第55話 試験してもらおうじゃまいか(余裕)
「ほい、ほい、ほいのほいのほい。」
リズムゲームのような軽快さで、連続して襲いかかる敵を交わしながら、袈裟斬りでなぎ倒していく。
『宵断ノ双牙』――いいじゃないか。とても良い。
黒色の刀身って、それだけで、なんでこんなに格好良いのだろうか。
しかも攻撃力全振りのステータスだから、敵がスパンスパン切れていく。
気持ち良すぎて、もはや問題。
天穿ノ太刀も使ってみたかったけど、動画に残るのに、無申請の長物は……ねぇ?
というわけで、短剣。だけど、双牙とかいうだけあっての二刀流。
もう響きだけで……痺れるよね。
二刀流。たまらん。
この武器の説明には『その一閃は、敵の意識を奪い、魂の奥に眠る恐怖を呼び覚ます』なんて書いてあったから、九重さんと神代さんが怖がっちゃわないか心配だったけど――
チラリと後方に目を向ければ、セリフィアが手を振って微笑む以外の反応は無い。
お二方もただ無言で後に続いている。そんな感じだ。
「ま、プロだもんな。変な心配しちゃったかな。」
宵断ノ双牙は刀身――というか刃文から、なんかオーラが漏れてるようなエフェクトがある気がするけど、気のせい気のせい。
振るうと格好良いから気のせいだ。
さて、城攻めダンジョン。
相変わらずのセリフィアの超チート技、ダンジョンスキャンの冴えよ。
敵の隠れ場所も、罠の位置も、ぜんぶ丸わかり。
さっきは槍を持った足軽風カラクリ人形が集団で襲ってきたのを全滅させた。
もう少し進めば、次は獣型モンスターが単騎で襲ってくるはず。
と思ったら予想通り。
牙が目立つ虎が姿を現した。
黒金の縞模様に覆われた巨体。
炎のように揺らめく瞳が、俺を真正面から睨みつけている。
「グゥゥゥッ……ガァァオゥゥゥゥ!」
地を這うような咆哮が、空気を震わせる。
まるで、喉の奥で岩を砕くような重低音で、耳ではなく、腹の底に響くような威圧の咆哮だ。
「おー、よしよしよしよし。おいでおいで。怖くないよ?」
歩みを止めずに、まっすぐ向かっていく。
牙虎が咆哮とともに突進してくる。
「う~ん……これは、やっぱり無理か。ごめんね。」
右手の短剣のみの一閃。
次の瞬間、牙虎の巨体に首元から胸元にかけて、黒銀の軌跡が一筋走り、虎は音もなく崩れ落ちる。
斬撃が鋭すぎて、肉体が反応する前に命が絶たれていた。
「ネコスキ―にネコ科を襲わせるとは……ダンジョン許すまじ。」
最後に控えているだろうダンジョンボスには、思いっきりぶちかましてやろうと心を決めるのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
黒銀の刃が、また一閃。
虎の巨体が、音もなく崩れ落ちる。
その瞬間、2人の気配が揺れた。
九重さんは身体に硬直が走り、神代さんは重心を崩しかけている。
……それも、無理はありません。
こっそりスキャンを行った結果なので確証はないけれど、九重さんの身体能力は、マスターのレベル30前後に相当する程度。
神代さんは、40前後といったところでしょうか。
九重さんは2級ダンジョンの探索者といっても、後方支援や調査任務が主な役割なのでしょう。
単身で、今マスターが倒した虎型モンスターと対峙するのは――正直、厳しいはず。
私は何も言わず、ただ静かに彼らの様子を観察する。
マスターは鼻歌でも口ずさみそうな足取りで、次の敵に向けてと歩みを進め、私たちも、その動きにつられるように、自然と歩き出す。
九重さんが小さく息を吐き、声を潜めて私に問いかけてきた。
「……あの人は、何者……なんですか?」
動いたことで、少しだけ緊張がほぐれたのかもしれない。
けれど、その声音には震えが混じっていた。
彼女の視線は、マスターの背中から一度も離れていない。
「そうですね……その問いに対しては『D6免許の探索者です』としか申し上げられませんが……ご覧の通り、実力はそれ以上ですので、そういう分類で語るのは、あまり意味の無い方とご理解いただければ。」
言葉を選びながら、あえて曖昧に。
でも、どうしても私の声に、ほんの少し熱がこもり始める。
「……あなたもルミナの動画をご覧になったでしょう。ですが、あの力も、あの方あっての力。
私自身、長くご一緒していますが、あの方のすべてを理解できたことは一度もありません。
けれど、理解ができないからこそ、目が離せず、楽しいのですけれども……
あなた達も、力の一端をこれから目の当たりにするでしょう。ですが、それはほんの、ほんの一部に過ぎません。」
九重さんは黙って聞いている。
私は、少しだけ声の調子を変えて続ける。
「ただ、ご安心ください。あの方は――とにかく善良です。
あなた方の社会を好んでいて、そこから逸脱しようなどとは、微塵も考えていません。本当に微塵も。
むしろ、馴染むために……摩擦を避けるために、こうして『試される場』を自ら設けるほどです。
あれほどの力を持ちながら、あなたたちに認められることを望むなんて……でも、それが『あの方』なんです。」
少しだけ威圧を込めて、九重さんの目をこちらへ向ける。
「だから――『あなたたち』は、ただ彼を全力で迎えいれれば良いのです。国宝を扱うように丁重に。
そうすれば、今後最大限の利益を得られることでしょう。」
私は、カメラの向こうでこの映像を見るであろう人々へ、静かに言葉を残す。
九重さんは、何も言わず、ただ、静かに息を呑んだ。
「どのような利益か、具体的な形も今日の最後に見られますので、ご期待くださいね。
さ、どうぞ、私ではなく彼の撮影を続けてください。」
こちらに向いていたレンズが、再びマスターへと向けられるのを確認し、私は護衛役の立場へと戻る。
空気の変化を感じ取った、神代さんが場を和ませようとしたのか口を開いた。
「あの短剣も、力の一端。ということか……これまで見たことが無い、凄まじい剣だ。」
忠告を終え、護衛役として雑談に応える。
「ええ。宵断ノ双牙です。たしか『恐怖を呼び覚ます刃』だったかと。敵の魂に直接、恐怖を刻み込むのだとか――あくまで伝承ですが。」
九重さんは言葉を失い、タブレットを見つめたまま動かない。
その横で、神代さんがぼそりと呟く。
「……俺、必要だったか?」
「正直申し上げれば、不要です。ですが――そちらも色々と事情がおありでしょうから。」
私は微笑む。
その笑みは、きっと彼らには『余裕』に見えたことでしょう。
けれど、本当は――
愉悦だった。
マスターの強さを、誰かが理解しきれずに戸惑う瞬間。
その戸惑いが、やがて畏敬に変わっていく過程。
それを間近で見られることが、私にとっては何よりの喜びだった。
彼らの瞳に浮かぶのは、評価でも、分析でもない。
純粋な、驚愕。
私は再び前を向く。
マスターの背中は、もう次の敵を迎える準備をしていた。
……今日も、いつも以上に素晴らしい戦いが見られそうです。
あぁ、愛しいマスター。
誰よりも近くで、誰よりも長く、誰よりも深く――私は、あなたを見てきた。
そして、これからも見続ける。
あなたが望むなら、世界を敵に回しましょう。
あなたが望まないなら、世界を黙らせてみせます。
あなたが笑ってくれるなら、私はそれだけで生きていける。




