第70話 衣装を検証、バニーで暴走
セリフィアに任せた荒巻さんとの流れ、そして九重さんへ送った連絡内容を見て、おそらくお金に困る事はないだろうなと踏んだ俺。
また、一旦すべてを忘れて、セリフィアとデートを楽しむことにした。
スキルを使ったけれど、セリフィアレベルのスキルだと消耗が少ないのか、魔石はまだ余裕で持ちそう。
なので今日は、この後は、セリフィア専用スマホ購入デートだ。
別の駅へ移動し、量販店のフロアに足を踏み入れた瞬間、セリフィアの瞳がぱっと輝いた。
最新機種の数々、整然と並ぶ展示台。セリフィアは、こういう雰囲気が好きなのか、まるで宝石箱を覗き込む子供のように興味津々だ。
頬がほんのり赤く染まり、視線は次々と新しい機種へと移ってゆく。普段の冷静さとはまるで別人のようで、俺はただその様子を見ているだけで満たされていた。
「マスター……良いのでしょうか?」
「いいよー。好きなの選んで良いよー。」
買い物って楽しかったんだな。
結局、セリフィアは俺と同じ機種を選び、契約は俺名義で済ませ、会計を終えた。
俺の提案でケース売り場やアクセサリーも真剣に吟味していたが、彼女は一通り吟味したあと「マスターと一緒が良いです」と言って、カバーも保護フィルムも付けない派の俺と同じ、何も付けないことを選んだ。
その満足げな微笑みに、俺も自然と満足してしまう。
スマホを手に入れた後は、街を歩きながら色々な買い物へ。
今日は金策が成っただろうことのお祝いに、ラグジュアリーホテルに飛び込んでディナーと宿泊を楽しむつもりだ。
ラグジュアリーホテルに泊まるついでに、色々検証もしたい。
そう。例えばだ――
通常コスチュームのセリフィアは白衣を着ている。
だが、白衣を脱ぐことができることは昨日、検証の結果分かった。
と、いうことは……だ。
もし、通常コスチュームのセリフィアが、他の衣装を着たらどうなるのだろうか。
これは検証する必要があるはずだ。能力に変化があるかもしれない、非常に有用な検証であるはず。
なので――衣装をいっぱい買った。
★ ☆ ★ ☆彡
「それではセリフィア君。試してみようじゃないか!」
「ふふっ、はい。マスター。」
広めのホテルの部屋。
セリフィアと美味しいご飯を食べ、ビールも1杯だけ飲んで良い気分。
とりあえず部屋に放り込んで放置していた買い物袋たちの中身をベッドの上に広げる。
メイド服、バニー、水着、軍服風、魔法少女風の衣装。
セリフィアのバージョン違いとはまるで関係のない衣装ばかり。精々、関係ありそうなのは水着程度。
いや、バニーはあったような気が……まぁいい。
こんな衣装で能力が変わるわけがない。だが、もしかすると変わるかもしれない。
ゆえに、これは必要な検証なのである。
検証という名目の遊びではない。きっと。
セリフィアが乗り気で着替えてくれる以上、やらない理由もない。
それでは、まずはメイド服からお願いしようじゃあないか。
これ着て「ご主人様」って呼んでもらうんだ!
――かなりキャッキャウフフした。
★ ☆ ★ ☆彡
「マスター。そろそろお目覚めください。」
「……んあ?」
耳に届いた声は、柔らかく澄んでいて、夢の中から現実へと覚醒してゆく。
まぶたの裏に、まだ少しの眠気を感じながら、視線を上げると、そこにはいつもの白衣姿のセリフィアの姿。
表情は穏やかで、小さな微笑みを浮かべている。
「……あれ?」
バニーちゃんは……どこにいった?
セリフィアはベッドの脇に腰をかけて、そっと俺の肩に触れて起こしてくれていた。
だんだんと色々思い出し、思考も戻ってくる。
昨日の検証を思い出すが、そうだった。衣装着替えても能力は一切変わらなかったんだった。うん。
「朝か……」
「おはようございます。マスター。」
「うん。おはよう。セリフィア。」
彼女は軽く頭を下げて告げる。
「色々と連絡が届いていました。検討が必要かと思いましたので、ちょうど良い時間でもありましたので、お目覚めいただきました。」
時計を見れば、もう九時近く。
昨日は深夜まで検証をしていたが、睡眠時間は十分すぎるほどだ。
「いや、これ以上は寝すぎだよ。いい時間に起こしてくれてありがとう……お腹とか減ってない?」
「ありがとうございます。大丈夫です。」
身を起こして動くのもなんなので、とりあえず隣をポンポンと叩いてみる。
セリフィアはすぐに察し、静かに隣に座り、身体を預けてくれた。
軽く抱き寄せると、少し甘えるような仕草を見せる。
「マスター。この時間も捨てがたいのですが、少し重要そうですので報告を始めて良いですか?」
「はーい。おねがいしまーす。」
セリフィアの頭をなでなでしながら聞く。
「まず、九重さんからダンジョン免許についての返答がありました。」
「あ~……D1免許ね……正直、特例求めすぎてる気がしないでもないんだけどね。」
俺、ついこの間まで、無免許一般人だぜ?
それがトップに入って良いの? って気はしてしまう。
「マスターはお優しいですからね。ですが現状の探索者と実力が隔絶している以上、制度に合わせてあげるのも優しさだと思います。」
「まぁ……それも確かにそうか。」
リトルリーグに同じ背格好のメジャーリーガーが入ってきたら『あの人メジャーリーガーだよ』と示すのは、ある種の優しさかもしれない。
「で? どんな返答だったの?」
「現状、仮のD1免許発行で話が進んでいるようです。ただ、明日考えていたダンジョン探索について要望があるとのことでした。」
「へぇ。ありがたいね。要望はどんなの?」
「追加試験のように受け取れました。前回同様、同行者がいて、探索ダンジョンに指定があります。1級ダンジョンからの選択ができるようです。」
「1級ダンジョンかぁ……」
1級ダンジョンは情報がほぼ出回っていない。
なんだか冒険心が湧いてくる。
「『深淵の水宮』『天哭の塔』の2つから、どちらかを選んで欲しいとのことで、簡単なダンジョンの概要ですが『深淵の水宮』は水位が刻々と変化する水の神殿で、『天哭の塔』は空へ伸びる巨大な塔で試練が待つのだそうです。」
「ふむ……」
水濡れは……なんか嫌だな。
刻々と変化ってのも、なんか水で溺れるとかありそう。
どれだけ強くても溺れたら、どうしようもない気がする……セリフィアなら何とかしてくれそうな気もするけど。
「選べるなら『天哭の塔』かな。同行者もいるみたいだし。セリフィアはどう思う?」
「私もマスターと同じ『天哭の塔』の方が良いと考えていました。では、そのように返答しておきますね。」
なんとなく、なでなでしておく。
「ん……次にエクスポーションについてですが、こちらは想定通り権力者の方が強いですね。ヤクザの提示額の5倍で交渉してきています。」
「うわぁお……もう連絡が来たの?」
「ええ。双方なかなか早く感心していますが、これも、マスターのお力の影響ということですね。」
セリフィアの誇らしげな表情。
俺、とくに何もしてないけどな。
ほぼセリフィアがしてるんだけどな。
「ただ、現時点で選択肢があると示すことも大切かと考えます。そのため、どちらにも一本ずつ販売するのが良いかと思います。もちろん、ヤクザの方には『情けで譲る』という形を伝えておきますが……よろしいでしょうか、マスター。」
「うん。この件はセリフィアを信じてるから。任せるよ。好きにして。」
セリフィアは静かに頷き、誇らしげな微笑みを浮かべる。
その笑顔を見ていると、なにかいいことをしたような、不思議な感覚が胸に湧く。
なにもしてないけどな。
さて、明日は、とうとう1級ダンジョンか。
ちょっと興奮してくるな。
「ちなみにお高い方って……おいくら万円のご提示なの?」
「五億ですね。ひゃんっ!」
なでなでの手に力が入ってしまうのを止められなかったのだった。




