第63話 マナマテリアルズに行こう
マナ・マテリアルズ株式会社 環七第三支店。
自宅最寄り駅にあった、魔石や素材の買取を行う業者。
超常資源庁の公認マークも掲げていて、関東と中部圏で勢力を強めている。
しっかりした企業ってイメージの会社だ。
ぶっちゃけてしまうと、契約の打診があって以降、少し面倒な気持ちがあった。
査定結果の連絡なんかが来てから、まとめて持って行けばいい。そう思っていた。
――が、お祝いパーティ後、自宅に一緒に戻ってきたセリフィアにスーツケースに全ての金鉱石を入れたまま放置していたのを見られてしまった。
「マスター。これは持ち込まれないのですか?」
責めるでもなく、ただ純粋な疑問だった。
「……あぁ…うん。持ちこもうと思ってたんだけど、ちょっと忙しくてね。」
けど、視線が、妙に刺さった気がした。
なので、さっさと追加分を持っていくことにしたのだ。
なにせセリフィアも一緒に居るのであれば、契約書関係の話が出ても、いったん持ち帰る必要などない。
即断速決ドンと来い! もう何も怖くない!
なお、セリフィアが一緒に帰宅した理由は――検証である。検証。
いろいろあるよね。検証することは。うん。
とっても楽しく、幸せで良い検証だった。
なので朝はゆっくり過ごし。
お昼ごはんにセリフィアと駅近くの全国チェーンファミレスへ向かい、俺はうなぎ丼、セリフィアはハンバーグ。
嬉しそうに増し増しデザート食べるのを眺めてからマナ・マテリアルズへ向かっている。
もちろん、道中、セリフィアは腕を絡めてくる。
いやぁ、美少女の全力の好意。ありがてぇ。
ただ少し、パパ活を疑われてないか、周りの目が気にならないでもない。
まぁ、セリフィア程の美少女であれば『パパ活』なんてする必要が無いだろうと勝手に思ってくれるのだろうけれども。
――そんなこんなで、マナ・マテリアルズへ到着。
いざ店まで来ると、やはり昔取った杵柄と言おうか、つい最近まで社会人だった感覚が戻ってくる。
セリフィアもお店に入る前には秘書のような振舞いに切り替えている。
メリハリのある、よう出来た娘さんやで、ほんま。
「いらっしゃいませー」
「どうもー。探索者をしております中村と申しますが伊藤さんはいらっしゃいますでしょうか?
あぁ、申し訳ないのですがアポは取ってないので、ご都合が悪ければ他の方でも構いませんので。」
受付の若い女性に伝える。
社会人の振る舞いであっても、ワンチャン伊藤さんが居なければ居ないで良いと思っていたりもするのだ。
居たら居たで話をするが、面倒なことには変わりないからな!
「中村様――フルネームをいただいても宜しかったでしょうか。」
「えぇ、中村大輔です。」
「中村大輔様。お待ちしておりました。どうぞコチラへ。ご案内いたします。」
受付の人が個室に案内し始めたので続く。
これは伊藤さんが居るパターンだな。しかも待ち構えてる。
内心で諦め、切り替えておく。
「マスター、とっても面白いです。」
「そう? 楽しめてるなら良いことだね。」
受付の人の案内された前よりも広い部屋、上等な感じがする個室で、二人になるとセリフィアが口を開いた。
彼女にしてみれば異世界に来ているような物なのかもしれない。
些細な事でも発見が多いのだろう。
探ること、調査すること、検討することが好きな彼女のことだ、俺には分からない楽しみを世界に見出しているのかもしれない。
★ ☆ ★ ☆彡
中村大輔が来店した――その報告を受けた瞬間、永井結月は『とうとう来たか』と心を引き締めた。
松村真理亜とは、何度も打ち合わせを重ねてきた。
突然の来訪も想定済み。スタンバイは万全だ。
真理亜を見れば、華やかな巻き髪に、計算されたメイク。
柔らかな笑顔と、視線の使い方。
どれも『女の武器』を心得た振る舞い。
探索者に男性が多い。
だからこそ、『探対』では、こうした魅力を備えた人材も多く配置されている。
真理亜もその一人。
準備はできていると、真面目な顔で頷いていた。
彼女は魅力だけではなく思慮深さも備えた優秀な人間だから段取りもしやすい。
それほど待たせることもなく、二人で個室へ向かう。
ドアの前で、真理亜が三度ノックし、返答を待ってから扉を開けた。
「ようこそ起こしくださいました。本日、伊藤は外しておりまして、担当させていただきます松村真理亜と申します。初めまして。こちらは永井です。」
「あぁ、これはどうも。生憎、私は名刺を持っておりませんが頂戴いたします。」
「うふふ、探索者の方は、皆さま、よくそう仰います。私たちを知ってもらえれば嬉しいだけですので、お気になさらず……あぁ、どうぞ、おかけになってくださいませ。」
名刺を渡し終え、真理亜が、立ち上がって名刺を受け取っていた彼を椅子へ促す。
私は、微笑みを浮かべながら、サポート役として、一歩引いた位置から観察する。
中村大輔――データの通りの中年男性。
ラフながらも清潔感のある服装で、落ち着いた雰囲気。
腹回りも締まっており、鍛えているのが分かる。
受け答えを見る限り、言葉遣いも丁寧で、情報通り社交性もある。
全体的に、好印象な人物だ。
だが、中村の同行者。
高校生程にも見える、非常に美しい少女。
その容姿は異常の一言に尽きる。
白銀の髪に、深い青を湛えた瞳。
顔立ちはどこか異国的で、恐ろしいほどに整っている。
一見して人間とは思えないほど整った容姿。
まるで、コスプレイヤーの完成形加工写真から、そのまま現実に現れたような非現実的な美しさ。
そして、何より――中村の隣に立つその姿が、あまりに自然だった。
静謐な雰囲気。
その落ち着いた雰囲気は、うら若い10代の少女が醸し出せるものではない。
まるで、異質な存在が人の姿を借りてそこに立っているかのよう。
「中村様。改めまして本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。」
真理亜は、柔らかく微笑みながら、軽く前髪を払う。
その仕草は、男の視線を誘うために磨かれたものだった。
身につけている衣類も、スカートの長さも計算されつくしている
だが――中村の視線は、揺れなかった。
真理亜の笑顔が、ほんの一瞬だけ硬直するが、彼女はすぐに立て直し、同行者にも声をかけた。
「ご同行の方も……とてもお綺麗ですね。」
「ありがとうございます。中村の手伝いに過ぎませんので、私のことはどうぞお気になさらずに。」
静かに一礼。
その所作もまた、女性的な完成度が高い。
総合して、真理亜の魅力とはまったく別の次元にあるように感じられた。
――色仕掛けは、通用しない。
中村大輔には、真理亜の武器は届かない。
連れている女性を見れば、その『基準』がどこにあるかは明らかだった。
真理亜と目が合う。
彼女もすでに悟ったように、わずかに微笑み、軽く目配せをしてきた。
それを受け、代わりに私が前に出る。
色仕掛けが通じない。
――そっちの方が私好みだ。




