第79話 過大評価される俺
鷹司さんの考察力がヤバイ!
どうしよう!
「推測の冴えは見事ですね。ただ、鋭さは時にご自身をも傷つけかねません……どうか、その才を大切に。」
つい、セリフィアに助けを求めたくなった俺だが、声を上げるより早く、セリフィアは俺と鷹司さんの間にすっと割り込んでくれていた。
さすセリ!
正直、突然すぎて、どう対応していいか分からんかった!
「セリフィア・アークライトさん。貴女のような方が中村さんを支える立場にあるのは心強いですね。ご安心ください、私は敵ではありません。」
鷹司さんが友好的な笑みを浮かべる。
「より明確に申し上げるなら、エクスポーションの購入者は私たちです。貴女が探していた窓口は、私。そうお考えいただければ。」
「なるほど……そういうことですか。それで、貴女方のご意向は?」
「協力関係を築ければ最も望ましいと考えています。ただ、それが高望みであることも理解しています……結局のところ、私たちは中村様の選択に従い、その恩恵を受けるしかない。それを承知の上で、私はここにおります。」
セリフィアは静かに微笑みを返した。
鷹司さんが微笑みを深くする。
「ただ、様々なことでお役に立てることは確かです。
例えば『エデンフロンティア・ヴァルキリーズ』を運営しているA-KAGEN株式会社。こちらを私どもの傘下に入れる手配なども可能です。」
俺が金策に走っている目的が出てきた為、つい鷹司さんに視線を向けてしまう。
『エデンフロンティア・ヴァルキリーズ』は、俺のこの召喚能力の基礎のように感じているゲームだ。
もう、俺の能力とゲームは別の物だと思ってはいるが、念のためゲームそのものをコントロール下に置きたい。そう思って金策に走っていたのだ。
だから、今の鷹司さんの言葉は、俺が無視できる言葉ではない。
鷹司さんは、俺をまっすぐに見つめていた。
「もちろん誤解のないよう申し添えますが、目的はあくまでも保護です。人質のような扱いをしようなどとは微塵も考えておりません。
もし必要であれば、中村様に役員として入っていただいても構いませんし、取得した株式を中村様に譲渡することも可能です。」
役員に、株式の譲渡。
役員であれば会社の運営に携われるし、株式を持っていれば会社の決定権を得ることになる。このどちらも、ゲームをコントロール下に置くというのには十分に思える。
鷹司さんの言葉は、俺にはただの取引条件というよりも誠意を示すためのものに聞こえた。
セリフィアが思案するように一瞬の間を置き、静かに口を開く。
「その申し出は興味深いですね。保護の意図が真実であるならばですが。」
鷹司さんは肩を揺らし「くふっ」と笑みを漏らす。
「……失礼しました。冗談がお上手ですね。
もし真実でなかった場合、私たちに中村様の力が向くだけでしょう? そんな無謀を承知で提案するはずがありませんよ。」
「……ちょっと待って、俺、どんな危険人物だと思われてるの?」
俺は、人に危害を加えるつもりはありませんよ?
日常生活の中で、無暗やたらに力を振るうような環境でもないし、その必要もないんだもの。そりゃ正当防衛とかは別だけど。
「もちろん、中村様を危険人物だとは思っていません。むしろ、危険を退ける力を持つ方だと理解しています。」
俺の言葉に少しも慌てることなく返答する鷹司さん。
その落ち着きっぷりが、逆に俺を居心地悪くさせる気がした。
「鷹司さんは、正しくマスターの力を理解しているということですね。」
「ええ。中村様のお力があれば、選択次第で世界を変えられる……だからこそ、私たちは味方でありたいのです。」
セリフィアと鷹司さんが満足そうに頷いている。
俺、過大評価されていやしないかい?
というか、この二人だけで『はいはいわかるわかるー』な感じで進んでいっていやしないかい?
そりゃ確かに、ヤバい力が使えるってことは、ちょっと分かってきた感じはするけど……でも『世界を変える』とか言われると、さすがに荷が重すぎる。
「小難しい話ばっかしてないでさぁ、ご主人様をちゃんと見なさいよ。優しい人なのに……こんなに戸惑っちゃって可哀想に。それになにより今はダンジョン攻略の真っ最中でしょ? 続きは攻略が終わってからゆっくり話したら?」
俺の腕に絡みついたまま、ルミナが半ば呆れた調子で言葉を投げた。
彼女の軽やかな声が、場の緊張を一気にほぐす。
「おう、そうだぞ!……なんか割り込みにくそうな感じだったが、一応、今はD1免許の試験中だろう? 鷹司のお嬢さんも、ちょっと落ち着きなよ。」
「……申し訳ございません。仰る通りですね。
あまりに常識を超えた光景でしたので、思わず気が逸ってしまいました。」
石動のおっさんがルミナに続くように会話に入ってくると、鷹司さんが頭を下げ、試験官の立ち位置に戻るように一歩後ろに下がった。
それを見たセリフィアも軽く頭を下げ、同じように一歩引いてから、何かを思案するように視線を落とす。
鷹司さんの勢いと言葉で脱線してしまったが、そう。
まず俺たちには『塔をキャーンと言わせる』という目的があるのだ。
特に偽物の俺にとっては、その気持ちがかなり強いはず。
さっさと、攻略して塔を――
……
…………というか、偽物の俺を勢いで連れ出しちゃったけど、これって大丈夫なのだろうか?
このまま塔を攻略したら、どうなるんだ?
結局、偽物の俺は塔の力で顕現しているんだろうし、攻略しても塔からは出られないんじゃないだろうか?
一抹の不安がよぎる。
固まった俺を見た石動のおっさんが頭を掻きながら、ぼやくように呟いた。
「まぁ、なんだ。とりあえず塔のメインの部分は終わってるって感じだが……しかし、偽物が一緒か……本当に、一体どうなるんだろうなぁ……」
石動のオッサンの視線が偽物の俺に向いたので、俺もつられて偽物のセリフィアに慰められていた偽物の俺へ目をやる。
すると偽物の俺は腕を組み、渋い顔をしながら偽物のセリフィアと向き合っていた。
その渋い表情は、俺と同じことを考えているのではないだろうか? そうすると自棄を起こすなんてことも……
……まぁ、俺だもんな。
俺なら自棄になったところで、他人を巻き込もうとは思うまい。
むしろ――
偽物の俺が両手で挟むように、自分の頬を叩いた。
「よし! なるようになれだな! それでダメならしゃーない! ちゅーわけで本物の俺! とりあえず嫌がらせだけしようと思うから付き合え!」
「おう! 分かった!」
長い社会生活の末に身についてしまった、自分の諦めの良さに感謝する日が来るとは思っていなかった。




