第74話 俺がお前でお前が俺で
対面に立っていたのは、『俺』と『セリフィア』。
鏡のように同じ姿、同じ表情。だが鏡ではない。
彼らは確かに存在していて、こちらを見ていた。
「「おう。」」
「「うわぁ、これが俺か。」」
右手を上げてみると、対面の偽物の俺も手を上げて応えた。
「「そっちのセリフィアも、初めまして?」」
「「どうも。そちらのマスター。」」
お互いのセリフィアに挨拶し、セリフィアも仕草も声色も寸分違わない。
「「うんダメだ。セリフィア、スキャンしてみて。」」
「「はい、マスター。魔力干渉解析」」
俺のセリフィアが、あっちの俺を。
あっちのセリフィアが、俺をスキャンする。
鏡合わせのようにスキャンの光が同時に収まってゆく。
「「スキャン完了しました。完全にマスターです。」」
「「ふっは!」」
思わずお互いに笑ってしまう。
むしろ、相手が俺であるならば、それはある意味安心だ。
絶対に争いにならないし、殺し合うことも無い。
むしろ都合が良いまである。
「「え~っと、初めまして? 俺?」」
アカン。これはどうやっても話にならん感じになる。
どっちが話し始めるかの挙手も、譲るポーズとタイミングも完全一致してしまう。
じゃんけんとかも永遠に勝負つかんくなるヤツや。
これは向こうにいる偽物の俺も俺だわ。結構ヤバい。
しばし考えてみる。
だが……まぁ、偽物は偽物のはずだ。
塔が用意したってことは、塔の意思が介在しているはず。
「「うん。ここはひとつ、お互いの目的を言おうじゃないか。」」
セリフが被るが、もう気にしない。
「「今日の俺の目的は、このダンジョンを」」
「進ませないこと」
「攻略すること」
あれ? 俺……今なんて言った?
進ませない? って言った?
対面の俺が、プギャーよろしく俺を指さしながら言葉を続ける。
「はいダウトー! そっちの俺さぁ、今の言葉おかしいと思わなかった? 今日このダンジョンに来た目的はそもそも、なによ?」
「あ~……ちょっと待ってくれ、タイムだ。俺。タイムタイムっ! え~……結構ショックでかいぞ。俺が偽物の方なのかよ……うわぁ……マジかよ。きっつ。」
自分が偽物って分かっても、あっちの俺を先に進ませたくねぇよ。なんだこれ。
「マスター……」
いつの間にか座り込んでた俺を、セリフィアが優しく慰めるように肩に触れた。
このセリフィアも偽物ってことか。
天哭の塔。エグすぎんか?
かなり性格悪いぞ。
「……なんかゴメン。」
あっちの俺が俺の凹みっぷりに心配そうに声をかけてきた。
まぁ、俺ならそうするわな。
凹んでいても仕方がないので、少し頭を切り替える。
「とりあえず、こっちの俺たちが偽物ってのは分かった。
ただ困ったことに、どうしてもお前たちを先に進ませたくないって気持ちがあるんだわ。どうしよう。相談に乗ってくれ。」
俺の言葉に、あっちの俺が近づいてくる。
あっちの俺が、本物の俺なのな。
偽物の俺でも、本物の俺でも、俺はいきなり他人を攻撃するような人間じゃないって事は知ってる。
「……ちなみに、偽物ってどんな気分?」
おい、あっちの俺。超デリカシーねぇな。
俺も気を付けよう。
「最悪な気分だよ。つーか、お前デリカシー無さ過ぎて速攻キレられかねん言葉を軽く放つな。俺じゃなかったらブチギレて、殺し合い始まっても不思議じゃないぞ。」
「あ、ごめん。」
「悪気が全然ないだろうこと知ってる分、余計タチが悪いわ。改めろマジで。」
俺と俺のやり取りに、2人のセリフィアが笑っている。
「ちなみにセリフィアは、現状、どう打開したら良いと思う?」
偽物のセリフィアに話を振る。
「進むことが必ずしも正解ではないかもしれません。ここに留まるというのも一つの手なのでは?」
目で本物のセリフィアにも振る。
「元々の意識と、植え付けられた意識の矛盾を掘り下げたいですね。そこを見極めれば、道は開けるかと。」
あ~……なるほどなぁ。
俺は元々『攻略したい』って気持ちを持っているはずで『進ませたくない』って気持ちが塔に植え付けられた意思ってことだ。
既に矛盾しているんだよな。
でも……進ませたくねぇんだよなぁ。
しばし悩んでいると、本物の俺が挙手しているので促す。
「ちなみにだけどさ、そっちの俺は『進ませたくない』って気持ちなんだよな?」
「そう。めっちゃ進ませたくない。なんだろこれ。」
「じゃあさ俺、別に進まなくて良いから『帰り道探させてよ』これ、戻ってるってことで進んでなくない? どう?」
進まない……
進まない。
戻る……
帰るだけ……
「あ、なんかギリギリ行けそうかも。」
「しゃあっ! 頑張れ俺!」
うぜぇ。
でも、やるしかないんだよなぁ……やるか。
こいつらは進まない。先に進むんじゃない。帰るだけ。
あ~……なんだかイケそうな気がする。
「……言葉に気を付けてもらえば……大丈夫かも。」
ギリギリの心情で伝える。
伝われ。伝わるだろ俺。結構難しいぞコレ。
なんともいえない不快感に包まれながら、本物の俺に目を向けると、険しい表情になっている。
よくよく見てみれば、偽物のセリフィアが色々飲み込もうと苦悶の表情を浮かべていて、それを心配しているようだ。
おい、そのセリフィアは、俺のセリフィアだぞ?
ちょっとイラっとしつつ感情を飲み込んでいると、本物の俺が俺を見た。
「なんか、ちょっと……いや、かなり腹立ってきた。
なぁ、俺。進む、戻るじゃなくてさ、セリフィアを苦しめてる原因の『塔を懲らしめに行く』ってのはダメなのか? お前もしたくないか? なぁ。セリフィアが苦しんでるんだぞ?」
あ~……それは確かに……
この苛立ちもムカつきも、虚無感も苦しみも、全部元を辿れば塔のせいなんだもんな。
「あ、すごい。腹が立ち過ぎて色々無視できそうな気がしてきた。塔をキャーン言わせたい!」
「ナイスっ!」
俺は、いまだ苦悶の表情を浮かべているセリフィアに向き直る。
「セリフィア! 俺はこんな苦しみを作り出した塔に一矢報いたい! 手伝ってくれ!」
俺の言葉に、苦しそうな表情を浮かべていたセリフィアが微笑む。
「マスターがそう望まれるなら、私はどこまでも同行いたします。」
その瞬間、塔の空間がわずかに軋むような音を立てた気がした。
試練を課すはずの存在が、逆に試練を揺さぶっている――そんな奇妙な逆転の感覚が広がった。
俺は笑って言う。
「よし、じゃあ行くか。
「おう、俺。」
偽物の俺とセリフィア。本物の俺とセリフィアが並び立つ。
本物と偽物の区別はもはや意味を失い、ただ気持ちを共有する仲間しかいない。
この、クソみたいな塔に痛い目をみせてやる。




