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地獄の治療訓練のはず?



 イリスがエルサ・ストレームと邂逅し、ダンジョンの許可を貰ってからはや数日が経った。イリスはレギンとして今日も儀式を行い、授業を受けている。

 そんなイリスが通う教会の最上階で、槍の聖女エルサ・ストレームは教皇陛下と謁見していた。この部屋は床以外の全面がステンドグラスで作られており、差し込んでくる太陽の光で幻想的な雰囲気を作りだしている。


「レギンといったか。あの者はどうじゃ」


 玉座を覆う虹のベールの向こうから発せられるのは、脳内に直接聞こえるかのように錯覚するような美声であった。


「はっ。監視は問題ありません。ダンジョンの部隊も目立った行動はなく、探索を行っているようです。レギンに関しては授業を真面目に受けており、成績も問題ないと思われます」

「そうか」


 エルサ・ストレームからは虹のベールに包まれて、教皇の存在は見えない。それでも、彼女の忠誠は揺るがない。彼女達にとって教皇は絶対の存在だからだ。それが例え、誰も姿をみたことがなくてもだ。


「彼女はスパイなのですか?」

「わからぬが、その身に神聖な力を宿しておるのは間違いない。故に我には見通せぬ。しかし、天然の聖女である可能性もある」

「今まで教皇陛下が見破れぬスパイはおりませんでした。今回も問題ないでしょう」

「であるな。何時ものように取り計らうがいい」

「はっ。彼女は問題ないと判断して、聖女候補から聖女にするためのスケジュールを組むように伝えておきます」

「うむ。くれぐれも聖都の守護を怠らぬように。アスタリア帝国に魔王が誕生する兆しがみえるゆえ」

「心得ております。他の聖女も呼び戻しておきますか?」

「うむ。盾の聖女と弓の聖女を呼び戻せ。守護は三人で十分であろう。それとダンジョンの監視は確実にしておけ。それこそ、弓の聖女が戻り次第、ダンジョンの監視をさせよ」


 聖女一人一人が小国の軍隊なら相手どれるような存在である。つまり、三人いるだけで大国なみの軍事力が存在する。そもそも上位のプレイヤーと戦うレイドボスを一人で押さえておける存在なのである。その力はカンストプレイヤーが六人で弱点をついてようやく倒せるぐらいである。


「あそこには危険な物が封印されているのですか?」

「うむ。もっとも、封印が解かれたとして、安全装置でまともに機能するはずがないがな」


 教皇の言う通り、普通ならクリシュナは弱体化しまくるはずであった。しかし、ギミックを解除し、膨大な数の問題を一発で一切間違えずに正解するという普通ならありえないことが起きている。それを可能にしたのがイリス達の、地球人の狂気といえる廃人のなせる業である。











 数日後、イリスの方に視点を戻そう。







 今日も元気に女装したイリスはレギンと名乗り、メイドのニナとレナを連れて授業を受けていた。場所は教会ではなく、空間転移装置と馬車を利用して移動した戦場である。そう、戦場だ。


「やってきましたアスタリア帝国とトゥルガ王国の最前線♪ グレッグの街♪」

「よく笑ってられるわね」

「笑うしかないからね」


 イリスの隣にいるのはアリアドナ。他にも聖女候補の少女達がおり、皆が一様に命の危機がある場所で震えている。その中で笑っているイリスが異常なのである。ちなみに最前線といっても、グレッグの街から20キロくらい離れた位置にあるグレッグ砦が本当の最前線だ。そして、イリス達がいる広場には無数の怪我人が野晒しで寝かされている。重傷者で助からない者は一角に放置され、回復魔法で助かりそうな者はテントに入れられている。


「はいはい、注目してください」


 手を叩く音が聞こえ、イリス達がそちらに向くと法衣を着た一人の女性がいる。彼女はこの場所でイリス達の治療魔法を強化する先生、ベアトリスだ。


「貴方達はここで傷ついた戦士達の治療をひたすらしてもらいます。また、魔力がなくなったら、休むついでに死体を分解して身体の構造を覚えてください。それが回復魔法にとって魔力の消費を削減する一番の要素です」


 イリスを除いた少女達が気持ち悪そうにするが、イリスは至って普通だ。


「さて、教材はここに溢れています。いいですか、聖女というのは信仰あっての者です。では、その信仰を得るにはなにがいいかといえば、命を助けることです。では、効率良く信仰を得るのなら患者の多い戦場です。というわけで、今すぐ治療を開始しなさい。使えない人は容赦なく斬り捨ててここに置いていきます」


 それはもう、死ぬ可能がとても大きいといえることだった。


「戦場で死にたくなければ治療して、兵士さん達を送りなさいってことですか?」

「その通りですが、一部は間違っています」

「?」


 イリスが不思議そうに小首を傾げる。それに対してベアトリスはとてもいい笑顔で笑いながら宣言した。


「簡単に言えばここが私達の戦場です。つまり、置いていくのはただの補習です。ですが、役立たずは私が処分します。ほら、さっさと初めてください」

「じゃあ、やりますか。ニナとレナはトリアージをお願い」

「はい。お任せください」

「頑張るよ」


 トリアージは多数の患者が出た時に、手当ての緊急度に従って優先順をつけることだ。つまり、より多くの人を助けるために必要なことだといえる。

 さて、動き出したイリス達は軽症者を放置し、テントの中に入っていく。そこでは手足がなかったり、身体の一部がない人達がいる。


「痛い痛いっ!」

「あぐぅっ、死にたくねえっ、死にたくねえっ!」

「くそっ、あの野郎っ!」


 中には当然のように獣に食べられた痕だったり、溶かされた痕だったりと、人間同士の戦いじゃありえない傷痕の者達もいる。そんな彼等を見ながらイリスはニコリと笑いながら告げる。


「ご安心ください。私が治してみせます。ですから、どうかご安心ください」

「なにを……」


 イリスは歌いだす。イリスの喉にはギャラルホルンが分解されて取り込まれているため、天使の歌声を披露して傷ついた者達を癒して眠らせていく。そもそもギャラルホルンをイリスが身体に取り込んだ方法はレギンレイヴと同じように融合召喚と同じような扱いだ。正確に言えばレギンレイヴがギャラルホルンを装備し、その状態のレギンレイヴと融合することでその装備がイリスの中で溶けて融合しているというなんともおかしい状況になっている。まさにゲームならではのバグ技である。


「さて、これでうるさくなくなりましたね」

「ご主人様、再生させるのはまずくありませんか?」

「そうですね。流石にまずいでしょう」

「正直言ってやりすぎだよね」


 そう、やりすぎである。普通は欠損部位の再生などできない。それはもう正真正銘、聖女の御業である。聖女を目指しているために問題ないかとも思われるが、逆にそのレベルの回復魔法を何故使えるのかという問題がおきてくる。そのような力があって、なぜノルニラ連合国は敗北したのだという問題も。深く探られては困るのだ。かといって実力を示さないといけないというジレンマが存在する。


「仕方ない。ちょっと先生に聞いてきます」

「畏まりました」


 イリスは外にでると、どうにか立ち直ったのか気持ち悪そうにしながらも一生懸命に治療していっているアリアドナ達の姿がみえる。


「おや、どうしましたか?」


 ベアトリスはこちらをみながら不思議そうにしている。


「質問があります」

「どうぞ」

「これは教義に反する外道な行いかもしれませんが……」

「なんですか?」

「手足の欠損部位を治すことはまだ私にはできません。ですが、別の手足を取り付けて神経を結合することはできます」

「なるほど。つまり、死体から無事な手足を回収してそれを取り付けるのですね。ですが、それでは適合できずにショック死する場合があります」

「完全に調整しきってみせます。問題は許可がでるかです」


 普通なら許可はでない。行うことは死者の冒頭である。だが、ここは戦場であり、普通ではいられない。それほど長い時間を戦っているのだ。


「素晴らしい! その方法に辿り着けるとは思ってもみませんでした」

「「うわぁ……」」

「よろしいのですか?」


 イリス達が引きながらも聴くと、ベアトリスはとても嬉しそうに、さぞ素晴らしいことでもあるかのようにいった。


「もちろんですとも。何故なら、それはとても尊いことだからです。友の、戦友の身体を受け継いで仲間や家族、国、教会のために戦う。なんと素晴らしいことでしょう! 確かに倫理に反する行為ですが、それら全ては神の名の下に許されます。そう、これは聖戦なのですから!」

「わかりました。やらせてもらいます。レナとニナ、悪いけど死体を運んできて」

「「はい」」


 表情を殺した二人は急いで死体をテントに運び込んでいく。後はイリスが水の魔法を使って血液を作り変え、細胞を再生させ、神経を結合させていく。すでに何度も人体実験を行い、魔法回路や肉体を強化していったイリスにとっては朝飯前である。ましてやイリスにはブレインコンピュータが存在している。その演算能力を使えば楽に調整でき、その人の者にするのも問題なかった。目覚めた人はとても感謝し、イリスにお礼をいってから別室で休んでから次の日には戦線に復帰していく。まるでそうすることが当然のように……








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