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プレイヤーに嫌われる上位な人





 アスタリア帝国とトゥルガ王国の最前線。グレッグの街





 イリス達が砦にきて二週間が過ぎた。20キロ先の砦でアスタリア帝国による攻城戦が行われている。優勢なのはアスタリア帝国で、トゥルガ王国は防戦状態となっている。しかし、国境をほぼ覆うように作られた強固な防壁と砦によって、グレッグの街の安全は確保されている。


「砦より負傷兵が届きました! 40名の追加です!」

「重傷者を優先してイリスのところに運んでください。その次はアリアドナの場所へ。それ以外は他の子の場所に」

「了解です!」


 現在、この街の緊急治療所の指揮官であるベアトリスが冷徹な表情で指示を出す。彼女は桃色の肩辺りまである髪の毛を指先で弄りながら、深紅の瞳で砦の方に視線をやる。彼女の瞳には魔法陣が浮かび、何等かの遠視の能力が発動されているようだ。


(戦場はこちらが不利ですか。帝国の召喚士共に動かれたら負けますね。これはその前に動かなければいけませんね。魔法の強度をもう少しあげましょう)


 ベアトリスは街の一番高い時計塔に移動し、血で真っ赤なフリルのついた可愛らしいドレスの胸元を開き、首にかけている小さな笛を取り出して小さな可愛らしい唇に喰わえて吹きながらくるくると踊りだす。


(さあ、準備運動は終わり、今こそ本格的な聖なる戦を始めましょう。自らの全てを差し出して英霊となり、我等の敵である侵略者共を駆逐し、汝と愚か者共の魂を捧げなさい。これは貴方達が行う聖戦であり、最後の戦いなのだから。死力を尽くしなさい)


 ベアトリスが発動した魔法により、戦場どころかその国における住民の意識がガラリと変化していく。若い子供や年老いた老人、女性も武器を持ち、国中から前線のグレッグ砦へと食料や武器をかき集めて向かってくる。

 戦場では戦っていた者達の瞳が狂気に染まり、運動能力が格段に上昇して敵兵を盾や鎧事一刀両断する。過剰な力を出した腕や足の筋肉は引きちぎれながらも、笑いながら敵兵を虐殺して致命傷を受けるまで戦闘行動を行う。そして、致命傷を受けたらグレッグの街まで戻り、治療を受ける。死ぬような身体だが、不思議と死ぬことはなく、治療を受ければすぐに戦線に戻っていく。

 簡単な傷なら自己再生を行い、全てをかけて敵を駆逐する姿は死兵というよりも、英雄派のような働きを行っていく。彼等にかけられたバフ名はエインヘリヤル。その名の通り、神の戦士として魂を消費しながら戦い続ける。


(魂の貯蓄も順調ですし、代償は私の一部で問題なし。更なる力の解放はいりませんね。グレッグの街が攻撃されるまではこの程度に収めておいた方がいいでしょう)


 ベアトリスはもう興味を失ったように笛と服を直し、階段を降りていく。その姿は少し若返っていた。だが、彼女にとってはそれは何時ものことなので、気にせずに現場に出て治療の指導をしていく。


「先生、小さくなっていませんか?」

「ええ、私は自分の身長などを代償にできますからね」

「それって常に若いままですか?」

「そうです。最悪、年を取る呪いのアイテムを使う必要がありますが、とくに問題ありませんよ」


 女性や一部の層にはとっても有利な副作用である。しかし、彼女にとって自らの時間を犠牲にするのは最低限にしたい。故に戦場にでて、死に行く彼等の力を集めて貯蓄する。それがまた別の人を救う力となる。巡り巡らせ、人々の願いを叶えていく。ただ、その願いは民の願いではなく、神の、為政者にとっての願いを実行する。彼女の魔法は精神操作であり、意思を一つに纏めるといったものだ。ただ、この魔法は強度によって耐性を持つものは逆らうことができる。国の意識を塗り替え、戦争のために統一したのは五段階中の三段階ぐらいだ。五段階目になるともはや、それは英雄や将軍クラスでないと逆らうことができなくなる。これこそが、レプリカではない、神器ギャラルホルンの力。最終戦争の始まりを告げる角笛である。効果が切れると蓄積されたダメージと生み出した力の分だけ、その代償を要求されて使われた者は死に耐える。まさに彼等にとって最終戦争なのである。

 その力から、ゲーム時代では真っ先にプレイヤーから倒される聖女である。戦争が拡大し、被害が甚大なのは大概ベアトリスのせいだと言われている。ラスボスを退けて嫌なボスランキングでトップだ。裏切らないけど、獅子身中の虫とか言われたりする。何より、このギャラルホルン。プレイヤーにも有効である。操作権が一部NPCに乗っ取られ、選択肢が全て全力で相手を駆逐するしか存在しないのだ。溜め込んだエリクサーとか、使ったら死ぬような技とかも平気で使われるため、プレイヤーにとって阿鼻叫喚である。いやらしいのが敵対したら、他の聖女も敵に回ることである。個人のところを襲っても、本人が天使ドミニオンを召喚できる上に絶対に集団戦闘に発展するので、軍団規模の敵と戦う覚悟が必要である。また運が悪ければ他の聖女も現れる。

 また、戦争では大概前線で出張ってきているため、プレイヤーが被害を受ける可能性が高い。それでも自分から積極的に戦うと被害が少なかったりもする。結論。大切なアイテムは倉庫に預けましょう。

 さて、ベアトリスの話に戻ろう。彼女はお気に入りであるイリスとアリアドナの下へと向かう。アリアドナはベアトリスの指導を受けて何度も吐きながら、死んだ死体を教材として内部構造を理解した。縫合の訓練も徹底的に教え込まれ、外傷であればほぼ治せるようになっていた。


「アリアドナは順調のようですね。縫合も問題ありません」

「ありがとう、ございます……」


 テントの中で青白い顔をしながら患者の腕を縫い付け、回復魔法を使って治療するアリアドナ。治療された腕は針で縫われた後があり、色が少し違うが神経などはちゃんと接続されている。


「では、見送ってあげましょう。ほら」

「いっ、いってらっしゃいませ。頑張ってください」

「任せてください!」


 兵士は元気一杯に立ち上がり、武器を取りにテントからでていく。それを引きつった笑顔で見送っていくアリアドナ。明らかに異常な光景である。


「はい、よくできました。次は目とかいってみます? それとも心臓とかでもいいですよ?」

「そ、それって……」

「蘇生の奇跡ですね。素晴らしい御業です」

「できるのですか!」

「ドミニオン様に降臨していただければ可能です」

「天使様に……」

「そのために頑張りましょう。大丈夫です。私がたっぷりと必要な技術を教えてさしあげます(あなたが壊れなければですが)」


 ベアトリスはギャラルホルンと契約しているため、精神操作が可能である。そのため、ある程度は精神力を回復させることも可能だが、壊れた生徒は聖女候補から外されてしまう。壊れてしまう程度の精神力では頂上の存在である天使を召喚し、あまつさえ身体に降ろすことが必要な聖女なんてやっていけないのだ。

 不合格になればベアトリスから治療を受け、一部の記憶を消された上で心が支配されて解き放たれる。聖女候補から外されたことに納得し、何が行われているのか思いだせず、疑問にも思えないようになる。


「頑張ります、お姉様」

「ええ、頑張ってください。私はレギンの方をみてきます」

「はい……レギンさんはみる必要があるんですか?」

「あまりありませんね」

「そうですよね……彼女との実力の差が嫌になります」


 アリアドナとイリスではその実力にかなり差がでている。治療した人数も、治療速度も、治療結果も全てだ。最初の時点で数倍だった差はすでに埋めようがないところにいってしまっている。


「彼女は特別です。聖女になるべくして生まれてきた……いえ、違いますね。あの方はもっと上の存在です(レギンと名乗っている彼女。彼女は天使をその身に宿している状態を常に維持しています。それは本来なら有り得ないことです。身体も心も持つはずがありません。それこそ完全に融合しているか、適合するように身体を作られているかです。しかし、そのような技術は聞いたことがありません。可能性があるとしたらアスタリア帝国ですが……)」

「上……?」

「なんでもありません。それよりも今は治療を頑張ってください(どちらにせよ、彼女に教えることではありません。それにこのまま聖女になるようにしっかりと教育すればいいだけです)」

「わかりました」

「それでは頑張ってください」


 ベアトリスはイリスがいる場所に移動する。そこではイリスが纏めて数人の重症患者を治療していた。


「壊死した細胞の切除、完了。神経の接続、完了。筋肉系の接続、完了。縫合開始。ジュルの生成開始。傷の再生、完了。神経系、筋肉系、精神系の接続問題なし。癌細胞を含むウイルスの排除及び再生を完了。治療を完了。全行程コンプリート……」


 無数に並べられた重傷者の中央に立ち、イリスの両手の指から伸びる無数の水でできた糸が、それぞれの身体に入って操作を行っていく。その光景は異常であり、奇跡といって間違いないレベルだ。それもそのはずで、ブレインコンピュータの力をレギンレイヴの力で完全制御し、フルスペックで運用しているのだ。それぞれの身体を瞳で立体映像として細胞一つ一つに至るまで全ての内部構造を読み込み、脳内で作成。治療に至るあらゆる手段を高速演算し、確率が低い奴から初めて実験しているのだ。失敗したら、治療し、また行う。その工程を繰り返すことでひたすら理解と技術の研磨を行っている。


(明らかに私達聖女のレベルまできていますね。私ではわからない部分まで彼女は人体の構造を理解している)

「あれ? 精神干渉を確認。これは肉体のリミッターを解除して強化しているのですか。精神支配で痛みを無くし、愛国心や愛情を増幅しているのか」

「ご主人様、どうしますか?」

「どうもこうも、解析終わったから解除しよう」

(は? 今、私の魔法を、神器の力をこの一瞬で解析したというのですか? ましてや解除しようなど……可能なのですか?)

「あ、先生。ご主人様に用事?」


 後ろから声をかけられ、振り返る。そこにはイリスが連れているメイドの姿を確認した。妹のニナだ。彼女は水を汲んだ桶とタオルなどを持っている。彼女達のメイド服には多数の血がついている。


(確か、レギンのメイドで名前はレナとニナでしたね。気配がありませんでした、護衛もかねているのですか。小さな子のようですが侮れません。それに天使様でないにしろ、彼女達にも違和感を感じます。まるで身体の中に別の何かが溶け込んでいるかのような……)

「ええ、様子見にきました」

「ご主人様!」

「ん。ニナ、お帰り。それといらっしゃい、先生。ちょうどよかった。この魔法って先生のですよね?」

「わかるのですか?」

「先生の魔力パターン……先生の気配がしましたから」

(魔力ごとにパターンがあるのですか? これは面白いですね。調べる価値はありそうです)

「先程、解除できると言っていたようですが、試してみてください」

(しまった。失言したか。実験に集中しすぎたかな)

「わかりました。やってみます」


 イリスは改めて警戒しながら魔法を解除する。失敗したらいいのに、イリスに宿っているレギンレイヴが神の子としてのプライドをもってそれを許さない。そのため、数十億の中から正しい7756の手順を間違いなくこなし、解除してしまうイリス。ブレインコンピュータの力は凄まじい物である。そんなことをしたため、ベアトリスはイリスに対して容赦のない精神魔法を使う。


(これはこれは、とても面白いですね。私もまだまだということですか)


 しかし、あっさりとレギンレイヴに弾かれる。聖女とはいえ人の子だ。ヴァルキリーであり、神の子でもあるレギンレイヴに叶うはずがない。これが奇跡を司るドミニオンを宿していたら、また話は別かもしれない。


(うわぁ、これってもしかしてこの人、やばい人だ)


 イリスはベアトリスが聖女だとは気付いていない。それもそのはずで、ゲームでベアトリスと戦う時、彼女は決まってもっと幼い姿だ。力を行使しまくり、幼くなった状態でしか前にでてこない。ましてや聖女ということを隠しているし、変装だってする。

 つまり、イリスの知っている聖女とイコールで繋がらなかったのだ。では、繋がってしまったイリスはどうするか考える。


(最悪の聖女様だったんだ。ベストはここで殺してしまうこと。彼女がいるだけで両軍の被害が甚大になる。でも、その時点で任務が失敗する。彼女を殺してギャラルホルンを回収する。それで任務完了だけど、その前に邪魔が入って絶対に逃げられる。襲えばなりふり構わないだろうし、周りの連中全てが敵になる。レナとニナがどこまで耐えられるかわからないし、私が勝てるかもわからない。それに……別に被害がどれだけでようがなんら問題もない。私が元帥になるための場もある。聖女になってから殺せばいい)

(これは悪意? いえ、殺意ですね。精神攻撃を仕掛けた私を殺そうとする……普通のことですね。相手は神の子。下等なる存在が天使様の御心を覗こうとしたのですから。どちらにせよ、対策と警戒は必要ですね。全力で挑むに値する相手です)


 互いに微笑みを浮かべながら、心の中でどう思っていようが、今は味方であり、教師と生徒の関係だ。故にベアトリスはイリスに指導していく。


「精神魔法について教えてください。治療に役立ちますから(精神魔法の先生としては最高の人選だしね)」

「いいでしょう(信頼を得れば精神障壁に綻びが生じます。それに教えるのを口実として精神攻撃を仕掛け、障壁を解析しましょう)」


 これは神の子と聖女による水面下での戦いとなる。どちらも狂人であり、化け物なのは変わりがない。イリスにとって、ベアトリスは生き残るために絶対に殺すべき相手なのだ。彼女がいるだけで、信頼していた味方が敵に寝返ることだってしばしばあるのだから。ちなみに彼女の能力がばれたら全ての国からもれなく暗殺者が一山いくらで差し向けらられることになる。ただ、救いは相手にかけると相手まで強化されることにある。敵味方の識別はできても効果は段階でしか選べず、使用する場合の段階はどれか一つだけである。







角笛の聖女ベアトリス。自分の肉体年齢を操り、肉体の回復や再生、精神魔法が得意。ギャラルホルンによる集団強化及び集団洗脳を行う。彼女が戦う時、被害の桁が変わる。戦術兵器ではなく、戦略兵器。それもえげつなさは国家崩壊レベル。

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