20話 聖女、知らせを受ける
どろどろにしてしまったお庭は、ちゃんとわたくしたちでお掃除しました。責任を持って。ミューリア様がとっても怖かったです。ええ。
わたくしが理力を発動させれば、土は元通りなんですけれども……でも、噴水の池を汚してしまったのは、どうしたらいいものでしょうか。最後で途方に暮れていたら、ミューリア様がため息をつきつつ呼びかけました。
「――ストゥーカ!」
ミューリア様の聖使、貴婦人のストゥーカちゃんが噴水の中から現れました。……あらあ、お姿がちょっと濁っています。そしてちょっと怒っていらっしゃいます。表情ないけど。笑顔の怒りのミューリア様そっくりです。お美しいですわ。
そして、ストゥーカちゃんがぶるっと身震いをひとつすると、にごっていたお水がすべてキレイになったのでした。すごーい!
ストゥーカちゃんはプーに向き直って、わたくしたちにはキラキラした音に聴こえる声でなにかを言いました。クレームっぽいです。プーは聞こえないふりをしていました。かわいい。
そして、次の日。
わたくしが逗留している別館。そこのちょっと広いお部屋。
わたくしとプー、それにセネガーとキコールさんで席について、お茶もいただかずにお話ししています。お茶は、これから飲むので。
キコールさんは、こちらへ来る前に王様から勲章と爵位をいただいたそうです。
なんと、子爵様になられたんですって! すごーい!
小さい領地もくれようとしたらしいんですけど、それは丁重に辞退したとかで。だって、お仕事で忙しい方ですからね。領治なんかやってる時間ないですわよ。
「すぐにでもイキュア・クリアス薬学研究所がある、あの懐かしい東町へ帰りたいよ。でも、連日いろいろなお貴族様からお手紙をいただいてね」
ちょっとうんざりとした表情でおっしゃいました。
なんと、お見合いの話まで出ているんですってよ。困っているそうです。そうですわよねー。王様の覚えがめでたい、若くて有望なイケメン子爵様ですもの。
「こちらのマリウム公爵家から出資の話をいただいた」
「あっ、よかったですわね! ミューリア様から、そうしますって前に伺いましたわ!」
「願ってもない話だ。いくつか他からもあったが、正直なところ、どの人間が真に信用できる者なのか判断を着けかねる。あなたを保護してくれている貴族ならば、間違いはあるまい」
「ですわよねー!」
そんなキコールさんは、わたくしと同じく貴族としてのお作法をお勉強中です。なのでときどきわたくしといっしょに試験されるんです。今日はそんな日です。
わたくしには女性のサヴァント先生ですけれども、キコールさんには男性の先生が着いています。マリウム公爵家に長くお勤めの執事さんで、ベンティアンさん。白髪のイケオジですわ。ステキです。
お二人がいらしたので、わたくしたちは立ち上がってそれぞれ紳士と淑女の礼をとりました。
もう、ここから試験です。
「――ご準備はよろしいですか」
ベンティアンさんがいい声でおっしゃいました。
わたくしとキコールさんはそろって「はい」と申し上げました。セネガーがプーを抱き上げて壁際へと移動します。
「では――試験を開始します」
ベンティアンさんの声が響きました。わたくしとキコールさんは『貴族的微笑』を顔に貼りつけ背を伸ばしました。
「ご歓談の時間をともにでき、光栄ですわ」
わたくしがまず、述べました。最初の課題は『正しい席次とあいさつ』です。もうすでに頬が引きつりそうです。サヴァント先生の目が光っている気がします。
わたくし、聖女なのでこの国では王様の次に偉いんです。しかも、聖女の中でも序列があって、わたくしはいちおう国内で最初に見出された聖女として最上位ということになっているらしいです。じゃあなんであんな扱いだったのかしらって思っちゃいますね。
わたくしがまずあいさつをすることによって、他の方々は会話をできるようになります。まずはベンティアンさんが「私の歓びです」と紳士の礼をとり、次いでキコールさんが「歓びに与ります」と述べます。そして最後にサヴァント先生が淑女の礼を取りながら「平安がともにあります」と述べました。
ベンティアンさんがまず、円卓の中で一番上座である奥側の席を引きました。わたくしは目礼してそちらに座ります。そしてわたくしの向かい側の席をキコールさんが引き、サヴァント先生が座りました。ベンティアンさんとキコールさんはそのままさっと右手側にずれて、自ら席に着きます。そこへ、茶器を用意してきたメイドが席次順に茶を配って行きます。
ふたつめの課題は『ティーカップの扱いと即興会話』です。まずわたくしが茶に手をつけなければなりません。小指を立てずに、柄を軽く持って……緊張で手が震えますが、音は鳴らさずにすみました。
「――本日は、お越しいただき嬉しゅうございます。道中憂いはございませんでしたか?」
「お招きありがたく。天候もよく、万事滞りございませんでした」
「それはようございました」
……。……かっ、会話が続きませんわ! キコールさんがさりげなく「こちらの茶葉はマリウム領産でしょうか。香り高く、繊細なお味ですね」と話題を振りました。それにサヴァント先生が薄い笑顔で「本当に。水色もとてもキレイですわね」と続きます。
その他にもいろいろと、当たり障りのない言葉を繰り出しました。本当にこれでいいのかしら。壁際でセネガーに抱っこされたままのプーが、重々しく『ぷ』と言いました。
カシャン! そうこうしている間に、わたくしったら、カップとソーサーで音を立ててしまいました。うああああああ、やっちまったですわあああああああ!
「――美しい茶器はやはり音色も美しいですね」
一呼吸の後に、キコールさんが涼やかな笑顔でおっしゃいました。助け舟です。ベンティアンさんも「さようでございますな」と言いました。ありがとうございます!
そして、お見送り。今回はわたくしが主催した茶話会にみなさんが参加したという体での試験です。まず序列の一番高いベンティアンさんが最初に帰るのが順当なのですが、そこはそれ、いろいろ細かい例外ルールみたいのがあります。
女性であるサヴァント先生をエスコートして、最初に馬車へ乗せてお見送り。それからベンティアンさん、そして最後にキコールさん、という流れになります。今日は玄関でわたくしがみなさんにごあいさつするまでが試験内容です。
「本日はお越しいただき、ありがとうございました」
ずっと貴族的微笑をやっているので、頬が硬直しております。ベンティアンさんが「お招きに与り、光栄でございました」と言って胸を手に当てます。わたくしはそれを見てすっと右手を出しました。ベンティアンさんがそれをとって甲に軽く口付けします。ぎゃーーーーー!!! こればっかりはいつまでたっても慣れませんわあああああ!!!
そして、おしまい!
「……ふあーーーーーー……」
『ぷぅーーーーー』
わたくしのため息を真似てプーが言いました。かわいい。サヴァント先生から「アニ様。試験内容が終わったからといって、淑女であることをやめていいわけではございません」とつっこみが入りました。厳しいですわあ……。
お部屋に戻って講評をいただきました。まあまあよかったんじゃない、との反応。特にキコールさんが褒められていました。わたくしもがんばったのにー。褒めてくださいましー!
先生方が去って行かれて、あらためて気の張らないお茶会です。わたくしもキコールさんも、椅子にぐでーとなりましたわ。
「がんばってたじゃん、アニ」
なんか笑いながらセネガーが言いました。ちょっと上から目線なのなんでですの。でも褒めてくれたからよしとしましょう。
「うん、アニはすごいな。私は必死だったのに、涼しい顔でこなしていたじゃないか」
「涼しくないですわー! 途中で顔が笑顔で凝り固まっただけですのよー!」
「ははは! よかったじゃないか! お陰様で及第点をいただけたのだし」
そのままキコールさんも泊まって行くのかと思ったのですが、お仕事の関係でそういうわけにも行かないみたいで。お茶を味わって飲んだら「また来るよ。そのときにはきっと良い知らせができると思うから、待っていて」と席を立ちました。
「あら、なんですの? 良い知らせって」
「それは、そのときのお楽しみ」
にっこりと口元に指を当ててそうおっしゃいます。イケメンはなにしてもイケメンだから得ですわね!
セネガーは、どうやってミューリア様に取り入ったのか知りませんけど、わたくしの護衛ってことでいっしょにマリウム家別邸へ逗留しています。わたくしには専属の護衛騎士のリメインさんがいるんですが、そこらへんどういうことになってるんでしょうか。どうでもいいのでしょうか。
そうやって、気を抜いていたのがいけなかったのでしょうか。
次の日の夕方、届いた知らせに、わたくしは動転しました。
「アニ、落ち着いて聞いてくれ」
「なんですの」
「キコールが、何者かに襲われた。病院に運ばれて、治療を受けているが……今、意識がない」
どこが良い知らせですの、キコールさん。






