第73話 攻略か死か、その選択
「なるほど! じゃあ塔に挑むの止めておきますね!」
「ぶはっ!」
挑んだ場合『攻略』か『死』。
この二つしかない。
そうなると、俺の決断なんて決まっている。
というかそもそも選択にならない。なるわけない。
真面目な顔をしていた石動のオッサンが盛大に噴き出している。
逆に鷹司さんは少しも表情が変化していない。
「あ、ごめんセリフィア……勝手に答えちゃったわ。」
「いえ、マスター。私もその判断をしておりました。試験が不可となる程度、他にどんな方法でもありますから、危険を避けられるのが正解だと思っております」
「ありがと。」
勢いでノータイム返答してしまったが、肯定が返ってきてよかった。
「いやぁ、こうなると、お二方の時間を割いてしまったのが申し訳ないですね。すみません。じゃあ、まぁ、そういうことで。お疲れ様でした。」
終了の頭を下げておく。
「まぁまぁ、ちょっと待ってくれ中村さん。」
石動のオッサンが、いかにも面白そうに帰る気まんまんの俺を止める。
「最初の選択は黙ってたけど、アンタがめちゃくちゃ重要な人だって話は聞いててな……九重さんから、もし攻略しないことを選んだ場合、アドバイスしてあげて欲しいって言われてるんで、ちょっとだけアドバイスしていいか?」
「え? えぇ。アドバイスはいくら頂いてもありがたいです。」
無料ならな。
「とりあえず俺は、この塔を専門に攻略してるだろ? で、こんな感じの試験も何度か参加してるんだわ。で、大体、生きるヤツと死ぬヤツの見分けはつく。今んとこ、ほぼ間違えてねぇ。」
石動のオッサンが面白そうに言う。
「俺の見立てだとアンタは塔に入っても死なねぇよ。そんな系統の人間じゃねぇ。鷹司の御嬢さんはどう思う?」
石動のオッサンに振られて、鷹司さんも諦めたように目を伏したが、すぐに顔を上げた。
「そうですね。私も中村様は十中八九、攻略される方だろうと思います。」
攻略者2人のお墨付きか。
うん。
そんなことで俺の考えは変わらんな。
死ぬ危険がある以上、そこを乗り越えるメリットがあるかと言われると、無いんだよなぁ……。
「そうですか。ありがとうございます。」
とはいえ。だ。
D1免許保持者のお墨付きをもらって、即答でNOは『お前らの意見なんか知るかよ』という感じがして態度が悪すぎる。
鷹司さんに至っては権力者だ。あまり悪印象を持たれても良くない。
で、あれば帰還する理由を探そう。
つまり、俺のやることは一つ。
「セリフィア。」
「はい。マスター。」
「調べてみてくれる?」
「かしこまりました。魔力干渉解析」
セリフィアを中心に魔導式や光が、ダンジョンへ広がり、塔に収束してゆく。
試験官の2人が突然の光景に驚いている。
ごめんね。うちのセリフィア。対ダンジョンのチート持ちやねん。
クイっと動かした眼鏡がキラっと光った。
「スキャン完了――これは……なるほど。」
セリフィアが顎に手を当てて検討を始めている。
「マスター。このダンジョンは、マスターにとって相性が良いダンジョンかもしれません。攻略をお薦めします。」
いや、おまえもかい!
……まぁ、でもセリフィアの言うことならば信用できる。
「そっか……じゃあ攻略しようか。装備は何が良いと思う? あと、誰か呼んだ方が良い?」
「いえ、特に不要かと。」
「えっ、マジで? なんなんだ? このダンジョン。」
試験官に向き直り、営業スマイルを作る。
「すみません。やっぱり挑もうと思いますんで、宜しくお願いします。」
★ ☆ ★ ☆彡
天哭の塔の扉はダンジョンの入り口には、漆黒の結界膜があった。
「俺と鷹司のお嬢さんは先に入るぞ。一緒に入っても、それぞれ別の部屋に飛ばされるが、その先で合流できる。先に行って待ってるぞ。」
そう言って二人は漆黒の結界膜をくぐり、その姿は跡形もなく消えた。
「で、セリフィア。このダンジョンってなんなの?」
突然振り向いた俺に、クスクス笑うセリフィア。
「すみませんマスター。ちょっと可愛く見えてしまいました。
ええとですね、この塔は簡単に言いますと『人間性を試される』という感じでしょうか。万が一の場合の打開策も検討済みですので、まったく危険はありません。ご安心ください。」
むぅ……ネタバレしてくれない。
ということは、その程度に安全ということ。
なら仕方ない。要は楽しめるレベルってことだ。
「もしかするとバラバラに転移させられる可能性もありますので。念の為、いったん私を編成から外して、入った先で編成しなおしてください。」
「えっ? ちなみに進んだ先で、セリフィアが編成できない可能性とかはない?」
「そんな構造は確認できませんでした。」
「そっか……じゃあ、そうするか。」
セリフィアを編成から外す為、スマホを取り出す。
「マスター。念の為、私のスマホを預かってもらえますか?」
「あ、そっか。預かるよ。」
セリフィアを編成から外すと消えてしまうから、セリフィア専用スマホがその場で落ちてしまう可能性がある。
受け取りながら操作を進める。
ステータスオープンよろしく現れたゲーム画面を操作し、セリフィアを編成から外すと、その瞬間にセリフィアの姿は消えた。
……数日、ずっと一緒に居たせいで、一人ということに、なんとなく違和感がある。
そして一人になったことで、1級ダンジョンにいることの『怖さ』のような物が、じわじわと身体に浸透してくるような気がした。
「石動さんは、一人でここに入ってくのか……鷹司さんも。すごい人たちだな。」
あの2人は、この天哭の塔を俺のようなチート無しで攻略している。
その胆力や、そこに至る努力など、生半可ではなかったはずだ。
1人、塔の前に立っていると、それが、どれだけ凄い事なのか実感でき、尊敬の気持ちが湧いてくる。
それほどに、この場は異質。
異質とは恐怖そのものとも思える。
この場に残っているだけで、悪いことが起きる気がしてくるので、腹を決めて漆黒の結界膜に足を踏み込む。
一瞬の浮遊感を覚えた直後、漆黒に染まった視界が開け、塔の内部と思わしき景観へと変わっていた。
直径およそ百メートル、石造りの壁が円環を描く巨大な空間。
「ん?」
視線の真っ直ぐ先。目を凝らすと、そこに人影が見えた気がした。
敵がいると思い、スマホを操作しステータスオープンからセリフィアを編制。召喚する。
その瞬間、敵影は二つに増えた。
「……んん?」
「面白いですねマスター。近づいてみましょう。」
対面の二人らしき影も同じように動き始める。
互いに歩み寄り、距離が縮まるにつれて輪郭がはっきりしていく。
そして――認識できる距離に至った時、俺は息を呑んだ。
対面に立っていたのは、『俺』と『セリフィア』だった。




