第86話 煌めく夜景の夜
黒瀬さんに丁寧な挨拶を受け、一旦、待合室へ案内される。
次に聞かれたのは、宿泊先を『夜景が綺麗』か『温泉』か、どちらにするかという選択だった。
正直、色々と流されている感はある。
鷹司さんに色々とバレてしまっていて、なにか仕組まれているのかもしれない……だが、それならそれで『別に良いか』という気持ちも芽生えてしまっている。
なにせ、今の俺の周りには超強いキャラが5人もいる。
そして彼女たちのエネルギー源となる魔石も、ひょっとして年単位でイケるんじゃね? と思う程手に入れたばかり。
節約なんて気にせず『黎明の誓装』を装備してても良いかと思うくらいの量だ。
ま、不要な威嚇をしてしまうのも気が引けるので『御霊の首飾り』を装備するけれども。
それに彼女たちを編成から外すのも申し訳ない気がしていたし、宿泊先を用意してもらえるなら、俺が連れまわすよりもずっと都合が良い。
むしろ『助かった』と思えるほど好印象すらある。
諸々吹っ切れてしまったので、俺は状況を楽しむことにした。
さて、『夜景が綺麗』か『温泉』。
これは大きな選択だ。
俺、セリフィア、ルミナ、カリーナ、カグヤ、ミレイユ。
総勢6人でのお泊り。
なんというか、アレだ。うん。
とても楽しみだけど、ちょっとの不安が混じってる気がしないでもない。
好意100%を向けてくれる美女、美少女たちとお泊り。
その内の一人とは、それはもう沢山の検証をしてしまっているので、考えてしまうことも色々とある。
だが、もうすでにポイントオブノーリターンは過ぎてしまった。
なるようになれという気持ちが、どんどん強くなってきている。
俺はもう、前に突き進むしかないのだ!
「マスターと、光の海を眺めてみたいです。」
「夜の景色なんて私の為にあるようなものじゃない。」
「ふふ、湯に浸かりながら語らうのも悪くないでしょう?」
「温泉でゆったり……ご主人様の疲れも癒せますね。」
一人悶々としていると、皆の意見が耳に届いた。
セリフィアは「夜景」。
ルミナも「夜景」。
カリーナは「温泉」。
カグヤも「温泉」。
みんな『らしい』選択だと思う。
セリフィアもルミナも夜の景色が似合うし、カリーナはキャラエピソードで温泉に入っていたくらい雰囲気に合っている。
カグヤは癒しと和の雰囲気を持っているから温泉の選択は、まさに『らしい』
だが、みんなあくまでも意見をいうだけで、俺が決定権を持っている空気。
だから俺は決めた。
「ミレイユはどっちがいい?」
「そうですね……普段見る事のない夜景に興味を惹かれますね。」
多数決ってね。
俺が多数決に入らなければ5人。
ミレイユが『夜景』なら、2対3で夜景の勝利だ。
「よし。今回は夜景の綺麗な宿泊先でお願いしよう。」
ということで、夜景が綺麗な宿泊先を黒瀬さんにお願いすることにした。
――手配が終わり、移動のリムジンにも驚いたけれど、到着した先にもビックリ。
普段利用することのない俺でも耳にしたことある、港の眺めを楽しめる有名ホテル。
しかもその高層階の何部屋もあるスイートだと。
小心者の俺は緊張してしまうが、美女や美少女を侍らせながら引きつれていると思えば、もういっそ目立っても構わんという気分にもなる。
――流石に水着ルミナはノーマル服のゴスロリ服ルミナに召喚しなおしたけどね。
ルミナは気にしないけど、俺はそこまで強心臓じゃあない。
黒瀬さんに部屋へ案内され、ルームサービスも自由に利用して良いと説明を受ける。
だが、流石に施しを受けっぱなしだと申し訳なさが出てきてしまい、魔石なりなんなりお礼をしたい気持ちが芽生えてしまう。
「セリフィア。お礼にポーション10本って……あげ過ぎかな?」
「そうですね……流石に渡し過ぎだと思います。ですが、マスターが渡したいのであれば、そうなさっても良いかと。」
「渡すと、ルームサービスを遠慮なく使える気持ちになりそうだから渡すわ。」
俺の言葉に黒瀬さんが戸惑っていたけど、すぐにポーションを召喚。
掌にすっぽり収まるサイズの小瓶――美味しくはないトマトジュースみたいな赤いポーション。
10本ともなると中々の量だが、一流ホテルなら手さげ袋くらいは用意してくれるだろう。
押し付けるように渡し、気が晴れたので黒瀬さんと別れ、気兼ねなくゴージャスなスイートルームを楽しむことにした。
部屋の中からは、すでに楽しげな声が響いている。
声の質だけで、皆が心から楽しんでいるのが分かり、俺も自然と楽しくなってくる。
「ご主人様きてー! すっごい綺麗な景色!」
「どれどれ?」
ルミナの呼び声につられ向かうと、他のみんなも集まってきた。
「おぉ……」
ベッドルームに入ると、大きなガラスの向こうに広がる夜景に息をのむ。
漆黒の海に散りばめられた無数の光。
港のクレーンやビル群が輪郭を描き、その間を縫うように車のライトが流れていく。
近くには光をまとった観覧車がゆっくりと回り、風景に溶け込んでいた。
「キレイだな……」
まるで宝石箱をひっくり返したような煌めきが、視界いっぱいに広がっている。
水面には街の光が反射し、揺らめく波が鏡のように夜景を映し返す。
窓際に立つと、光の海に包まれるような錯覚すら覚える。
ルミナが両手を広げ、笑顔を見せる。
「最高の夜ね!」
俺も釣られるように口角が上がった。
「夜景に酔うのも素敵だわ。」
どこからかグラスを持ってきていたカリーナが、妖艶に微笑みながら隣に立つ。
ルミナは踊るようにターンをしながら俺の腕を取った。
「うぉ!?」
そのままベッドに倒される。
「これまで、ながーく誰かさんに一人占めされてた気がするの。だから、色々お話ししましょうね。ご主人様。」
「そうねぇ……色々しましょうね。」
微笑むルミナとカリーナ。
視界にはミレイユとカグヤ、セリフィアの姿もある。
「あら、なんだか楽しそう。」
「わ、私! が、頑張ります!」
ミレイユが小さく笑いながらベッドに腰を下ろし、カグヤは気合を入れるように両手を握った。
「マスター……」
「セリフィア……」
「ポーションが役に立つか検証しましょう。」
「セリフィアっ!?」
肉食獣に囲まれた羊の気持ちが分かった気がした。
いっぱい、いっぱい検証した。




