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治療院







 家が完成し、何時もの通りに朝から夜まで訓練と開拓を続けるイリス達。彼らの頑張りで水車によってアクアエレメンタルが常駐して美味しい栄養水に変えられた水が水路を通って作られた溜池に水が流し込まれていく。溜池から用水路を通って畑に水が送られる。これによって雨が降らないなどの原因で起こる旱魃かんばつの対策が取られた。

 街の内部も兵達によって汚物の投棄が監視されているので段々と綺麗になってきている。これには理由が2つある。一つは投棄する場を見つけた兵士にも罰金の一部が支払われる事。もう一つがイリスが関わっている事だ。兵達にとって魔法の力で自分達の肉体を無償で治してくれるイリスの存在は大変ありがたいのだ。今でも定期的に治療に訪れてくれるイリスの機嫌を損ねてもしもの時があれば命で償わなければいけない時があるかもしれないからだ。以上の理由から住人も罰金を取られるよりは少しでもお金が入ればいいという事に売りに行くようになった。

 衛生面の向上と生産性の向上を行ったイリスは次の手を打つ。その為に肝心の2人を呼びつけた。


「フィリーネ、アンナローゼ。魔力の消費具合はどうかな?」

「あまり回復魔法を使う事がなくなってきました」

「そうね。血管が破裂したりする事はなくなってきたし、斬り合いくらいかしら? でも、それもリジェネーションで消えちゃうのだけど」


 身体強化を限界以上に使うと身体が耐え切れずにどこかしらが裂けるのだが、この頃破壊と再生を繰り返されて身体は自然に強度を恐ろしい速度で増していて、今では多重起動もある程度平気になってきたのだ。斬り合いに関しては戦闘の訓練で真剣や実際の武器を使ってやっているので傷はどうしてもできる。それもリジェネーションで直ぐに再生されるのでなかなか魔力が消費できなくなってきたのだ。


「という訳で、訓練をする為に街に治療院を開きます」

「え?」

「なるほど。村人の治療をして経験を積むのね」

「そうそう。治療は基本的に無料にする」

「いいんですか? 普通はお金を取りますよね?」

「そうよね」


 この世界では魔法を使える人はそれなりに居るが、魔力を増やすには血筋以外に子供の頃からひたすら訓練するしかない。治療院を開くような魔力の多い人は貴族やそれに類する商人達であり、また客層も貴族や商人達になるのでお金を取るのが普通だ。


(ただ)より高いものはないんだよ」

「お兄様、どういう事ですか? 只の方が安いですよね?」

「私も知りませんね」

(っと、諺はこっちにはないのか)

「ただで何かをもらうと、代わりに物事を頼まれたりお礼に費用がかかったりして、かえって高くつくって意味だよ。今回の場合は只で治療する事で住民達は私達に感謝する。そうなると何かをお願いする時に気前よく手伝ってくれたりするようになる。それに住民を治療する事で彼らが元気になって働けばその分領地としての収入も増える」

「なるほど……」

「しかし、弓の訓練もありますよ?」

(まだ上手く狙えないんですよね)


 フィリーネとしては弓を優先したいようだ。それも理解できる。何故ならゴブリンがまた対岸にチラチラと出現しだしたのだ。これは襲撃を行う前兆といえる。


「午前中に訓練して午後から治療院で働けばいいよ。アイナにも手伝って貰って私を含めて4人で回すけど、光属性と水属性を持つ子供を募集するよ。給金も現物で支払う」

「募集してどうする気なの? 子供なんて使い物にならないわよ」

「アンナローゼが鍛えればいいじゃない。ロスはあるけど魔力を含んだ水を毎日私が用意するからそれを飲ませて回復させつつひたすら鍛える。最終的に領地の各街や村に治療院を設置して働いて貰う予定。これで人死が減るからね」

「それは厚遇しすぎな気がしますわね」

「でも、皆さんが元気になるならいい事です」

(お兄様、凄いです。沢山の人を救う為に身を削るなんて……奴隷の私達にもこんなに良くしてくれますし、お兄様は優しいです)


 フィリーネはイリスの事を勘違いしている。イリス的には生産力の向上とゴブリンを始末した後に貰える領地の為に必要な人材を集める為の一手に過ぎない。確かに今の生活は酷いので自分の生活環境を整えると同時に領民達の生活環境を向上させられたらいいとは思っているが、それらはイリスにとっては副産物に過ぎない。まあ、結果が全てともいうが。


「治療院の件、いいよね? 無理矢理やらせる気はないから嫌なら言ってね」

「お兄様、私は大丈夫です」

「そうね。フィーがいいなら構わないわ。でも、私が仕切らせて貰うわよ。どうせ私の方が長く居るんでしょうし」

「よろしくお願いします。送り迎えは私かグレンがするから安心していいよ。一応、武装して行くようにね」

「はい」

「ええ」

「それじゃあ行こうか」

「今からなの!?」

「うん、今から」

「あははは」


 イリスは準備してからフィリーネとアンナローゼを連れて自宅から街へと向かう。走っていくイリス達だが、足に身体強化を施して時速60キロを出している為に直ぐに到着する。身体強化を使える者は馬よりも基本的に走った方が速いのだ。ただ、は魔力を消費するので襲われた時の事を考えて使用を控える者が多い。



 街に到着したイリスは直ぐに裏路地へと入って更に奥へと進んでいく。低所得者や奴隷達が過ごすスラムのような場所だ。いや、兵士逃げられないように常に監視されている事から牢獄といえるかも知れない。そんな区画にある井戸がある共同用の広場に到着した。


「イリス様、ここは危険です」

「大丈夫だよ。私の方が強いし。それに彼らは襲わないよ」

(襲って来た所で返り討ちだけどね)


 イリスは準備していた木の板に無料診療所と書かれた物を地面に突き刺す。


「え? ちょっと待ちなさい! ここでやる気なの!?」

「うん」

「ベッドや道具は……」

「作る!」


 両手をネタも兼ねて打ち合わせて柏木を某錬金術師みたく打つ。発動させるのはもちろん錬金術などではなく水の魔法だ。作成された大量の水は地面をえぐり取って四方をジュルで強固に固まった扉と窓枠のある土の壁を作り出す。さらに天井には半透明なジュルの天井が作り出された。


「お次はベッド! そして区切っちゃう!」


 ウォーターマットを大量に作り出して並べていく。その後、仕切りをどんどん作って行き、ベッドと診察室、待合室を作ってしまう。最後には窓枠に透明なジュルで作成した開く窓もどきを取り付けた。これは上下式の奴だ。


「これぞ3分クッキングもとい、3分クリエイト!」

「デタラメね」

「お兄様の魔力量はどうなってるんでしょうか……」


 数十人分の魔法使いが使う魔力を一度に消費して作成された診療所に兵士や何事かと見ていた者達は唖然としていた。


「って、忘れ物」


 直ぐに拡張をして井戸も取り込んだ建物を増設するイリス。そして井戸の周りを完全に掘り出して小さな池を作り出した。直ぐに水の魔石を取り出して召喚するイリス。


「おいで、アクアエレメンタル。ここがこれから君の住処だよ。君の仕事は地下水を組み上げて栄養満点の美味しい水を作り出す事と、治療のお手伝いだよ」

「……(こくこく」

「あと、水くみ場も作らないと」


 イリスは池の周りを覆って高さを確保し、壁を突き抜ける用に水路を作成して外に水を垂れ流すようにした。地面に落ちた水は中に戻る水路に回収されてアクアエレメンタルに浄化されるように作成された。


「後は椅子かな。これはウォーターマットの応用でどうとでもなるね」


 椅子も机も作成されて診療所が今度こそ完成した。結局、3分では無理だった。悔しがりつつ、イリスはフィリーネとアンナローゼに聞いていく。


「どうかな? 他に何か居る物はある?」

「いえ、充分過ぎますよ」

「は、はい……」

「じゃあ……」

「あの、すいません。何をする気なんですか?」


 置いてけぼりにされていた兵士が気を取り戻してイリスに質問する。流石にこれはやり過ぎなのだ。


「怪我人を無償で治療するだけだよ」

「無償ですか!?」

「やっぱり、おかしいんですね」

「もちろんよ」

「練習台になって貰うんだから問題なし」

「いえ、税金とか……」

「お金を稼ぐ訳じゃないから大丈夫だよ。土地代も間借りするだけだし、文句が出たら私に言うように言って」


 イリスの言葉に兵士はようやく安堵する。責任を取らされるのは嫌なのだ。


「そういう事でしたら……」

「じゃあ、怪我人や病人を運んできて。動けない人や重病な人は呼んで」

「え?」

「ほら、早く行く!」

「はっ、はいっ!!」


 兵士に命令して家などに残っている怪我人や病人を集めさせる。


「さて、アンナローゼとフィリーネはここを基本的にお願い。私は重病人を治療するから」

「ええ、任せて」

「わかりました、お兄様」


 兵士に連れてこられる怪我人を迎え入れて椅子に座らせるイリス達。


「あ、あの、本当に無料で治療してもらえるのですか?」

「はい、その通りです」

「後でお金を請求されたりなんて……」

「ありませんからご安心ください。それよりも早く治療しましょう。痛みは早めに取り除いた方がいいです」

「ほら、安心して見せなさい」

「わ、わかりました……」


 フィリーネがメインで対応してアンナローゼがサポートに入る。最初の怪我人は片足に裂傷があって満足に歩けなくなっていた。フィリーネは傷口を綺麗な細い小さな手で触れて回復魔法を使っていく。


「っ!?」

「少し痛いですが我慢してください」

「フィー、もうちょっと強く魔力を込めなさい」

「でも、痛いですよ」

「長い痛みより一気にした方がいいわ」

「そうだね。それに怪我人は沢山居るから」

「わかりました」

「やっ、まっ――いでぇえええええええぇぇぇぇっ!?」


 飛び上がった患者は両足でしっかりと着地する。傷口は瘡蓋ができているが、内部は完全に治っていた。後は自然に瘡蓋が取れれば綺麗な肌が出てくる。


「た、立てた……自分の足で……」

「良かったですね」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

「いっ、いえ……」

「ほら、次が控えているんだから元気になったら出て行く」

「わ、わかりました!」


 出て行く患者の代わりに次の患者が入って来る。直ぐに治療していく。フィリーネが慣れだしたらアンナローゼも治療に加わり、イリスは重病患者の下へと向かっていく。







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