかさずリプライを飛ばすエナに……!
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だれsんな人知りません
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そう返信が来た数秒後、『せこにゃん』のアカウントはサエズリ界から消滅していた。
「へっ! この豆腐メンタルが! 諜報戦であたしと張ろうなんざ、十年早いんだよぉ!」
勝ち誇り、サディスティックに笑うエナ。だが……
「あぁははははぁー! ざまあみろだモーン! ……はっ!?」
思わず、リアルで口をついて出た『じゅうモン語』にエナは愕然として己が口を覆った。
「いけない、いけない! 何を言ってるんだ、あたし……」
首をふりふり、気を落ち着かせようとするエナ。
しかし……
(モン……モン……もっとだ……もっと悪い事をさえずるんだモン……)
動転するエナの頭の中に響いてくる、何者かの声。
「はっ」
ふと気づくと、パソコンのモニターの奥から、エナをじっと見つめる奇妙な『視線』があった。
「うそ!」
それはまるで、深淵の奥から彼女を覗き返してくるような、『じゅうモン』の、ぐるぐる眼だった
「ひ、ひいぃ!」
モニターから、目が離せなくなるエナ。
必死でキーボードから手を離そうとする彼女だったが、体が、言うことを聞かない!
エナの邪念が生み出した、彼女のもう一つの人格が、今や彼女の制御を超えて暴走を始めたのだ。
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2年C組の冥条琉詩葉は、ジジイの七光りでチョーシこいてるモン!
まあ頭はアホだし顔も不細工で、正直終わってるんだモン!
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2年C組の時城コータはまじ鈍感で最悪だモン!
宿題を写させてやったのにお礼の一つもできないし
ラーメンの一杯も食い切れないヘタレの恩知らずだモン!
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2年C組の夕霞裂花は男となると誰彼かまわず手を出すクソビッチだモン!
コータに色目をつかったらあたしが殺すモン!
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1年A組のの山桜ゆすらは○○○○で××××で
◆◆◆◆だから▽▽▽▽で……モン……
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2年C組の□□□□は▽▽▽▽で◆◆◆◆
だから○○○○で◎◎◎◎だモン……
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エナの身元がバレかねない、際どい悪口が彼女の意に反して次々に書き込まれていく!
「わ、悪口がとまらないよーーー!」
エナは恐怖と後悔で泣きじゃくりながら、それでもパソコンから離れることが出来なかった。
◆PhaseⅢ
翌朝。
「モン……モン……モン……」
何かをブツブツつぶやきながら聖痕十文字学園の廊下をフラフラ歩いていくエナに、
「エナちゃん! 昨日のアレ見た!? 誰かがあたしの『じゅうモン』の名前で、うちらの悪口を書き散らしてるよーー!」
戦々恐々としてエナの肩を叩く冥条琉詩葉に、
ぐりん。
エナの首がおかしな角度で琉詩葉を向いて、
「ぐけけけけ! そうだモン! 全部僕がやったんだモーーーーーン!」
エナがケタケタと笑いながら琉詩葉の肩をつかんだ。
「え……エナちゃんが、『じゅうモン』に乗っ取られた!」
琉詩葉の顔が恐怖に竦んだ。
「こ、来ないでーー!」
泣きながらエナを振り払って廊下を駆けて逃げ出す琉詩葉に、
「待つんだモーーーーン!!」
追いすがるエナのギラついた眼鏡の奥には、見まごうことなき『あの眼』、『じゅうモン』のグルグル眼がうずまいていた。
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「悪霊退散! 悪霊退散!」
廊下で取り押さえられて保健室に運ばれたエナに、聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎が御幣を振りながら悪魔祓いの儀式。
「ぐきゃきゃきゃきゃ! もう遅いモン! この女の体は僕のだモーン!」
ベッドに縛り付けられたエナの中に巣食った『何か』が、邪悪に笑いながら老人を挑発した。
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獄閻斎の悪魔祓いで、どうにか『じゅうモン』の呪縛を逃れたエナが完全に自分を取り戻すには数日の療養を要し、エナの奇行はネットを漂う悪霊の仕業として不問に伏された。
学園の要請でサエズッターの『じゅうモン』アカウントは強制削除され、中の人の正体は永遠に闇に葬られた。
とばっちりを食った琉詩葉のゆるキャラは忌むべき悪霊として、奇しくもエナの目論見どおり、封印され『無かったこと』にされたのである。
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「ふー。失敗失敗。今度はうまくやるぞ!」
一ヵ月後、すっかり元気になったエナが、サエズッターで今度は自作キャラ『もんじタン』のアカウントを取得。
フォローしたのは山桜ゆすらの『せこにゃん』。
こいつは騒ぎのどさくさに紛れて学園コミュニティで顔を売り、今度は公正を規したゆるキャラ選手権一般投票で、ぬけぬけと学園の二代目マスコットの座に収まっていたのだ。
後輩のくせに、許せない許せない許せない!
こいつに粘着して、うかつなサエズリでもしようものなら晒し者にして炎上だ!!!
『もんじタン』をアニメ化すべく、エナの目に再びメラメラ邪悪な野望の炎が燃えていた。
※実在の人物、ゆるキャラとは一切関係ありません。




