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喜目良商店街の悪魔  作者: 稲荷崎 蛇子
5/14

part05 喜目良商店街の忍者



「なるほどね……。こういう面子が生き残ったのか……」


 昨夜の戦場で生き残ったのは、鰐淵を除くと三人とも女性だった。

「あら? これはこれは……奇遇ですね……」


 数秒前まで満面の笑みであった修道女は、鰐淵の姿を見ると言葉に殺意を滲ませた。


「なんだ、あんたよく生き残ったね」


 杖を持ったままパイプ椅子に座っているのは、花屋の自称美老女。


「青大将の方ですか? わぁ、はじめましてぇ」


 白黒のメイド服を着て、両手を可愛らしく振っている若い女性。鰐淵の記憶では、商店街に唯一あるメイド喫茶の従業員のはずだ。


 鰐淵は三者から立ちのぼる闘気を感じ取る。どうやら三人とも、偶然生き残ったわけではない。昨夜の死闘を正面から戦い、ここに至ったのだろう。


「上等だ……。百万はウチがもらうぜ」

「いいえ。我が教会より、恵まれない方々への寄付金にします」

「老い先短いんだ。贅沢くらいさせな」

「えっとぉ、欲しいものたくさんあって、お金欲しいですー」


 四者の視線がぶつかり、今にも誰かが武器を抜く気配が漂う。そして、仮設テントに先ほどの受付係が笑顔で現れた。


「ちわーっス! 皆さんお揃いみたいなんで、スタンバイして下さいっス!」


 その言葉に一同の緊張はわずかに緩み、それぞれが仮設テントを出てスタート位置とされているアーケードの入り口に向かう。


「名前を呼ぶんで、その順番でスタート位置について下さいっス」


 四人が到着すると、既にそこでは大賑わいの人だかりができていた。アーケードの長さはぴったり二百メートル。ゴールはアーケードの反対側だ。

 二百メートルという僅かな距離の間に、如何に素早く品物を入手するかが肝になってくるだろう。一同全員、見物客の歓声を浴びながらスタートの瞬間を待つ。

 そして、マイクが起動する音が商店街中のスピーカーに響き渡った。


「さあぁー! 始まるっスよ! 喜目良商店街、夏のイベント! 借り物競争だ!」


 おぉぉ! と歓声が沸く。前列にいる人間は、体のあちこちに包帯や湿布などが目立つ。昨夜の敗北者なのだろう。


「司会はあたし! カウカウピッツァの牛山が担当するっス! 観戦にはピザ、ナチョス、ナゲット! 是非ウチから買うと良いっスよー!」


 良いから始めろー! という野次が飛び、ムッとした顔を浮かべる牛山。しかしすぐに調子を取り戻すと、マイクに声を吹き込む。


「それじゃあ選手の紹介っス! エントリーナンバー一番! 中身は最悪、見た目はキュート! その熟練の技、本当は歳いくつなんだ! メイド喫茶ばんばんの稼ぎ頭! もとい、看板娘! 黄森ひめか選手!」


 呼びかけに応じ、メイド服がひらひらと舞う。スタートラインについた黄森は腰に手を当てて仁王立ち。その瞳に星の輝きを宿し、観客に向けて可愛らしい決めポーズ。


「がんばりまぁーす!」


 はたして紹介文は誰が考えたのか。そして黄森はその紹介のされ方で本当に良いのか。鰐淵は疑問に思いつつ、次の順番を待つ。


「エントリーナンバー二番! このメンバー唯一のちゃんとした人、慈愛溢れる本気のシスター! 信仰があれば何でもできる! 犬飼くるり選手! なんでも、もし勝てたら賞金は寄付するそうです! あたしにも恵んで欲しいっスよー」


 ちゃんとした人と言われると、鰐淵は違和感が拭えない。何なら針澄親子よりも喧嘩っぱやい、ダントツの危険人物に思えた。しかし、当の本人は笑顔で手を振りながらスタートラインに向かう。素直な応援と拍手を受けている。


「エントリーナンバー三番! 喫茶青大将の毒蜘蛛と言えばこの男! 本当か嘘か、色黒になると強くなるふざけた体質? 昨夜のバトルロワイヤルから逃走して、今日! 満を持しての参戦っス! 鰐淵選手! ……あれ? 下の名前は……」


 鰐淵はスタートラインに向かいながら首を振って断る。


「悪魔は名前を知られるとまずいんだ。鰐淵、だけで勘弁な」

「ほえーなるほど……。キャラ作りを徹底するそのヤバさ! さすがっス!」


 色々と思う所があった鰐淵だが、おとなしくスタートラインにつく。


「エントリーナンバー四番! 皆さんご存じ! 昨日の脱落者のほとんどが、この妖怪ババァの被害者っス! あたしの子供の時からババァだし、つーかババァの若い頃を見た人いないくらいにババァっス! 金に目の眩んだ妖怪が、レースに嵐を巻き起こす! フラワーショップ虎刈の店主! 虎落ばーさんっスよー!」


 さすがにその紹介は不愉快だったらしい。虎落は杖を振り上げると、牛山の近くにあったスピーカーに叩きつける。


「年寄りを敬えクソガキども」


 辺りには老婆の怒りがそのまま爆音となって響いた。中型サイズのスピーカーは、その杖によって真っ二つに破壊され、その破壊音を増幅して発したのだ。


「うっは……ババァこえぇぇ! じゃあとっとと始めるっス! 用意は良いっスかー?」


 鰐淵はこっそりと携帯電話を通話状態にし、耳にコードレスイヤホンをかける。他の三人は通信機らしきものを使う様子はない。


「いちについて!」


 牛山がピストルを真上に向け、片耳を塞ぐ。鰐淵の位置から視界に入るので、何気なく注視する。あれはおもちゃではなく実銃では? という疑問が浮上するが、深くは考えない。


「よーい!」


 その瞬間に、鰐淵は四肢を変質させる。加えて、肉体の反射速度をいつもより大きく向上。手足の精密性を向上。視力と、ついでに聴力も向上させる。今なら銃弾だって指でつまみとれるはずだ。

 最初の目標は、十メートルほど先の地面に並べられた封筒。物品の指定された紙をどれだけ素早く確認できるかも大事だろう。

 そして、牛山の指がピストルの引き金にかかり、それを引く。

 そのゼロコンマ数秒早く、鰐淵を除いた三人は地面が爆ぜるほど強く蹴りだし、走り出した。


「なっ……!」


 鰐淵の向上された感覚だけが捉えたフライングは、誰の目にも不正とは映らなかった。しかしピストルの音が鳴ってから走り出す事は、このメンバーにおいては大きな後れとなる。


「き、きたねぇぞ!」


 黒い残像を引き連れて、鰐淵も飛び出す。三人は既に鰐淵より前におり、封筒を手にとって開けていた。数瞬遅れに鰐淵も残っていた封筒を拾いあげ、精密性を向上させた指先で中の紙を確認。


「蛇川!」

「あいあいです」


 通信が繋がっている事を確認すると、鰐淵は指定の物品を告げるべく、紙に書かれた文字に目を走らせる。が、そこにあったのは鰐淵をして戦慄させる内容だった。


「こ、これ、は……」

「どうしました?」

「蛇川、作戦変更だ!」

「えぇ?」


 咄嗟に、鰐淵は一本道であるはずのコースを外れ、並んでいた適当な屋台の裏側に身を隠す。どばぁ、と冷や汗が噴き出すのを感じながらも、強力化された聴覚で周囲を探る。どうやら他の三人も同じような判断をしたようで、アーケードを走る者はいない。


「くそ、なんてこった」


 悪態をつきながら、もう一度紙を見る。そこにあったのは、おそらく全選手とも似たような内容である事が予想できた。この反応からしても間違いないだろう。


 コウモリの参加証バッジ。


 鰐淵の紙にはそう書かれていた。

 紙をくしゃくしゃと丸めて、ポケットに突っ込む。鰐淵は簡単に状況を蛇川に説明すると、今後の動きを相談。


「状況はわかりました。えげつない事をしますね」

「あぁ。お前の方で誰が何のバッジか探る事は?」

「できません」


 できるだけ小声で話しているつもりだが、この状況下であまり音を立てたくはない。それを察してか、蛇川の方から話を続ける。


「まず、ここからは乱戦になります。その中で、誰がどの缶バッジを持っているかの確認。その後に奪取。相手を倒さず隙を見て奪う形でも行けますが、そっちの方が難しそうですね。一番の警戒はシスターわんわんです。ぶっちゃけ鰐淵さん一人じゃ厳しいので、花屋の虎落おばあさんから狙ってはどうでしょう」

「メイドはどうだ? そこまで強そうには感じなかったぞ」

「おや? 鰐淵さん、メイド喫茶ばんばんに行った事ないんですか?」

「あるか、んなもん」

「じゃあ彼女と戦うのは早いです。もっと後からの方が良いです。とは言っても長引くのも不利ですねぇ……。鰐淵さんのお腹と背中がくっついて、今度こそ餓死してしまいます。昨日結構使っているので、全力行動を十五分以上行うのは危険ですよ?」

「……十五分か。節約しながら戦える連中でもないんだが……」


 本来、たかが百メートルを走るなど数秒もあれば鰐淵は足りる。しかし、今飛び出して集中砲火を浴びては目も当てられない。ルール上、漁夫の利を狙うのが最も楽だからだ。

 どうすべきか、鰐淵が思案していると真上に影がさした。ひらり、と音もなく落下してきたのは、メイド服の黄森。


「メイ……!」

「あ、戦いに来たんじゃないんですよぉ」

「なに……?」


 突然の出現に、拳を固めた鰐淵は、確かに黄森から敵意がない事を感じる。その両手を上げ、降参とばかりのポーズを取っている。


「途中まで、協力しませんかぁ?」


 黄森は自身の持っていた紙を見せる。そこには、馬の参加証と書いてある。


「誰が持ってるか知りませんけどぉ、これが鰐淵さんじゃないなら、あたしと協力しましょうよう」

「……」

「まずは、虎落おばあさん。シスターは後回しでも勝てるし。あの妖怪ババァを殺すのに、一人だと厳しいかなーって。あぁ、あたしのバッジも確認します?」


 エプロンポケットから取り出したのは、何かの鳥の絵が描かれたものである。つまり、黄森と鰐淵は敵対関係にない。互いのバッジを奪い合う意味がない。


「そうか。……いや、なるほどな」


 しばし考えてから、鰐淵は納得する。


「よく俺の狙ってるバッジと被らない事がわかったな。もし俺の狙いが、その鳥だったら危険だったとは思わなかったか?」

「えぇー? そうとわかったら、その時は逃げるだけですよう」

「……そうか」


 鰐淵は頷くと、立ち上がって周囲を確認。恐らくあの辺に誰かいるだろう、という所にアタリをつける。


「同じ喫茶店同士、仲良くいきましょー」

「よし。わかった。行くぞ! メイド!」

 鰐淵は飛び出した。





 時同じくして、とある店の看板裏に隠れていたのは犬飼くるりだった。


「こ、困りました……。どうしましょう。こんな……」


 犬飼の紙には、蛇の参加証と書いてある。自身の缶バッジは犬。このままでは、犬のバッジを狙う誰かと戦う事になるだろう。

 愛用の十字架型トンファーを握り直し、今後の展開を思案する。このままでは勝負が続かない。誰かが行動を起こすはずであり、その相手の持つバッジを見極めた上で撤退か攻撃か選ぶ必要があるだろう。

 手あたり次第に索敵して攻撃など、犬飼の選択肢にはない。無用な争いは避けるべきだし、罪なき人への理由なき暴力などあってはならない。発見と同時にブチ殺すのが許されるのは、悪魔だけである。


 胸の前で十字を切り、この過酷溢れる戦いに祈りを捧げる。と、ふわふわと目の前に誰かが空から降り立つ。まさか本当に天使が、と慌てた所で、それが先ほどスタートラインで並んだ選手である事を認識する。

 素早くトンファーを構えかけるが、その人物はメイド服のスカートを揺らして両手を上げる。敵意はない、とアピールされてしまい、犬飼は攻撃の理由を失ってトンファーを下げる。


「シスターくるり、あたしのお話を聞いて欲しいんですよぉ」

「え、えぇ……どうされましたか? えっと、黄森さんでしたね」

「はぁい。黄森でーす」


 そして犬飼に提示された黄森の話とは、つまり協力の申し出だった。


「これ、あたしのバッジと紙ですー」


 犬飼の前に出されたそれは、ライオンの絵が描かれたバッジ。そして紙に書かれた指定は、ウサギの参加証という事だった。


「……どうやら、黄森さんとは戦わなくて済みそうですね」


 自分との敵対関係にはない。ほっと胸を撫でおろし、犬飼は笑顔を取り戻す。


「こちらこそ、協力をお願い致します。あの憎き悪魔を浄滅しましょう」

「あ、えっとねぇ……。先に、花屋のおばーさんから倒したいなぁって」

「何故です?」

「あの蜘蛛みたいな体のお兄さんは、何とかなりそうだしさ。それより虎落おばーさんは気を付けなきゃね」


 犬飼はスタート直前に、杖でスピーカーを叩き割った様子を思い出す。確かに見た目とは裏腹の実力を秘めている事は間違いないだろう。

 しかし、犬飼は首を横に振る。こんな話は受け入れられないのだ。


「いいえ。もし虎落さんが私の求めるバッジと違うのでしたら、残念ですが協力はできません。故なき暴力など、あって良い訳がありません。バッジの内容が確定しない以上、私が最初に相手をするのは、あの腐れ悪魔野郎と決まっているのです」


 まずはあの悪魔を叩きのめし、そのバッジを確認した後でなければならない。


「で、でもさ、それは後からでも……」

「なりません。競技ですから、あなたが虎落さんと戦う事を止めはしません。それに今バッジが判明したので、私があなたに危害を加える事もありません。どうか、その一事を以て協力としては頂けませんか……?」


 最初に攻撃するのが、あの悪魔であったなら良かったのだが。そう悔しさを滲ませながら、犬飼は自身の曲げられない主張を述べる。すると、黄森は表情を失う。


「そう」


 それから花が咲くような可愛らしい笑顔を作ると、改めて犬飼に手を差し出した。


「ちなみに、シスターのバッジは何なんですか?」

「私ですか? 私は……」

 犬の絵が描いたバッジを見ると、黄森は可愛らしく礼を言った。





 その時、とある店舗の屋根の上。彼女はそこにいた。


「にんにん」


 ふざけて指を組んでみる。里で教わった精神安定の印など、心底どうでも良かった。精神修行の類はまるっと全て無視したからだ。


「あのババァも引っ掛かったし。シスターは使えないけど、犬なら関係ないし、ね」


 お好み焼きジライヤ、と書かれた看板に足を乗せて下界を見据える。全てが掌の上であると確信できる流れである。

 黄森ひめか。彼女はとある場所で修行を積み、適当にざっくり覚えた辺りで脱走。覚えた技を使う事で、面白おかしく楽して生きようとする者だった。

 闇に紛れる装束を最後に着たのはいつだったか。全く可愛さのかけらもない服だったので、二度と着るものかと箪笥に封印している。


 黄森は自身のバッジと紙を見て口角を上げる。バッジのデザインはコウモリの絵だ。ターゲットは、虎のバッジ。

 今現在、虎落、犬飼、鰐淵の三者の元に偽情報を持った黄森が付いている。このレースに参加する時点で、提出するバッジは一枚。だが黄森は昨夜の内に狩ったバッジを残しておき、この場に存在するはずのないバッジを使う事で、情報の攪乱を狙っていた。

 三者に協力を申し出、行動している黄森に実体はない。分身の術など、黄森にとっては難しいものではなかった。


「あははぁ……。これで、三つ巴で潰し合って、最後にあたしが漁夫の利。一人勝ちってわけでござるよ。にんにん」


 里で出会った同期の口ぶりを思い出しながら、ふざけてみる。ぺろっと舌を出したのは、かつての同胞を嘲る気持ちから出たものだ。いつまでもかび臭い伝統にこだわる、頭の悪い連中には反吐が出る。

 屋根の上から見ていると、まず最初に姿を見せたのは鰐淵だった。先行して走り、虎落ばーさんの隠れた一角を目指している。背後に黄森の分身体を連れているが、振り返る様子はない。


「くたばれババァ!」


 ここまで聞こえる怒声を上げ、どこから拾ったのか木片を投擲。刹那の後、それは空中で木っ端みじんに粉砕された。虎落の杖が、空間を絶つ。


「こいやぁぁ!」


 もちろん、虎落の背後にも黄森の分身体はいる。こちらもダミーのバッジで信用されているので、虎落は協力関係にあると思っているのだろう。物陰から飛び出してなお、振り返る気配はない。

 二人の拳と杖が交差し、常人の視力には捉えられない攻防が生まれる。その高速移動によって踏み込む度に足元が削られ、互いの一撃が当たる瞬間だけは止まって見えた。

 一撃必殺の応酬をしながら、しかし互いに傷を負ってはいない。高いレベルで実力が拮抗しているのが見て取れる。何かきっかけがあれば、戦況は傾くだろう。

 そして、その女は現れる。


「この悪魔めぇぇ! 浄ッ滅ッせよォォ!」


 トンファーを回転させながら乱入したのは、犬飼だ。並々ならぬ敵意をもって、鰐淵へと襲い掛かる。

 黄森の狙いでは、虎落を最初に倒す予定だった。しかし、こうなれば無理にやるより、先に犬飼と協力して鰐淵を倒す方が早いかも知れない。

 黄森は笑みを浮かべ、成り行きを見守る。三者三様に争い、疲弊していく様子が見て取れた。


「うふふふ」


 そして、数分後に残ったのは力尽きた三人の姿だった。それぞれが膝をつき、高速戦闘による疲労と、その傷のあまり腕も上がらない。息も絶え絶えとはこの事である。


「くっそ……」


 鰐淵の体から黒色が抜け落ち、人間相当の肉体レベルまで能力を落とす。それを皮切りに、三人の背後から黄森の分身体がそれぞれ同時に襲い掛かった。


「バッジは頂戴しましたぁ!」


 どこにしまっているかなど、黄森の観察眼を以てすれば丸わかりである。数秒という短い時間で、三人のバッジは黄森に奪われてしまう。


「……」

「……」

「……」


 三人は言葉も出ない様子で、されるがままだった。


「メイド流奥義、分身の術ですぅ! 皆さんのバッジは頂きましたぁ!」


 完全に出し抜いた。

 黄森は、抵抗もできなくなった三人を見下ろし、屋根から跳躍。音を立てない着地で降り立つと、三人の分身体から三枚のバッジを受け取る。


「メイドぉ……! てめぇ、やっぱりそうだったのか……」


 地に付した鰐淵の悔しそうな声に目を細め、黄森はバッジをエプロンポケットにしまう。それから分身体を三人の元へ向かわせ、それぞれにとどめの一撃を加えるべく、構えた。

 三人の分身体は、それぞれが両手にクナイを持ち、振り上げた。


「うふふふふ。逝ってらっしゃいませご主人様」


 勝利を確信した黄森が告げると同時に、必殺の一撃が閃いた。


「魔煌拳!」

「シャイニングトンファー!」

「虎落笛!」


三つの分身体が弾け飛ぶ。そして、ゆっくりと立ち上がる三人に疲労の色はもうない。拳が、棍が、杖が、黄森本人にゆらりと向けられた。


「汚い。さすが忍者、汚い」

「危うく騙される所でしたが……」

「いんやぁ? あたしゃ別に文句ないよ?」


 くっく、とのどの奥で笑う虎落。


「これからこっちもやるんだから、これくらい、ねぇ。卑怯の内には入らんさ」


 じり、と後ずさりした黄森はクナイと短刀をスカートの中から取り出して構える。三対一とは言え、ここまで三人が受けたダメージを考えれば勝機はあるだろう。


「お前わかってねぇな、メイド。自分が何を持ってるのか、よく見ろよ」


 黄森の手中には四枚のバッジ。つまりそれは、争いの終結をも意味していた。


「ここからは誰がどのバッジか考える必要もねぇ。お前を倒して、それからゆっくり目当てのバッジをもらえば良いんだからなぁ!」


 そして、鰐淵は再び全身を黒く変質させる。


「最後に俺たちのバッジを回収するまで、お前の策にはまったフリをさせてもらったぜ。俺たちの体力が尽きたとでも思ったなら、ド甘いんだよ!」


 三人は戦いながら互いに言葉を交わし、黄森の作戦を看破していた。被害が及ばぬよう離れていた黄森に、その会話は届かない。三人の共闘という可能性を、黄森は見落としていたのだ。


「さぁ、ここからはゲームの内容が変わるぜ。メイド争奪戦だ」


 戦いの内容は、誰がいち早く黄森を討ち取るか、というものに変わっていた。黄森を倒したものが、バッジを得るのだ。

 勝負は泥沼へともつれ込む。



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