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現代ダンジョン・オーバーキル!  作者: フェフオウフコポォ


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第75話 待合室にて

塔に足を踏み入れると、いつもの場所に出た。


石造りの壁に囲まれた広間の真ん中に、支柱のように立つ柱。

その柱には半円形の水盤が据えられ、突き出た吐水口から、澄んだ水がちょろちょろと流れ落ち、石の器に溜まっては静かな音を立てている。


まるでイタリアの街角にありそうな、小洒落た水飲み場だ。

後ろを振り返ると、膜の出入り口から澄ました顔のお嬢さん――鷹司志乃が現れる。


「いやぁ、鷹司のお嬢さんも、ほんとに攻略してたんだなぁ。」

「ええ。皆さまのお力添えがあってこそでございますが。」


本当に攻略していたことが確認でき、感心から漏れた本音に、さらりと澄んだ表情で返してくる。

捉え方によっては嫌みにも取られかねない言葉になってしまったが、なんというか、本当に良家のお嬢さんらしい気品を感じる。


が、それと同時に心底変わり者だとも改めて思う。

とはいえ、この塔を攻略できているということは、悪い人間ではないことは確かだ。


「まぁ、今日はサポート役みてぇなもんだし、ゆっくり待ちましょうか。」


俺は水盤に近づき、手を洗い、吐水口の水を手で受け止めて口を潤す。

鉄臭さもなく澄んだ味。塔の中で飲む水なのに、これがまた妙にうまい。

一人で塔に入る時は、コーヒーセットを持って入るくらいには気に入っている。コーヒーを淹れるのに、これ以上ぴったりの水は無い


ついでに顔も洗い、手持ちの手ぬぐいで拭う。


さっぱりして後ろを振り返ると、鷹司のお嬢さんは水飲み場を中心に、まるで『座って休め』と言わんばかりに配置されている石の椅子に静かに腰かけていた。


「さぁて、中村さんは、どれくらいで出てくるかねぇ。」

「……そうですね。塔の性質を考えれば30分くらいかとは思いますが、彼であるならば、もう少し早いかもしれません。」


暇つぶしに近くに座って話を向けてみれば、気安く言葉が返ってくる。

ダンジョンの外では、おいそれと話しかけられるような立場の人ではないと聞くが、思った以上に壁を感じない。


「お嬢さんはずいぶん中村さんを買ってるんだなぁ。」

「ダンジョン探索動画の配信などを見ると、常人とは一線を画している方だとは感じていますので。石動様は彼のことはご存知ありませんか?」


「あっはっは! ダンジョンで様付けなんて、よしてくださいよ。俺ぁ、様なんて付けられる程のもんじゃないですから。まぁ、話を戻しますと……動画とかはあんまり見てねぇもんで、あんま知らねぇですわ。ただ、規格外の成果を出す人だって話は聞きましたわ。」

「そうですか。」

「ちなみに……お嬢さんが、ここのダンジョンを推薦したのかい?」


このダンジョンは、挑んだ者が生きるか死ぬかの究極の選択を迫られる。

普通のD1免許の試験で使われるなんてことは無い。


この塔は、基本的に『潜在的に危うい人間』や『力を持つに相応しくない人間』を排除する目的に使われることの方が多い。それが天哭の塔だ。


「いいえ。私ではありません。ただ分かり易い指標となることは確かですので参加いたしました。」


俺の問いを受けても、眉1つ動かさない。

柔和さだけを湛えた表情は、少し気味悪くもある。

今の答えが嘘か本当かもわからない。


「まぁ、いいか。誰の仕業でも中村さんは腹にイチモツ持ってるタイプじゃねぇし、自分と向き合って折り合いつけるだろ。」


この塔は、初回攻略の時に自分が敵として立ちはだかる。

俺の時は偽物と向き合って話し合った。

その結果、偽物の俺が自分を犠牲にして進ませてくれた。


俺は自分が思っている以上に自己犠牲の精神があるようで、そこを塔に気に入られたのか、塔から魔石を餌みたいに与えられるようになり、気が付けば、ここに常駐するのが仕事になった――


ふと思う。


「お嬢さんは、よく挑む気になったなぁ。そんで攻略できたなぁ。」


芯が強そうにも見えるし、目的がある時に曲げることはしなさそうだ。

目的が「進ませない」だったら容赦し無さそうに思える。


「この塔の攻略は魅力がありましたので。」

「まぁ、それは分かる。俺も『好感共鳴』って能力を塔に貰ったしなぁ……。」


この天哭の塔は大きな特徴の一つに、生死を賭けた過酷な試練を課す代わりに、攻略者に能力を与えてくれるのだ。


俺が攻略した時にもらった能力が『好感共鳴』


俺が『好ましい』と感じた人は、俺を『好ましい』と感じる。そんな能力だ。

悪用すれば、えらいことになりそうな能力だが、俺にはそんなことをするつもりもないし、そもそも、そんなことをする人間に塔が与えることはない能力だろう。


「もしや私の能力を聞きたいという催促でしょうか?」

「そだねー、能力を持ってる人間自体が少ないし、しかもお嬢さんは俺が案内してねぇ人ときた。そりゃあ気にならないワケもないでしょうよ……まぁ隠してるなら聞かないけど。」


純粋に興味がある。


かなり昔から天哭の塔に案内役を任されているような気にもなっているから、知らない内に攻略していたお嬢さんが、どんな能力を得ているのか知っておきたい。


このお嬢さんが、どんな能力を得たかで、このお嬢さんの持っている性質のような物が分かる気もするしな。


「特に隠しているわけではありません……が、教えて頂いて、こちらが黙っているというのも不義理に思えますね。無暗に漏らさないでいただけるのであれば、お伝えしても構いません。」

「そりゃ言わねぇよ。そもそも天哭の塔で能力がもらえるなんて極一部しか知らねぇだろ? それくらいには俺の口はかてぇよ。」


若いのに根性のありそうなお嬢さん。

塔に挑んで攻略しちまうようなガッツのあるお嬢さんは好ましい。


「…………『好感共鳴』おもしろいですね。まぁ構いません。

私の得た能力は『仮識かしきの眼』です。」

「『仮識かしきの眼』?」


「えぇ。仮初かりそめに知る。分かり易く言うなれば簡易的な鑑定のような能力でしょうか。」

「そりゃあ……また面白い能力だな。ん? ……ってことは、もしかして俺の能力とか言わなくても分かってたのか?」

「名前などは分かりませんでしたが、どのような力かは、ある程度理解しておりました。」


向けられた柔らかい微笑みに少し背筋が冷える。

自分の秘密を知られているというのは、あまり気持ち良い感じがしないものだ。


だが――面白い。

気が付けば、笑ってしまっていた。


「くっくっく……お互い、難儀な能力与えられたもんだなぁ。」

「それは……そうですね。ただ非常に役に立っていますので、もう無い生活は考えられませんが。」

「それもちげぇねぇ。あっはっは!」


ふと気づく


「ん? その能力があるってことは、中村さんのことも見たのかい?」

「それは……」


少し考えを巡らせるような仕草――


その時、お嬢さんが目を後方に向けた。

俺も同時に同じ方向に視線を移す。


空気が変わった。

これは出口が現れる気配だ。

感じた気配の通り、出口となる結界膜が形を取り始めている。


「……おいおい、ちょっと早すぎやしないか?  まだ、入ってそんなに経ってないだろう?」

「自分の命を惜しむタイプの人だと思っていたので……意外です。」


黒の結界膜が現れ始める。


「その言い方だと、お嬢さんは命を惜しまないように聞こえちまうぞ?」

「この塔の攻略者ですよ?」

「それもそうか。」


このお嬢さんも塔の攻略者。つまり目的の為に自分が犠牲になれることを証明済みの人間だ。


やがて漆黒の結界膜が完全に形成され、出口が完成する。

そこから中村が姿を現した。


「おう、お疲れさん。はやかっ――」


掛けていた声が止まる。

出てきて会釈をしている中村の後ろから、さらに人影が続いて出てきたのだ。


「なっ!?」


同行していた女性。


「えっ!?」


それだけではない――

塔に入る時にはいなかった女性の姿まで!

しかも水着!? いったい誰なんだ!?


えっ!? そして、また中村!?  しかもなんかボロボロで顔色が悪い!? なんだこれは?


有り得ない事態に頭が混乱し、横のお嬢さんに目を向ける。


「くふっ!」


お嬢さんが笑いを堪えきれず、噴き出していた。

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この人達の会話からすると、予め能力付与とか試練の内容とか挑む前から知ってたっぽいですね。 知ってても問題ないならダンジョンを選ばせる時にダンジョンの詳細も教えとけや!喧嘩売ってんのか!って思います。 …
なっ!? このダンジョンは特殊能力を付与してくれるのか! しかもエゴの強い人間は弾いてくれると。 もしここが独裁国家だったら戦闘のできるできないに関わらず、一定以上の役職の公務員全員に入らせているく…
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