第78話 境界を越えて
出口と思われる漆黒の膜を通り抜けると、休憩所のような場所にいる石動のおっさんと、鷹司さんの姿が見えた。
何かを言っているようだが、今はそれどころじゃない。
右手を出口の膜に突っ込みながら様子を伺っていると、何かが通り抜けてくる気配。
すぐにセリフィアの顔が現れ、その表情は『大丈夫でした』と言わんばかり。
続いてルミナ――ルミナは、どうにも複雑そうな表情。
そういえば、偽物の俺を攻撃するのをめちゃくちゃ嫌がってたし、褒めると約束していたのに、まだきちんと褒めていなかった。
凄く頑張ってくれたんだから、ちゃんと褒めよう。もっと褒めよう。うん。
そのまま少し待つ。
セリフィアの雰囲気からして、偽物の俺は、ちゃんと復活しているのだろうけど……少し心配になっていると、やがて出口を通ってくる気配。
ボロボロで疲れきった様子の偽物の俺が現れた。
「あ。」
そうだった。
装備してる『御霊の首飾り』はHP50%で復活だったんだ。
イカン。
出口に手を突っ込んでいる理由もなくなったので、急ぎスマホを操作しゲーム画面を召喚、エクスポーションを取り出して開栓し、偽物の俺に差し出す。
……が、めっちゃ嫌な顔された。
――まぁ、そらそうよね。
俺だって効果あると理解できていても、エクスポーションを飲まなくていいなら飲みたくないもん。
でも偽物の俺も俺。
こういう時、俺なら――
偽物の俺は、俺からエクスポーションを受け取り、しぶしぶといった雰囲気で飲み始めた。
飲み終わると全身が軽く発光し、見た目からして健康といわんばかりのツヤツヤした状態に変化する。
髪の毛の状態まで綺麗になるのな。エクスポーションって。
『味どうだった?』と口が動きそうになった。
その時――
「ぁあああああああーーーーー!! クソがぁあーーーーーーーっ!」
偽物の俺が瓶を地面に叩きつけ、絶叫した。
俺。ビックリ。
俺ってキレることあるんだな。
……俺に、じゃないよね?
心当たりはあるけど、多分、塔に対して、だよね?
ね?
「…………ゴメン。」
「いや、急に冷静なるなや。」
激高したかと思えば、しゅんと落ち込んで謝る偽物の俺に、ついツッコミを入れてしまう。
自分のことだけに感情の変化の想像はしやすい。
溜まりに溜まった鬱憤が限界を超えて爆発しちゃった。だけど、すぐに冷静な自分が戻ってきた。そんな感じだろうなぁ……
でも、俺がキレるって、相当なストレスだったんだろう……そら、一度死んだんだもんな。そうもなるか。
「本当にお疲れ様。ありがとう。」
「……うん。でも俺なら分かるだろ? お前じゃない。」
「せやな。もうどうぞどうぞ。好きにしてもろて。」
偽物の俺に促すと、早速スマホを取り出し操作。
ゲーム画面が立ち上がると、そのまま編成画面へ操作を進め、案の定偽物のセリフィアを召喚した。
その光景を見ながら『こんな感じに見えるんだ~』と変な感想を持ってしまう。
「よく頑張りましたね。本当にお疲れ様でした。マスター。」
「……うん」
召喚された偽物のセリフィアが偽物の俺を抱きしめに行き、偽物の俺はしおらしく抱き着いている。
なんということも無い光景かもしれない。
だが、だがしかしだ。
俺は、無性にクソ恥ずかしい。
もう見てられない。
……というか、ここには他人の目があったはず。
この光景を見られるのは、なんだか、あまりに恥ずかしすぎる。
振り向くと、めっちゃ近い鷹司さんの姿。
ただでさえ近いのに、鷹司さんは、さらにぐっと身を乗り出してきた。
「貴方が本当の中村さんですよね? 偽物が生きているのは何故ですか? どうやったんです?」
「あ~……えっと、鷹司さん? ちょっと待ってもらえません? あと近いです。」
美女に慣れたとはいえ、ゲームキャラじゃない正統派美女がパーソナルスペースを構わずに迫ってくるのは、かなり迫力があるわ。
「ちょっと……アナタなんなの?」
ルミナが俺の腕に纏わりつきながら鷹司さんを牽制する。
超ステータス持ちのルミナに牽制なんてされたら……大丈夫なワケない! 鷹司さん大丈夫か!?
目を向けるが、彼女は、まったく気にした風に見えない。
「ルミナ・ノワールさん……すごい。本当にゲームキャラが、そのまま出てきたよう。」
「……ん?」
「『エデンフロンティア・ヴァルキリーズ』のキャラクターですよね。先ほどのエクスポーションもアイテムの一つ。」
「…………んん?」
「動画を拝見しましたが、やはり中村さんはゲームをベースに召喚ができるんですね……それにしても、まさか偽物の自分自身を連れてくるとは……代わりの敵を召喚して倒すとか、偽物を収納。いえ……それだと偽物の中村さんの疲弊具合に説明がつかない。」
「………………んんん??」
思いがけない言葉の連続に、俺の頭が混乱してしまう。
鷹司さんは俺とルミナ、セリフィアに視線を走らせ、その後、偽物の俺とセリフィアをじっと見つめた。
「最初に居なかったルミナさんが居て、そして偽物は回復が必要だった……」
鷹司さんが俺をまっすぐ見て、口を開く。
「――偽物を一度殺した?」
余りに真っ直ぐに『人を殺した』と言われ、背筋に怖気が走る。
「であるなら……本当にすごい。死すら、なかったことにできるんだ……」
静かな雰囲気。
だけど、鷹司さんの目だけが爛々と輝いている。
ヤバイ。
なんかこの人、ヤバイ。
なにも言っていないのに、勝手に正解に辿りついていく。
なにがヤバイって、セリフィアがもう一人いるみたいに思えるのが一番ヤバイ。




