第72話 試される者
「初めまして。鷹司詩乃と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。」
俺を見ての、しっかりとした礼。
真の『凛とした』というのは、こういうことか! と感じてしまう。
「どうも、中村大輔です。試験官を担っていただく方かと思いますが、今日は私のためにお時間をありがとうございます。」
働いていた頃の俺だと、雰囲気に当てられて内心で慌ててしまったかもしれない。
だがここにきて、ルミナやセリフィアが、よく俺を持ち上げ、頭を下げたりしてくれていたおかげで、焦ることなく状況を察しながら普通に礼を返すことができた。
「おおっ、やっぱり鷹司のお嬢さんだったか! どうもどうも初めまして石動勇作ですわ。ご高名は、よー聞いとりますわ。」
石動さんが豪快に笑いながら、まるで旧知のように声をかけている。
……お前も、初対面やったんかい。
鷹司さんも一瞬だけ目を細め、すぐに柔らかな笑みを返した。
「石動勇作様でいらっしゃいますね。ご活躍は私も存じ上げております。私も石動様のような活躍を目指したいと思っております。」
「あっはっはっは! 俺みたいな場末のオッサンをご令嬢様が知ってるなんざ、こっちが恐縮だわ!」
初対面なのに、互いを知っている。
D1免許保持者同士の距離感というヤツだろうか?
そのやりとりを眺めながら、どう反応すべきか少し迷っていると石動さんが、俺に気を回すように肩を軽く叩いてきた。
「中村さんな、鷹司のお嬢さんはな、大富豪のご令嬢でありながらD1免許保持者なんだぜ。金も地位も元々あるだろうに、わざわざ探索者に挑んでる、なんかすげぇ人だ。」
「……なるほど。」
俺が頷くと、石動さんはさらに声を弾ませる。
「俺ぁ塔しか入れねぇオッサンだから、他のダンジョンの情報なんて持ってねぇ! いや、聞くは聞くんだが、必要ねぇから覚えてなくてな! あっはっは! だが、鷹司の御嬢さんなら、他ダンジョンの情報だの、いっぺぇ持ってんぞ! 多分!」
多分かい。
やっぱ知らんのかい。
「そういえば、あれだ鷹司家ってのは公家にルーツがあるとかいう話も聞いた気がするな。そこんとことかどうなんだい?」
「いえ、古いだけの家柄にすぎません。」
鷹司さんは静かに微笑み、石動のオッサンの言葉を否定も肯定もせず、ただ受け止めている。
おれしってる。
これ、公家ルーツの名家パターンやな。
お貴族様かしら? という視線で見てみても納得というか、本当に令嬢っぽい。
ざっと見た感じでも分かる程度に着てるモノの質が良い。
白のブラウスにフォーマルさを感じるジャケット。タイトなスカートにヒールではなくローファー。
色は紺ベースで、全体的に落ち着いた雰囲気。
「ん?」
石動のオッサンを見る。
カーキ色のワークジャケット、ジャケットの中のシャツはオッサン愛用感すらあるネルシャツ。下はワークパンツにブーツ。
「んん?」
2人とも普段着が過ぎやしないかい?
これから1級ダンジョン『天哭の塔』に入るんだよね?
城攻めダンジョンの時の九重さんとかはバトルスーツとかプロテクターとか着てたよ?
これから着替えるのか?
「あの、石動さんは、その恰好でダンジョンに入られるんですか?」
こういう時、オッサンは聞きやすくていいな。
「んあ? そうだよ? お前さんもソレで入るんだろ?」
あ。俺もスーツか。
1級ダンジョン?
あれぇ?
俺が「その格好で入るの?」と内心でざわついているのを、鷹司さんはすぐに察したようだった。
柔らかな笑みを浮かべ、当たり障りのない調子で言葉を添える。
「ご心配には及びません。1級ダンジョンの中でも、天哭の塔は、特別ですから。私や石動様はこのような服装でも問題ございません。」
「お。鷹司のお嬢さんも塔には入ってるクチか。まぁ、試験官だもんな、そりゃそうか! 身分があるのに、ずいぶん怖えことするんだな。あっはっは!」
さらりとした言い回しと落ち着き。
石動さんの言葉を否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んでいて、その沈黙が、なにかの答えになっている気がする。
俺がそう感じていると、背後からセリフィアの声が、そっと耳に届く。
「マスター。天哭の塔は、他のダンジョンと少し性質が違うようですね。」
「うん……なんかそんな感じだ。」
「話の流れ的には、塔に入った経験のある人物は、もう危険が無いように見えます……試験に選ばれるダンジョンということもありますし、かなり特殊なダンジョンではないかと。」
セリフィアの推測は恐らく正しいだろう。
だが、今、俺ができる対策は思いつかない。
「うん。なるようになれって感じかな。」
場当たり的だが、結局はそれしかできん。
どうにでもなーれ。
「さて、そろそろ定刻となりますので、皆さま試験を開始してもよろしいでしょうか?」
九重さんの言葉に、賛同を返す。
天哭の塔。
いったいどんなダンジョンなんだろう。
★ ☆ ★ ☆彡
全員で厳重な管理下にある紅色の結界膜の前まで移動し、九重さんだけをその場に残し、俺、セリフィア、鷹司さん、石動のおっさんの4名がダンジョン内へ踏み込んだ。
「うぉ」
結界膜を超えた瞬間に押し寄せてくるのは、異質そのもの。
目の前には巨大な天を貫くように直立する塔。
空は赤黒く、塔の周囲には底が見えない崖が口を開けているだけ。
なんか、ただただ怖い。
「おっし。ようこそ天哭の塔へ!」
石動のオッサンは、この光景を見慣れているのか、何も変わらない雰囲気で笑う。
最後に入ってきた鷹司さんも、落ち着いた様子のまま。
「さて、中村様。この天哭の塔は極めて危険なダンジョンです。探索者にはまず2つの選択肢がございます。」
鷹司さんが指を一つ立てる。
「一つは、塔の攻略を諦めて帰還すること。」
2本目の指を立てる
「もう一つは、攻略を選ぶこと。」
腕を下ろし、一拍置いてから続ける。
「ただし、攻略を選ばれた場合、これまでの探索者の結末は『攻略』か『死』──その二つしかございません。どうか慎重にお考えください。」
その真剣な眼差しに、背筋がひやりと冷えた。




