第58話 帰るまでが試験です
セリフィアが『味方なら彼女たちも味方ですよ? ……味方ならね?』を暗に伝えたっぽい言葉に、九重さんが少し青ざめてる気がしないでもないけど……まぁ、しゃーない。
その辺はセリフィアに任せた領域だ。
一度任せたのなら信頼して任せる。これ大事。
そして俺は俺がやるべき仕事をこなす!
俺の仕事は帰り道エスコートのお土産持たせてお見送り! それでお仕事完了だ! もう少し!
「――とはいえ……だ。」
赤、青、緑、茶、黄、黒、そして無色。
魔石の色は七種。
それぞれの魔石が、バラつきはあれど平均して頭ほどの大きさが6個ずつ、拳大の魔石が14個ずつ。
小さな欠片に至っては数えられない。諦めた。
足元に散らばってる魔石は、もう、多すぎる。
魔石の中に、虹色の輝きを持つ魔石も少しだけあった。
具体的には頭サイズが3個、拳サイズが6個。
これはゲームの中でも少しレアな『極魔石』。これだけは絶対持って帰る。
セリフィアの言っていた『お土産』は、この魔石たちのこと。
俺たち用にも少しは貰うつもりだが、それ以外は全部渡す予定にしていた。
ただ、想定以上の数。
あぁ……パンプキンシリーズの取得40%アップ効果ァ……運搬ェ……
実際にモノとして存在してしまうと……運ぶの……本当にどうしようコレ。
ルミナ達4人を召喚したけど、それでも、とてもじゃないが全部は対応しきれない量な気がするぞ?
最悪、お土産として渡すんだからって理由で、九重さんたちにも手伝ってもらうにしても、この場に手伝いも呼べないだろうし――
「マスター」
どうやって運ぼうかを考えていると、コソっとセリフィアが隣に来て、囁くように呼んだので目を向ける。
「色々と検証したいことはありますが、今回は物理的に持っていける分だけ持ち帰りましょう。今日は試験の対応がメインで、魔石はあくまでもオマケですので。」
「そうだね……少しもったいない気もするけど、しょうがないか。うん。持てる分以外は諦めよう。」
セリフィアが差し出してきた風呂敷にエコバッグ、そしてレジ袋の束。
元をただせば俺が用意した物ではあるのだが、セリフィアの要望で準備し、預けていた品だ。
ちゃんと、沢山の魔石を持ち変える準備だけはしていたのだ。
ちなみに、風呂敷は俺のこだわりでラインナップにいれた。
畳めばコンパクト。
包めば大容量。
日本の知恵、そして文化よ。
風呂敷伝道師として、セリフィアに日本文化を布教しよう! ってね。
まぁ、思いつきで入れただけだから、レジ袋束の方がコンパクトだったよ……これが時代か。
――そんなことを思いつつ、風呂敷を広げ、自分たち用に持ち変える魔石を、ちょっとしたパズル感覚で配置を楽しみながら並べて包み、風呂敷を背負って結ぶ。
九重さんたちに渡すお土産用については、エコバッグと大量のレジ袋に入れて、俺が『道具』から『槍の柄材』を召喚し、そこにひっかけてカグヤ達にも持ってもらう。
なお『槍の柄材』は、ゲーム内のイベント用アイテムとして収集させられ、イベント以外で使うことのない死に道具だ。
もちろん俺は自分の限界まで持つ。
なんせ原価0円のお土産だ。俺に損はない。
沢山持ち帰えれば持ち帰るだけ、得な気がするのだ。
……こういう貧乏性は、これまでの生活で俺に培われてしまったものだから、これから先も抜けることはないんだろうな。
……護衛役として来てる神代さんにも手伝ってもらおうかな?
だって九重さんの護衛はセリフィアが出来るし……。
帰り道の敵を倒すのはルミナに任せるつもりだし……
そもそも貴方達にあげるお土産なんだし……
……手伝ってくれないかなぁ……俺からは言えないけどさぁ。
すこしだけ『察して欲しいなぁ……』的な目で見ていたのを察した神代さんも、魔石の入ったレジ袋をひっかけた槍の柄材を一本、持ってくれた。
流石に俺も、お仕事真っ最中の九重さんにまでは持てとは言えない。
――いや、神代さんもお仕事真っ最中ではあるけど、そのお仕事はセリフィアがやるから。うん。
そんなこんなで出来る限りの荷物を持ってダンジョン脱出開始。
俺、カグヤ、ミレイユ、カリーナが運搬メイン。
神代さんも手伝ってくれたおかげで、頭サイズは全部持てたし、隙間に拳サイズや欠片も、詰められるだけ詰め込めている。
九重さんの護衛と案内はセリフィアに任せてあるので、運搬班は最後尾で後に続く。
ちなみにセリフィアも1本、荷物棒を持っている。運搬班は全員2本体制だ。
そして、まだダンジョン内なので当然、敵もいる。
帰り道の敵の排除はルミナに一任。
ルミナの戦闘は、お土産のためということで九重さんにも了承は得た。
試験は俺の戦闘力と対応力を見るってことだったと思うし、戦闘力はみせたし、対応力の一環だ。うん。
別にゴリ押しはしてない! ……忖度はしてもらったかもしれないが!
というわけでルミナは敵の排除という仕事上、荷物は持っていない。
俺たちだけなら無視しても、ほぼダメージを食らわないけど、試験官のお二方の安全は今回の本題だから大事なことだ。
なぜ、ルミナが敵の排除担当にしたかというと、水着衣装の時は『夏色パラソルのわーる』という名の『剣』が専用武器だったが、衣装違いの通常バージョンでは『弓』が持ち武器だからだ。
そう、弓。
専用武器は『黒蝶ノ葬弓』――
非常に中二感溢れる雰囲気の弓ではあるが、ゴスロリ美少女には合っていて、とても良い。
まさに見敵必殺。
ステータスだけ見ると水着バージョンの方が限界突破してて強力だけど、初期バージョンでもレベルはマックスだから、3級ダンジョンでは十分すぎるステータス。
弓を構えて引くと、黒い矢が勝手浮かび上がって飛んでいくんだから格好良い。
時々、矢の軌跡に黒い蝶々が一瞬現れる気がして、それも格好良い。
あまりに簡単に倒していく様は、見ていて気持ちが良い。
……なんだかオッサンまで中二に目覚めてしまいそうな気がしないでもないほど、スコスコ敵を倒していく。
九重さんもルミナを撮影しているし、それくらいには絵になる。
美少女って何してても絵になるから美少女なんだな。
なんだかボス戦までの俺の活躍が霞む気がしないでもないが……
まぁ、オッサンと美少女、どっちが映えるかと言われれば、端から勝負になっていないことくらい分かっている。大人しく、ただのポーターと化し、出口まで歩むのみよ。
とはいえ運搬班では、カグヤやミレイユ、そしてカリーナが荷物を持ちながらも、いちいち俺の世話を焼こうとしてくるので、中々、これはこれで幸せな時間に思えた。
魔石の重みも、仲間の声も、全部がなんだか心地よく。
今日も、いい日だったなって。そんな気がするのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
ダンジョンの出口を踏み越えた瞬間、九重澪は、肺の奥に溜まっていた空気をようやく吐き出した。
それはため息というより、命が続いていることへの確認。
無法地帯から出て、安全圏に戻ったことへの安堵の息。
当然、ダンジョン内でも殺されるようなことはない。
理屈では分かっていた。
試験対象者は協力的で、従者たちも中村氏の指示に忠実。
私に危害を加える理由など、どこにもない。
――それでも、怖かった。
あの視線。
あの圧。
あの『敵?』という一言に、4人が同時にこちらを見た瞬間。
膝から力が抜け、崩れたのは、演技でも誇張でもない。
本能が、命の危機を叫んでいた。
今、彼らはまだダンジョン内にいる。
私はダンジョンから出て、彼らから離れることができた。
距離を取ることができて、視界に入らなくなり、ようやく解放されたような気がして、初めて安堵できた。
夕暮れ時。
ほのかに温かく感じる太陽の光が、肌に触れる。
風が、頬を撫でる。
それだけで、世界が違って見えた。
「……生きてるな、俺。」
私の隣で神代さんが、脱力したようにしゃがみ込んだ。
それを見た私も無言のまま頷く。
彼も、あの瞬間を思い出しているのだろう。
あの場にいた者にしか分からない共通の体験。
そこに生まれる親近感と、そして、ようやく現実に戻ってきたような感覚。
ただ、彼の手にある魔石。
対象から手伝ってくれたお礼として渡された魔石が、私にやるべきことを思い出させた。
端末を取り出し、操作を始める
まだ少し指先が震えているけれど、もう迷いはない。
「こちら九重。対象の試験に関わる緊急連絡です。資源物流統括室と対応をお願いします。」
まだダンジョンの中にある、彼らが運んだ魔石の価値は、私が見て分かる物だけでも常識外れの規模。
深く息を吸い直し、報告を開始する。
「対象より今回の試験で手に入った、大量の高純度魔石の提供がありました。」
『大量とは、どの程度の量になりますか?』
「頭ほどの大きさの物で40個以上あります。」
一瞬、通信の向こうが静かになった。
理解はできないだろう。
無理もない。
私だって、見ていなければ冗談だと思う。
だが、これは現実だ。
「この後写真データを送ります……私見ですが、個人の規模ではない価値があることだけは確かですので、相応の人員と装備、用意を行ってください。」
通信の向こうが、慌ただしく動き始めるのが分かり、通信を切る。
あの魔石の量と質は、もはや個人の手に余る。
当然ながら、私も手に負えない――




