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19話 聖女、淑女には無理がある

 お勉強の関係で、いつも泊まらせていただいているマリウム公爵家別館から、本館におじゃましています。


「……どうしましたの? プー?」


 プーってば、わたくしが声をかけると、ぷいっとそっぽを向いてしまうんです。かわいい。腕を組もうとしてるけど、短いから重ねてるだけなの。かわいい。そのくせわたくしが他のことをしていると近くに来て、声をかけられるのを待ってるの。かわいい。なにもかもかわいいですわ、わたくしの彼氏。


「プーが反抗期ですわ……」


 わたくしがつぶやくと、控えていらしたメイドさんが吹き出しました。いちおう「こういうときって、どうしたらいいんですの?」って尋ねてみました。孤児院にいたときの子どもたちより、ずっとかわいい反抗期なんですもの。なんかこう、孤児院の子どもたちはもっと、こう、すごかったんですのよ。ええ。

 メイドさんは「かまってほしいんですよ、きっと」とこっそり教えてくださいました。……なるほどですわね? そういえば、再会してからこの方、ぜんぜんいっしょに遊んだりできていませんものね。


「――プー! かくれんぼしましょうか!」


 声をかけてみました。ぷいっとそっぽを向いてしまいました。かわいい。腕組めてないのかわいい。近づいてみました。てってって、と走ってちょっと遠くに立って、ぷいっとしました。かわいい。それを何回か繰り返して、お部屋を出て、玄関に向かって、お庭へ。


「……なにやってるんだおまえら?」


 セネガーがやって来て尋ねます。わたくしは「……ゆったりおにごっこ?」と答えました。変な顔をしつつ、セネガーは着いてきました。

 プーはちょっと止まってちらっとこちらを見て、ちょっと止まってちらっとこちらを見て、を何回も繰り返して、噴水のある広場に来ました。先日ミューリア様の聖使のストゥーカさんが出てこられた場所ですね。たどり着くと、プーはいっしょうけんめい噴水池の囲いへよじ登りました。わたくしたちならそのまま座れる高さなんですけれども。かわいい。そして、しゃがんで両手を水に浸しました。手の先から水を吸い込んで行って、プーの全身の色が濃くなって行きます。


「プー、どうしましたの? 喉が乾いていました?」


 近づこうとして声をかけると、プーは毅然とした表情でこちらを振り向きました。表情ないけど。くりくりおめめだけだけど。かわいい。

 そして、わたくしとセネガーに向けて、両手を差し出し――


「――うっきゃああああああっ⁉」

「うっお、なにすんだおっまえ!」


 泥団子が飛んで来ましたわあああああああ! セネガーがわたくしを引っ張って避けてくれましたけど。プーは舌打ちでもしそうな表情でわたくしたちを見ました。表情ないけど。

 わたくしはプーへ向き直り、決然と「泥団子を人に投げてはいけません!」と言いました。これでは、孤児院の子どもたちと変わらないではないですか! なんてことでしょう! 彼氏教育を間違えましたわー!


『ぷーーーーーーーーーーっ!!!!!』


 プーが噴水池の縁に立ったまま、叫んで両手を上げました。するとどうでしょう。プーの前の地面が、ぽこぽこと隆起します。そして!


「――きゃわあああああああああああ⁉」

「まじでなんだよ⁉」


 盛り上がった土が、泥団子になって何個も飛んで来ましたー! そのうちのひとつがスカートの裾をかすめて、泥で汚れてしまいましたのよー! なんてこと! 自分ではぜったい買わないお値段の服なのに! 早く洗わなくては!


「プー! いけません! めっ!」


 わたくしが声を張り上げて言うと――また泥団子が飛んできて、肩に当たりました!

 ――肩から、胸元へと泥が垂れ下がります。

 ……こっ……公爵家に……っ、用意していただいた、ステキドレス……っ!!!!


「プーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 怒髪天を衝くっていうやつですわー! わたくしこの服ぜったい弁償できませんわー! 信じられない、なんてこと! そんな子に育てた覚えはありませんわよ、プー!

 わたくしが怒り心頭でプーに向かって歩み寄ろうとすると、また泥団子がべしゃっと、ドレスへ。……こんなことなら、勧められるままにお姫様ごっこなんかするんじゃなかった……いつもの服を着ていればよかった……。

 そして、今度はセネガーへ。


「――おっわ、なにすんだおっまえ、この服けっこーしたんだぞ!」


 あら、セネガーは自前でしたのね。ならいいんじゃないでしょうか。わたくしは地面に手をつけて、プーへ宣言しました。


「あなたがその気なら……プー! ――戦争ですわー!」


 土を隆起させて、身を隠すための土手を造り上げます。その瞬間プーからの泥団子がべしゃっと土手にくっつきました。ふっ、わたくしの手にかかればこんなもんですわよ! セネガーが「おい、ずりーな、俺にも造ってくれよそれ!」と言いましたが放っておきました。さて、どう反撃しましょう。

 わたくしはもう一度地面に手をつきます。その間にもプーからの泥団子攻撃はやまず、土手もぐちゃぐちゃです。セネガーはわたくしの後ろへ隠れに来ました。もう満身創痍ですわね。わたくしは、見たことがないので想像で、土の大砲を造りました!


「……なんだそれ」

「大砲ですわ!」


 えーっと、これってどう動かすんですの。とりあえず、この筒のところに泥団子を入れればいいかしら。そうこうしている間にも、プーからの猛攻が! きゃー!

 とにかくわたくしも大砲へ土を詰め込みます。土のお人形であるプーに土が攻撃になるのかはまことに謎ですけれども。そして、土大砲を叩いて「発射!」と言いました。

 ボンッと音がして、なぜかお花の形をした土の雨が降りました。プーだけじゃなく、わたくしとセネガーにも。あらいやだ。

 プーは飛び跳ねて『ぷーーーー!!!!』と言いました。攻撃したのによろこばれてしまいました。かわいい。そして両手をこちらへ向け、また泥団子発射! 土手にぶつかります。が!


「えええええええええ」

「なんだおい⁉」


 なんと! 着弾した泥団子がうごうごと動いています! そして!


「きゃああああああああああああ」


 手のひらサイズのちっちゃいプーがたくさん誕生しましたああああああああああ!


「かわいいいいいいいいいいいい!!!」


 ちっちゃいプーは『ぷー』『ぷー』『ぷー』とそれぞれ言いながらうごうごして、わたくしとセネガーへ襲いかかります! なんてこと! かわいくて反撃できないですわ! むしろこれたんに足下にまとわりついているだけですわ! かわいい!

 本体プーは、今度は両手をあげて天を見上げました。そしてひとこと『ぷーーーー!!!!』と叫んだのです。

 先ほどのわたくしの大砲を真似したのでしょうか。土の雨。と思いきや、めちゃくちゃちっちゃいプーの雨ですわああああああああ!


「かわいすぎますのよおおおおおおおおお!!!」

 

 参りましたわー! こんなのどうしようもないではありませんか! 動いたら踏んじゃう! わたくしが懊悩していると、セネガーがせっせと大砲にちっちゃいプーたちを入れていました。……なんて残酷な!


「なんてことをー! 血も涙もありませんわね、セネガー!」

「土だろうが、血も涙もないだろ! ほら、おまえら、行け!」

『『『『ぷーーーーー!!!!』』』』


 セネガーが大砲を叩くと、ちっちゃいプーたちが喜々として飛んで行きました。本体プーもきゃっきゃしています。かわいい。なんですのもー! みんなまとめてかわいいですわー!!!!


「――こうなったら。……次は、これですわー!」


 わたくしは投石機ならぬ、投土機を造りました! 見たことないけど! わたくしが土を詰めようとすると、ちっちゃいプーたちがわたくしへ『ぷー!』『ぷー!』『ぷー!』と抱っこをねだります。かわいい。思わず抱き上げると、わたくしの腕からぴょんと跳んで投土機の中へ!


『『『ぷーーーーー!!!』』』


 ……すごくたのしそうに飛んで行きました。わたくしなにもしていないのに。本体プーがたのしそうに手足ばらばらのよくわからない踊りをしています。かわいい。なんなんですのこの状況は。

 もうなんだかよくわからなくなりながらも、わたくしたちは三手に分かれてプーの投げ合いをしていました。ほんとよくわかりませんでしたけれど、だんだんわたくしもたのしくなってきました。そして熱中していたとき。


 ばしゃん。


 頭から大量の水が降って来ました。バケツを引っくり返したようなっていうやつです。わたくしだけでなく、セネガーにも、本体プーにも。


「……なにをなさっておいでかしら、アニ様?」


 背後からミューリア様の声の笑顔が。あ、後ろ向くのこわい。わたくしはゆっくりと振り返って、どろどろのドレスで淑女の礼をとりました。


「ミューリア様、ごきげんよう」

『ぷーーー』


 プーも先日教わった、紳士の礼をとっているようです。見たい。ぜったいかわいい。セネガーはごまかさずに「すみません、庭を汚してしまいました」と告白しました。……うやむやにしようと思ったのに!

 そのあと、三人ともこってりミューリア様に怒られました。とてもこわかったです。

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