13話 聖女、なんやかや復権する
マインサム様の用件はとりあえず「もう一度婚約するつもりはない」とのことでした。それはもう、わたくしだってそんな気はありませんとも。どれだけ線の細い美青年で、わたくし好みでかっこよくても。
「僕は、きみがこれまで通りの生活をするよう願っているのだが、きみは王宮での生活に未練や執着があるかい?」
「まさか!」
わたくしは即答いたしました。まさかまさか。本当にまさか。こんな恐ろしい場所になんか、ひとときだっていたくありません。
それに、マインサム様と結婚だなんてまっぴらごめんです。本当に。
その気持ちは、マインサム様へ正確に伝わったみたいです。わたくしをご覧になって「あっれー、初対面のはずなんだけどなー、あっれー」とおっしゃいました。会わずにひどい態度を取り続けた自覚、ないんですねえ。
とりあえず、そのままわたくしにあてがわれた宮殿へ戻りましたわ。わたくしのモノじゃない! と拒否して「土の聖女ですから~」とか言って野宿しようかとも思ったんですけれどね。バカらしいからやめました。
そして、その後は。王様からも、マインサム様からも、音沙汰がなくなりました。再婚約の話も来ないところをみると、もしかしたらマインサム様ががんばって食い止めているのかもしれませんわね。わたくしなんかと結婚なんてしたくない、との固い意志を感じますね! 最高です!
「ヒマですわぁあああああああああ…………」
部屋の中でぐでーっとしております。わりとずーっと。ですので、わたくしがソファの上に寝そべったままそう叫んでも、誰も反応しませんでした。はあ……。
入口には槍みたいのを持った兵士さんがいらっしゃいます。その他にずーっと無言で壁際に控えているメイドさん。お二人はヒマじゃないのかしら。まあ、わたくしと違ってお時給は発生しているのでしょうけれど。そういえばわたくしの恩給どうなりましたかね。まあいいんですけど。
そうこうしていて、寝ちゃっていたみたいです。だってヒマなんですもの。メイドさんが申し訳なさそうに声をかけて起こしてくださいました。なんですの。わたくしヒマでヒマでしかたなくて昼寝するのに忙しいんですのよ。
「目通り願いが来ております」
「誰にですの」
「アニ様へでございます」
「なんとぉ⁉」
飛び起きました。なんと、わたくしに用事ができました。
宮殿の玄関近くにある応接室へ参ります。あら、そういえば誰が来ているのかしら。ちゃんと聞きませんでしたわね。まあいいや。応接室の入り口にも兵士さんが立っていましたわ。ご苦労さまですわね。わたくしの姿を見たら一礼しました。よい心がけです。
「失礼いたします」
そうお声がけして入室しました。そしたらこちらに背を向けて座っていらした男性が立ち上がり、振り向きました。そこで、わたくしは接見に応じたのを後悔いたしましたが時すでに遅し。すっとわたくしの背後に回り込んで退路を断ちやがられました。あーあーあー。忘れやしませんわこの小憎たらしいにやけ顔。ちょっとイケメンだからってつけあがりまくった、わたくしの天敵。
「お久しぶりです、アニさん」
「まあまあまあ、どこの、どちらさまでございましょうかねえ」
「ひどいなあ、あんなに何度もいっしょに酒を酌み交わした仲なのに。中央新聞社のトードですよ!」
バチーンと片目をつぶって見せます。金髪に青い瞳で、背もすらっとしていて、まあ相変わらず色男です! ぜんぜん好みじゃないですけど! ぜんぜん!
こいつはですね。わたくしがまだ聖女なりたてだったころ。取材と称してわたくしから聞き出したある事ある事。それを、ある事ある事ちょっとない事、に仕立てた上で記事を書き、世論誘導しやがったのです。わたくし、当時それがどういう意味かわかっておりませんでした。出来上がった記事を読んで「なんかちょっと違う。けどまあ、いっか」程度に思っていました。でもね、ちょっとって、大きいんです。とても。
――とても。
いくらかの押し問答の後に、わたくしは椅子へ座りました。根負けです。どのみちこの男がタダで帰るわけがないのは知っておりますし。メイドさんがお茶を用意してくださいました。
わたくしの向かい側に座り直したトードはさくっと用件を切り出しました。
「この度の『アニーク』にまつわるご活躍、真におめでとうございます」
「あらあ、ありがとうございますわ。あなたからお祝いされるなんて、とんだケチが着いてしまいましたけれども」
「そんな刺々しないでくださいよ、悲しいな。俺だって、あなたには申し訳ない事態になってしまったとは思っているんだ」
「それでよく、おめおめとわたくしの前にそのツラ晒せましたわね」
「おーう、辛口は酒だけにしましょうよ。俺に挽回の機会をください」
そう言って、鞄から取り出した書類をわたくしへ差し出しました。記事の草稿のようです。なんだか条件反射で受け取ってしまいましたわ。しかたなしに目を走らせます。わたくしが『アニーク』に関わった事実を書いた内容でした。
「なにせ、人の命に関わる薬に関する記事なんで。正確にやらせていただきたいと思っていますよ」
「ほー。わたくしに関する記事は軽んじて不正確にしたと? そういうことですわね?」
「つっかからんでください。あのころ、娯楽雑誌に提供する記事は多少の見栄が必要だっての、承知してくれたじゃないですか」
「ええ、承知しました。世間を知らない小娘でございましたので。おかげさまでここまでふてぶてしく成長できまして。中央新聞社様には大恩がございましてよ」
「ああ、本当だ。あの無垢なお嬢さんがここまでスレちまって。罪作りだな、俺は」
ちょっとだけ困った顔で肩をすくめました。イケメンで様になるからって許しはしませんわよ。わたくしは読んだ草稿を、テーブルの上へ投げ出しました。
「ぜーんぜん。てんでダメですわ!」
わたくしがそう言い放つと、トードは慌てました。
「えっ、ちゃんと裏取りして書きましたけど⁉」
「わたくしに関する記述!」
ビシッと指差しました。トードはちょっと真面目な顔をしました。イケメンですね。わたくしは「こんな平凡な描写で、わたくしの愛らしさが伝わるとでも?」と言います。瞬間トードが無表情になりました。イケメンですね。
「もっと! わたくしを! 褒め称えなさいませ!」
「いやあんた不正確さを嫌がってたでしょ」
「はあ? わたくしが褒めるに値しないとでも?」
「いえすみません、あなたは愛らしく、ステキで賢く高潔な土の聖女様です」
と、いうことで。わたくしの功績をきらびやかに称えた記事が、世に出回りました。いいんじゃないでしょうか。なにかよくない変化があったとすれば、ヒマを持て余してお昼寝する重要な日課が損なわれてしまいました。悲しい。連日誰かが訪ねて来て、連日催し物へと参加します。半強制ですわね。
そうしてわたくしは、平民からの聖女として取り沙汰されたとき以来の熱狂で、世の中の人々から担ぎ上げられました。はい、それはもう、それまでわたくしが冷遇されていた過去が、まるでなにもなかったかのように。
だから、信じられないんです。こんな世の中。
ああ、わたくしの、愛しいお家へ帰りたい。そしてプーといっしょに、土とたわむれて暮らすの。
そして。また来ました。書類が。
「こういうの、バカのひとつ覚えって言うんですのよ、マインサム様」
第五王子殿下との、再婚約の書類です。もっとがんばって阻止すると思っていたのに。破って捨てました。メイドさんと兵士さんがビビっていました。






