第81話 偽物と本物の共闘
「ふふっ、マスターたちには最終階で、最高レベルの封印クエストを発生させてもらいます。同時に。」
セリフィアの言葉と、ほぼ同時に石動のオッサンの言っていた通り、壁から「ゴゴゴ」と低い音を響かせながら石のステップが一段ずつせり出し、上階への道が出来上がってゆく。
塔への負荷のかけ方に納得した俺たちは、装備を変更する。
もちろん選ぶのは、質量保存の法則を無視したあの短剣――驚異の取得率40%アップの五月蠅いハロウィン装備『パンプキン・スライサー』だ。
魔石の封印クエストは、討伐すれば魔石を大量にドロップする魔物を召喚できる。
専用の鍵を10本使用する最大レベルはまだ試したことが無いが、それはダンジョンのエネルギーが足りなかったからだ。
だが、ここは1級ダンジョン。恐らく可能だろう。
セリフィアもそう見立てているはず。
魔石はダンジョンのエネルギーそのもの。
その魔石を大量に奪いとることで、塔に対して意趣返しをしてやろうという算段だ。
1レベルの時は5体。
2レベルの時は10体が同時に出てきた。
恐らく3レベルでは15体の魔石ゴーレムが出てくるだろう。
それを偽物の俺と同時にクエストを発動させ30体召喚してやろうというのだ。
できるのか、できないのかなんて知ったこっちゃない。
出来なかったとしても、15体分の大量の魔石を40%増しで奪い取ってやるのだから、少しは怒りも鎮まるというもの。
――まぁ、俺の能力をそのまま使えるような偽物を作り出せるくらい不思議パワーに溢れた塔なんだ。痒い程度の損害にしかならないかもしれない。
それでも俺たちの気が収まるし、なにより俺が塔から余計な能力を押し付けられずに帰れる可能性がある。
階段を昇りながらそんなことを考えていると、上階に辿り着く。
そこに広がっていたのは、これまでの荒々しい石造りとは一線を画す空間。
壁は磨かれた石で覆われ、天井には淡い光を反射する装飾が施されている。
そして中央に、バスケットボールほどの大きさの水晶が立派な台座に鎮座していた。
その水晶は内部で淡い光を揺らめかせ、まるで呼吸するかのように脈動している。
不思議な光景に、俺は思わず足を止め、視線を奪われた。
「これが……スキルを押し付けてくる水晶か。」
部屋自体も豪奢で、床には模様入りの石板が敷き詰められ、台座の周囲には金属の縁取りが輝いている。
戦いの痕跡も罠の気配もなく、ただ荘厳な空気が漂っていた。
何も知らなければ、水晶に触れてみたくもなるのだろう。
俺は深く息を吸い込み、偽物の俺へ視線を送る。
偽物の俺もこちらを見て、ひとつ頷いた。
まずは確認――これは本物の俺の仕事だ。
後に続いて上階に入ってきた試験官の2人に向き直る。
「あの~……先ほども少し申し上げましたが、私はこの塔からスキルを与えられたくありません。ですので、ここではイレギュラーな脱出を試みるつもりです。
通常とは大きく異なる行動になりますので、もしお二人が塔から脱出可能なのであれば、避難されることをお勧めします。」
可能であれば、一人は残って欲しいけどね。
でも、ぶっちゃけ状況が変わったら変わったで、残っている俺たちで考えてどうとでもできるだろ。
そんなことを思いつつ反応を見ていると、石動のオッサンは、またも困ったように頭を掻き、鷹司さんは柔らかく微笑んでいる。
「私は最後まで見届けます。石動様は先に戻られ、状況を報告される方が賢明かと存じます。」
鷹司さんの言葉に、さらに頭を掻いた。
「ええい! いや、俺も見届けよう! ここで先に帰ったら、なんか塔に嫌われる気がするからな!」
「あら……そうですか。では私たちのことはお気になさらず。」
「これはどうも。」
軽い会釈をされたので、俺もつい会釈を返してしまう。
試験官へ『勝手なことするから、どうなるか知らんぞー』『帰るなら今の内に帰って』の警告はできたし、言質も取った。
もう、何が起きても自己責任。
ということで気兼ねなく、好き放題しようじゃないか。
振り返れば、俺、偽物の俺、セリフィア、偽物のセリフィア、ルミナで円を作っていた。
最終打ち合わせだな。本物の俺が音頭を取るか。
「よし、じゃあ『塔に嫌がらせをしてスッキリしよう』ってことで、基本的に魔石を大量にゲットする為に戦うのは俺たちの仕事だ。セリフィアとルミナには試験官の保護を頼みたい。あの人たち戦う装備じゃないからな。」
「「はい。マスター。」」
「はーい。わかりましたぁ。」
鷹司さんは、サブウェポンくらいは持ってそうだけどな。
だが本格的な戦闘装備じゃないだろうし、それに封印クエストは『俺たちにとっては簡単』なだけで、D1免許保持者であっても脅威となる可能性は大いにある。
「どうだ? そっちの俺。心の準備は?」
「いつでもいいよ。」
偽物の俺を見ると、気軽な雰囲気を見せる。
……俺がこの先を想像しているように、偽物の俺も『この後』の想像をしているはずだ。
偽物の俺は、塔が作り出した存在。
これまでの攻略者は『攻略』か『死』の結果しかなかった。
つまり『偽物が本物と入れ替わって出てきた』ということは無い。
だから、偽物の俺は塔から出られない可能性が高い。
負荷をかけて緊急脱出ができたとしても、偽物の俺は塔から出られないだろう。
そして、俺はこのダンジョンから出る。
恐らく、偽物の俺は、その存在を消すことになる。
これが最後。
偽物の俺も、俺だ。
だから、一見そんな風には見えない。
だが、この状況で腹を括っているはず。
「目いっぱい痛い目見せてやろうぜ!」
「おう。そら思い切りよ!」
拳を突きだすと、偽物の俺も拳を合わせてきた。
もう後は、やるだけだ。
「「いくぞ」」
まったく同じタイミングでスマホを取り出し、起動。
目の前に広がったゲーム画面から魔石の封印クエストを選んでゆく。
最大レベルがアクティベートされている。
俺たちは一度だけ視線を交わし、互いに頷く。
そして、同時に指先を画面へ――クエストをタップした。




