18話 聖女、淑女になるかもしれない
「口角を上げすぎです」
「はい」
「下げすぎです。それではまるで怒っている表情です。唇で棒を軽くくわえたと思ってくださいまし」
「はい」
「ようごさいます。その表情を常に保ちましょう」
「ふぁい」
――淑女難しいですわああああああああああ!!!!!
セネガーは部屋の端で優雅に座って笑っています。プーもその隣りに座って重々しく『ぷ』とうなずいています。なんですのよ、二人して高みの見物!
授業の課程は、セネガーからチェックが入って少しだけマシになりました。少しだけですけれども。茶話会での会話練習が四分の一くらいの確率で酒宴での会話練習になっていました。実地訓練ですのでね。お酒も授業のうちなんです。ええ。セネガーのお給料が上がるように祝福でも授けましょうかね。それにしても謎にお作法や所作がキレイですわね、セネガーは。
今日の夜は待ちに待った酒宴練習です。しかも小さいけれどちゃんとした集まりの。ミューリア様も、わたくしも、現在マリウム公爵領に滞在していますからねえ。そちらの地域にお住まいの方で、わたくしたちにつなぎを取りたい方が列を成しているんだそうですわあ。こっちでも王都でも変わらないってことですね。なんて迷惑な。今回は、そんな人たちの中でもマリウム公爵ご夫妻のお目に適った人たちが少人数呼ばれているそうですわ。ちょっと緊張します。
エスコート役はセネガーなんだそうです。もっと線の細い美青年がいいです。でもまあ、まだ練習ですからね、妥協します。
そして、夜。
場所は、公爵家本邸の一室です。すんごく広くてたぶんわたくしのお家が四つは入っちゃうんですけれど、それでも小さい集まりだって言い張るみたいです。さすがです。
お客様が次々に案内されて来て、入室されます。大きい集まりだとそのときに名前が宣言されるんですよね。たしかにそれがないので小さいですね。どんなお客様がみえるかも、事前に把握しています。全部で六人です。少なっ。
今回はわたくしも、主催者側の人間として振る舞うんです。そういう練習です。酒飲む練習ならばっちりなんですが!
この国の序列として、まず王様、そして聖女、それに連なる者として王妃様と王様のお子様たち。その次に側妃様たち。諸侯たちはその後に続くって感じなんですが。それにならって、わたくしとミューリア様が先、なんですが。
「アニ様が、わたくしの上ですわよ」
「なんですと⁉」
「だって、国内で一番最初に見出された聖女はあなた様ですのよ。お忘れですか?」
「それって序列に関係あります?」
「大いにございます」
なんか押し切られました! ちょっとー、それじゃ、わたくしが最後にばばーんと登場するってことじゃありませんかー! 嫌過ぎる。
と、いうことで。ミューリア様の「今後もこういうことがあるかもしれません。小さな集まりの内に慣れておくべきですわ」という言葉に乗せられて、今回の登場の大トリですのよ。いやーいやですわあ……。
「なんか、おとなしいじゃん」
ミューリア様が入室されました。次はわたくしです。エスコート役のセネガーが、からかうような口調でわたくしへ言います。
「緊張しない方がーおかしいと思いますのー」
わたくしが小声で言うと、セネガーは笑いました。
「まあ、その方がおしとやかになるな? だいじょうぶだ。今日の酒宴に、おまえのあげ足を取るようなやつはいない」
「……やけに断言しますわね」
「まあ、出ればわかる。――行くぞ」
右手を差し出されました。わたくしはそこに自分の左手を乗せます。そして、いっしょに入り口へ。
お城のときみたいに、仰々しく名前が宣言されたりはしません。ちなみに、プーも紺色のベストを着てワイン色の蝶ネクタイをし、いっしょに入場です。じゃあ、エスコートはプーでもいいじゃないですのー。と思ったんですけども。それじゃ練習にならないでしょって言われてしまいました。そうですけどもー。
セネガーがぎゅっとわたくしの手を握りました。それを合図に教わった笑顔を作ります。プーが、わたくしの右手を取りました。
いざ、出陣……!
入った部屋は、前にも見たことがあるのに、別の場所に思えました。だって、着飾った紳士淑女のみなさんが。あああ。わたくしはセネガーのリードに従ってしずしずと中へ進み、プーも含めて三人で一礼しました。そして、にっこり。上手くできたと思います。
気張らない集まりとのことでしたので、広い部屋ですがみなさん真ん中あたりへこじんまりと集まっていらっしゃいます。わたくしとセネガーがそちらへ歩いていくと、ひとりの紳士が進み出て、わたくしの前に片膝を着きました。そして頭を垂れました。
「敬愛すべき茜の姫君、私からのあいさつを受けてくださいますか」
茜の姫君ですって! わたくしの髪色からですわね。なんか恥ずかしいですわ。わたくしは「許します」と述べて右手を差し出しました。紳士はその手をとって口づけます。ぎゃー! こんなのに慣れなきゃいけないなんて、とんでもないですわー!
そしてその紳士の隣りにまた違う紳士が片膝を着きます。同じ調子であいさつをされて、わたくしはもう舞い上がってしまっています。淑女はみんな、こうやってお姫様扱いなんですって! それが普通なんですって! ムリ寄りのムリ!
なんて、わたくしが内心でいろいろ爆発していると、セネガーが「……俺と練習したときはそんな顔しなかったじゃねーか」とボソっと言いました。わたくしもボソっと「セネガーはセネガーですし」と答えました。
「てゆーか、気づけよ」
セネガーが言いました。なんですのよ。あいさつを終えた紳士たちが立ち上がります。その姿を見てわたくしは「あっ」と声を上げました。
「――えーっ⁉ キコールさんじゃないですの!」
「私も装えば、見違えるだろう?」
「見違えました見違えました! すごい、ステキです!」
わたくしがぱちぱち手を叩いたら、セネガーが「……俺にはそんなん言わねーじゃん」とすねていました。知りません。で、キコールさんの隣りの紳士も。
「あらあ、リメイン!」
「はい、アニー様。ポールドリー子爵家子息としてお目にかかります」
「お貴族様でしたのねー!」
「次男ですので、現職にて拝受した騎士爵ですが」
わたくしがぐーたらしているのを日々見守っていた兵士さんです! なんだあ、二人も顔見知り! 安心! そして、彼らの後ろを見たら。
「カーサ!」
「はい。パルサ子爵家息女として初めまして。お目にかかれてうれしゅうございますわ、アニー様」
リメインといっしょにわたくしのぐーたらを放置していたメイドさんでした! 他の方も、どこかでお見かけしたことのある方ばかり。
「だから言っただろ、だいじょうぶだって」
お手本になるわたくしの身内ばっかりを呼んだんですって! 最初からそう言ってくださいまし!
お作法に気をつけながらも、気を張らずに過ごせました。慣れるまでこうした酒宴を何回もやってくださるんですって! ありがたいですわあ。
そうこうしていたら、ある日、プーがすねちゃいました。あらあ。






