第71話 濃い面子
5おくえーん! ごおくえん?
いちおくえん たして ろくおくえーん!
わぁい! いっぱいだ!
ねんしゅう、 ななじゅうにおくえん!
――そんなテンションで浮かれてしまったが、セリフィアが色々優しく介護してくれたおかげで、夜には正気を取り戻せた。
物のやり取りが終わらないと、お金は手に入らない。
まだ、何も動いていない以上、今はまだ全てが絵に描いた餅でしかないのだ。
つまり、今の俺に一番大事なことは『魔石を得ること』
『セリフィアがリアルで動き続けられるようにすること』に他ならない!
そう理解し、1級ダンジョンでの追加試験に備える。
そして万全の心意気で迎えた翌日。
1級ダンジョン。
『天哭の塔』
流石に1級というべきか、入る前から、これまでと別格の扱い。
首都圏にあるというのに、周辺には監視カメラやセンサー網が張り巡らされ、高柵や防壁で囲まれ、立入禁止区域にまで指定されている。
目につく看板には『許可者以外の禁止区域入場は即時拘束』と目立つように記され、待機所には警察官や自衛隊員の姿も目に入る。
特例の許可者となった俺は、しっかり待ち合わせ時間の30分前に近くに到着し、15分ほどセリフィアと話をして時間を潰してから、待機所へ向かった。
「マスター。九重さんがいらっしゃいます。」
「あ、ほんとだ。」
20畳ほどのスペースがある一室に案内されると、部屋には少しクマが目立つ気がする九重さんが立って待っていた。
「どうも、九重さん。その節は大変お世話になりまして。ありがとうございます。」
しっかりと頭を下げると、俺の後ろでセリフィアも頭を下げている気配がした。
「これは中村さん。先日は多くの魔石をご提供いただき誠にありがとうございました。また、今日もご足労をいただき、重ね重ねありがとうございます。」
「いえいえとんでもございません。むしろ私の為に、ご面倒をおかけしております。いろいろ申し訳ございません。」
しばし、ペコペコ合戦を繰り広げたあと、着席を促されたので大人しく座る。
「今日は1級ダンジョンと伺ってますが、九重さんも入られるのですか?」
「とんでもないです。私は前回試験の担当者の立場で来ておりますので顔つなぎ役のような物です。別のD1免許の方がいらっしゃいますので、そちらの方が一緒になります。」
「あ、すみません。」
そういえば九重さんはD2免許だった。
D2が1級ダンジョンには入れないか。
俺の『失敗したかも……』という空気を察した九重さんは、少し微笑んだ。
「いえ、お気になさらずに。実務では1級ダンジョン次第ですがD2免許保持者が後方支援に入ることはありますので。」
「あ、そうなんですね。知りませんでした。」
「はい。D1だけでは少人数過ぎて探索に支障がありますので。」
それもそうか。
そう納得しつつも少しの疑問が湧く。
「あの……初歩的なことで申し訳ないんですけど、D2の方も1級に入れるのであれば、D1とD2って、実はそんなに変わらないんでしょうか?」
「そうですね……」
九重さんは、ふと周囲を探るように視線を走らせた。
「D1とD2で明確な差はあります。それは中村さんが、取得された時に、改めて耳にされるかと思いますので、まだ、私の口からは……すみません。」
「あ、いいんです、いいんです。なんでも聞いてしまってすみません。」
そりゃ、言えないこともあるだろう。うん。
つーか言えないことの方が多いだろう。
そんな雑談をしていると、ドアが開く気配。
「うん?」
なんか濃いオッサンが顔を出したんだが?
「おう!」
なんか濃いオッサンが、めっちゃ笑顔なんだが?
つい、軽く会釈を返す。
「今日、なんか試験で塔に行く人がいるってヤツの待ち合わせはここかい?」
「はい。石動さん。お越しいただき、ありがとうございます。」
「いやいや、いいよいいよ。D1が増えるかもっていうんだろ? そりゃ応援するよー!」
にっこにこの濃いオッサンが入ってきた。
完全にいい人そうなオーラがスゴイんだが?
「アンタたちかい? 今日、塔に行くの。」
「あ、はい。中村大輔です。よろしくお願いします。」
「そっかそっか、俺は石動勇作ってんだ。」
差し出された手を取り握手をすれば、力強くごつい。
歯を見せた豪快な笑顔に、顔には深い笑い皺。
目じりは下がり目で、性格が顔に出ているとしたら、この人は100%善性の人だろう。
「まぁ、おれぁ塔しか入れんD1だけどな。あっはっは! しかも今日は試験っつー話だから、なんも教えてやれんけどな! あっはっはっは!」
初対面なのに、好感度スゴイ高いぞこの人。なんだこれ。
「えっと、石動さんは、塔にはよく入られるんですか?」
「おうよ! むしろ、塔しか入れねぇな。塔が無かったらただのオッサンだ!」
九重さんが苦笑しながら補足する。
「石動さんは、塔を専門に入っておられる方なんです。長年、定期的に高価値の魔石を持ち帰ってこられていて、今の日本を支えていると言っても過言ではない方です。」
「いやいやいや、口が上手だねぇ! でも、そりゃあ買いかぶり過ぎだよ。俺なんざ、ただの塔の気まぐれで居る事を許されたオッサンなだけ。塔に嫌われりゃあ、もう即お払い箱よ。だから毎回、塔に『今日も頼むぞ』って心の中で挨拶してんだ。あっはっは!」
豪快に笑う石動。
その笑顔は、場の空気を一気に明るくする。
「……なるほど」
セリフィアが俺の後ろで、何かに納得している。
よく分からんが、後で聞こう。
「で、どうする? もう行くのかい?」
「いえ、お待ちください。まだ――」
九重さんが返答した時、ドアをノックする音が響いた。
「はい。」
九重さんの返事で、静かにドアが開くと、目に入ったのはスーツ姿の凛々しい女性の姿。
部屋に入ると同時に無言で見回し、その後、ドアを大きく開いて誰かを迎え入れた。
その後、艶やかな黒髪を揺らす女性の姿。
大和撫子――まさにその言葉が似合う。
美女や美少女を見慣れた俺だが、彼女は少し違う方向の美しさを持っていた。気品と緊張感を纏い、場を支配するような存在感がある。
「お待たせしてしまったでしょうか。すみません。鷹司詩乃です。」
しっかりとした会釈。
20代中盤だろうか、社会的地位の高さを感じさせる雰囲気の女性だった。
「おおっ? もしかして鷹司のお嬢さんか!? こんな場末のオッサンしかいないような所にようこそ!」
引き締まった場の空気が、不思議と和らぐ。
気品あふれる令嬢と、豪快なオッサン。そして俺……か。
色々濃すぎでは?




