第84話 限界の塔
「ちょ、ちょっと待て!? 動き早くない!?」
ぐわんぐわん動く視界に、思わず苦情が漏れる。
「始めたら止めない約束でしょう?」
「これでも優しく扱ってますよ?」
だが二人は聞く耳を持ってはくれない。
俺の体を器用に振り回し、床に散らばる魔石へ画面を押し当てては、ズズズッと吸い込ませていく。
まるで俺が巨大な掃除道具にでもなったかのよう。
「はい、次こっち!」
「よいしょ、もっと角度つけて!」
俺の画面に魔石を押し付けるより、魔石に俺の画面を押し付ける方が早いと分かった途端、これである。
俺がホウキ! そしてチリトリだ!
俺の意思など関係なく、体は左右にガクガク揺れ、前後不覚。足は勝手にバタつき、常にバックしているような動きに酔いそうになる。
美女と美少女に抱えられているというのに、全然嬉しくない。
だが、魔石が次々と収納されるたびに、塔にも変化が起きていた。
水晶だけでなく、部屋の明かりが消えかけ、光源が弱まっていく。だからこそ、一気に奪い尽くしたい。
だから我慢だ!
「おおおおおおお!」
だが声は漏れる。
早いねん。
動きが早いねん。
「マスター! 半分収納できました!」
「まだ半分!?」
いや、早いのだろう。
でも振り回されている身としては「まだ半分かよ!」としか思えない。
「が、がんばってぇー!」
やめろとも言えず応援してしまう。
「はいっ!」
「まかせて!」
――やめろぉ!
★ ☆ ★ ☆彡
「……なぁ、お嬢さんよ。アレはいったい何なんだろうな?」
俺の目には、二人の女が中村を抱えて振り回し、振り回す度にゴッソリと魔石が消えていく――そんな有り得ない光景が映っている。
偽物の中村や他の女たちは、収納し損ねた魔石を集め直し、収納しやすいように山を作っている。
「話を聞いた限りでは、中村様が収納している……ということなのでしょうね。
……あまりに奇抜な方法ですが。くふっ」
このお嬢さん、この光景を前にして笑えるんだから肝が据わってるわ。
「それにしても……まずくないか?」
「ふふ、まずいでしょうね。」
床に散らばっていた魔石が次々と消えていくたび、塔の空気が変わっていく。
最初はほんのわずかな違和感だった。
だが、数が減るごとに光が弱まり、部屋全体がじわじわと暗く沈んでいく。
「……おい、これ……」
気付いてしまい、思わず声が漏れる。
壁に走る細いひびが、まるで生き物のように広がっていく。
石材が軋み、粉がぱらぱらと落ちる。
天井も低く唸りを上げ、塔そのものが悲鳴を上げているように感じられた。
足元の感覚も不安定だ。
床がわずかに沈み、揺れ、まるで塔が呼吸を乱しているかのよう。
光源は消えかけ、弱々しく瞬いている。
「崩れるぞ……このままじゃ、本当に崩れる……」
冷たい汗が背を伝う。
魔石が消えるたびに、塔の命が削られていく――そう見えて仕方がない。
目の前に広がり続けるヒビ割れを気にした様子もなく、中村達の声が響いている。
俺にはそれが遠く、別世界の音のように聞こえた。
この塔は、もう限界が近い。
「ふふ。楽しくなってきましたね。」
「どこがっ!?」
いや、このお嬢さんも大概おかしいな。
★ ☆ ★ ☆彡
「おおおおおお……! まだぁぁあーー!」
ルミナとカリーナに物理的に振り回され続けるのは、もう飽きた! 飽きたよ!
「来ましたっ!」
「んぁっ!」
セリフィアの声に合わせて二人が急停止したせいで、変な声が漏れる。
若干、世界が大回転しながらも、なんとか様子を伺う。
「……あ~? ……なんかボロボロになってない?」
「魔石が減る度に傷んできてたわよ。」
俺を抱えていたカリーナが答えてくれた。
荘厳さを誇っていた部屋は、今やボロボロ。
壁にはひびが走り、砂がぱらぱらと落ちてくる。頭の中に「崩壊」という文字が過った。
――その時だった。
「イレギュラーが発生しました。
本ダンジョンは崩壊の危険域に到達しました。
緊急脱出ゲートを展開します。
ダンジョン利用者は速やかに脱出してください。」
ダンジョンに館内放送のようなアナウンスが響いた。
「これは!?」
「やった!」
俺は驚いたが、セリフィアは喜んでいた。
「おいおい、こんなアナウンス聞いたことねぇぞ!」
「本当に面白いですね! もうドキドキして興奮が止まりません!」
試験官たちも近づいてくる。
鷹司さん妙にテンションが高くなってないか?
部屋の中央、水晶の前に光が集まり始め、赤や青の残光が絡み合い、渦を巻き、やがて一つの円環を描き出す。
光の輪はどんどん大きくなり、床から浮かび上がるようにして形を整えていく。
その中心は黒く、これまでにも使用した通り道だ。
「出口……塔の言う緊急脱出ゲートってやつだな。」
俺は偽物の俺に目を向ける。
彼は一つ頷いた。
「……まぁ、なんだ。どうなるか分からんが水晶触ってみるわ。お前らはもう、さっさと脱出しろ。」
「……分かった。みんな脱出するぞ! 試験官の人から脱出して!」
人数が多い。
だが俺には、偽物の俺を見届けたい気持ちがある。
だから試験官を先に行かせよう。
「いやです。」
「は?」
鷹司さんが笑顔でNOを突き付けてきた。
「私も興味があります! 見たい!」
「……は?」
壁のひび割れはさらに広がり、崩れる音が響き始める。
偽物の俺は水晶へと歩みを進めていた。
俺も見届けてすぐ脱出したい。
だが鷹司さんまで残るとなれば、俺の脱出はさらに遅れる。
であるならば――。
「うーん! カリーナ! 鷹司さんを脱出させちゃって!」
「分かったわ!」
「そんなー!」
あっという間に行動したカリーナにより、鷹司さんが緊急脱出ゲートに放り込まれた。
石動のオッサンに視線を向ける。
「俺は自分で出る。」
そう一言告げ、彼は緊急脱出ゲートを通り脱出した。
残ったのは俺たちと、偽物の俺と偽物のセリフィア。
二人は静かに水晶の前へ歩み出る。
そこで一度、互いの瞳を見つめ合った。
言葉は交わさない。
けれど、その視線には確かに何かが宿っていた。
決意を伝え合い、覚悟を共有するように。
偽物の俺が小さく頷く。
偽物のセリフィアは静かに微笑みを返す。
その瞬間、二人の間から迷いは消えた。
そして――偽物の俺が、水晶へと手を伸ばす。
光が弾け、眩しさに視界が奪われる。
次に目を開けた時、そこにあったはずの偽物たちの姿は、跡形もなく消えていた。
「は?」
俺の脳は理解を拒み、ただ間抜けな声が漏れた。
「マスター。脱出しましょう。」
「……」
「みんな。マスターを脱出ゲートに。」
俺の体は静かに出口へと導かれていった。




