第82話 異形の魔石ゴーレム
クエストをタップした瞬間、空気が張り詰めた。
水晶の間に漂う荘厳な静けさが、次の瞬間には重苦しい振動へと変わる。
「……さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。」
床の石板がひび割れ、そこから艶を帯びた魔石の塊がせり上がる。
魔石の結晶が人型を作りはじめ、宝石のゴーレムが生まれはじめた。
赤、緑、青、茶、黒、黄色、そして稀に無色。
十五体が一気に出現するだけでも圧迫感は十分だ。
だが、その一体一体に別の色が混じり始め、雰囲気はさらに変化していく。
――重なる。
本来ならあり得ない、二重の召喚。
はっきりと二色のゴーレムへと変貌した瞬間、塔の空気が軋んだ。
水晶が淡く点滅し、天井の光が不規則に揺らめく。
まるで塔そのものが『異常』を訴えているように見える。
塔に一泡吹かせられたなら、それで少し満足できるのだが、ゴーレムの異常な変化を前にして、そこまで考えられない。
魔石ゴーレム同士が重なり合い、軋む音が響き渡る。
其々の色が2色、時に単色の結晶がぶつかり合い、ゴーレムはどんどん大きくなってゆく。
そして変化は色や大きさだけに留まらない。
頭が二つ、腕が四本、足も四本。
胴回りは二倍に膨れ、結晶の塊が異形の巨体を形作っていく。
それはもはや『魔石のゴーレム』ではない。
異形の結晶巨人だった。
その異変は塔全体へも広がる。
壁面に走る亀裂から淡い光が漏れ、床の模様が脈動するように揺れる。
まるで塔がこの融合を拒絶し、悲鳴を上げているかのよう。
やがて十五体の結晶巨人が完全に融合を終え、一斉に動きを止めた。
「……黎明の誓装つけてて良かった。」
「……じゃなかったら、おしっこチビってたな。」
恐怖に呑まれてはいない。
だが、前に戦った魔石のゴーレムよりも確実に強力になっているのを肌で感じる。
俺と偽物の俺が同時に試験官に目を向けると、鷹司さんも石動のオッサンも真剣な表情で見ている。恐怖に呑まれているような雰囲気はない。
「D1ってすごいよな。」
「だな。ほんと俺は、とっちゃダメだろ。」
「ほんそれな。」
偽物の言葉に、思わず笑みがこぼれる。
その笑いを合図にしたかのように、十五体の結晶巨人の顔が一斉に俺たちへと向いた。
「「よし。行くか」」
声が重なった瞬間、俺と偽物の俺は同時に踏み込んだ。
結晶巨人の正面へ、二つの影が並んで走る。
――まるで昔見たアニメの共闘シーンのよう。
互いの動きが寸分違わず重なり、呼吸まで一致している。
俺が剣を振りかぶれば、偽物の俺も同じ角度で刃を構える。
その姿は鏡写しのようでありながら、確かに「二人」で一つの攻撃を形作っていた。
「「はぁっ!」」
「「キャーハハハ☆!」」
声が重なり、二本の刃が同時に結晶巨人の胸へ突き立つ。
だが、余計な笑い声が混じり、どうにも締まらない。
「「しまらんなぁ……」」
パンプキンスライサーの甲高い笑い声のせいで、どうにも気が抜けてしまう。
それでも、結晶巨人を切り刻めることだけは分かった。
突き刺した短剣を抜き、切り裂く。
「「キャーハハハ☆!」」
「俺、左な。」
「俺、右な。」
同時に言葉を告げ、それぞれ展開する。
切られた結晶巨人は、ゆっくりと崩れ落ち、大量の魔石に姿を変えるのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
結晶巨人が崩れ落ち、大量の魔石へと変わる光景を、俺はただ黙って見ていた。
隣にいる鷹司のお嬢さんの様子を見れば、じっと真っ直ぐに中村とその偽物が繰り広げる戦いの様子を見つめている。
「……自分自身の目を疑う日が来るとは思ってもみませんでした。」
「だな。」
俺は諦めた気持ちで頭を掻く。
短剣が結晶巨人を切り裂く度に、甲高い笑い声が響き、場違いな滑稽さを添える。
だが、その刃は確実に巨人を切り刻んでいた。
魔石を切り刻むなど、常人には到底不可能な攻撃だから笑えない。
「D1免許……その枠に収まって良いのでしょうか?」
お嬢さんが小さく息を吐く。
「だよなぁ。俺たちが相手にしたら、一瞬で粉々だろうな。」
軽々と避けている巨人攻撃も、床を殴りつけている威力は相当なもの。
苦笑しながらも、背筋に冷たいものを感じずにはいられない。
だが、俺の動揺など知らないとばかり結晶巨人は次々と崩れ、大量の魔石へと変わっていく。
異常な戦力。
異質な戦闘力。
さらに非常識な魔石収集能力。
自分は1度の塔の攻略で精々が拳程度の大きさの魔石を一つ持ち帰るだけ。
あの一体を倒しただけで、どれほどの魔石が手に入るというのか。
比較するだけでも馬鹿らしい。
「まぁいいんじゃないか? 本人が免許を望んでいるんだから、お上に取っちゃ朗報だろう。しかも天哭の塔の攻略者とくれば、人格者のお墨付きだ。」
「そうですね。私どもも全力で守ります。」
「フッ」
ごく自然に『お上側』に立っているような言葉に失笑してしまう。
鷹司家は、つまり、そうなのだろう。
「興味深いお話ですね。マスターを守るとは?」
俺たちを挟むように両脇で控えていた、本物と偽物のメガネのお嬢さんの一人が会話に入ってくる。
言葉の雰囲気に『守られる必要などない』『分を知れ』という蔑みが入っているような気がしないでもない。
鷹司のお嬢さんが、静かに目を向け、口を開いた。
「世の中には目に映らぬ事柄もございますのでね。ありがたいことに、私はその幾つかを知る立場にございますので。微力ながら、そういう些事からお守りさせていただきます。」
「そうですか……お守りいただけるのはありがたいことです。ただ知らぬことがあるなら、いずれ知って見せましょう。」
このメガネのお嬢さんも異常な戦闘力があるだろうに、物怖じひとつしない鷹司のお嬢さんの態度に、むしろ俺の肝の方が冷える。
「まぁ、その話は置いといてだな。あっという間に片がつきそうだぞ。」
その声につられるように、二人は同時に戦いに視線を戻した。




