第54話 後方はお任せください
「今ほどお電話いただいた中村ですが――」
流石に黙々と作業していたセリフィアから、そんな言葉が聞こえてきたら……
そりゃあ、こっそり注目しちゃうよね。
俺のケータイ使って電話してるのも、勝手に俺の苗字を名乗っているのも、まぁそんなに大したことじゃない。
むしろ、苗字名乗られて、少し「ウホっ」って謎の声が漏れたのは内緒だ。
なんか妙に嬉しかったわ。
ネコミミミリィにグリグリされ、エチチカリーナに耳元に息を吹きかけられて変な声を漏らしつつも、少しセリフィアに意識を向けていると、なにやら、ゆっくり打合せをしている模様。
ケータイで話しつつPCとタブレットを同時に操作してるし……ポータブル電源とか買っておいて良かった。今度は座り心地の良い椅子かクッションも用意しよう。
そんなセリフィアが気になるとはいえ、やはり美女美少女の集団と遊ぶ誘惑には抗いがたく、俺は遊びながら様子を伺う。
セリフィアはしっかりと丁寧に30分程は話を続けていたように思う。
そして、通話を終えると、こちらを向き、俺が様子を見ていたことをしっかりと察しており、静かに歩み寄ってきて、何を話していたのか、説明を始めるのだった。――
★ ☆ ★ ☆彡
「本日はよろしくお願いいたします。2級ダンジョン探索を行っております九重澪と申します。」
「同じく2級の神代です。よろしくお願いします。」
九重さんは、きっちりと30度の角度で敬礼。
神代さんは、軽く会釈を添えるだけ。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。中村です。いやはや、なにやら私のことで急にお集まりいただくことになったようで、大変申し訳ございません。」
スーツ姿の俺は、しっかりと40度ほど、深めに頭を下げて返礼する。
ペーペーのD6探索者である俺を確認するために、D2免許保持者が二人も来てくれているのだ。
そりゃあ、背筋も伸びるってもんだ。
「中村のサポートを行わせていただいております。セリフィアです。よろしくお願いいたします。この度はお時間をいただきありがとうございます。」
よそ行きの仮面を被ったセリフィアもいる。
マスターではない呼び方が新鮮でたまらないぜ。
さて、セリフィアが同行していることからも察せられると思うが――現在、俺たちは3級ダンジョンの内部にいる。
打ち合わせの結果、試験目的での侵入が特例として許可された。
……とはいえ、セリフィアは探索者免許を持っていない。
無免許の彼女がこの場にいるのは、本来ならあり得ないことだが、セリフィアのことだ。何らかの交渉術を使ったのだろう。詳しい事情を聴かなくても心配ない。
さて、この3級ダンジョン。
通称は――城攻めダンジョン。
人型、獣型のモンスターが豊富に出現し、ダンジョン内の至る所で敵が待ち構えている。
戦闘の危険度は高く、対人・対モンスター戦の試験場として利用されることもある、実戦型のダンジョンだ。
そんな場所で、現地集合。
当然のことながら、俺は先乗りしてセリフィアからスキャン情報を共有してもらっている。
そのおかげで、ダンジョンの内部構造や敵の配置については、ある程度把握済みだ。
「では、ご承知いただいているかとは存じますが、改めて説明をいたします。」
九重さんが、静かに口を開いた。
その声は落ち着いていて、どこか事務的な響きがあるのに不思議と耳に残る。
「本日の試験では、中村さんの戦闘能力――特に、実戦下における判断力と対応力を確認させていただきます。
私たちはあくまで観察者として同行しており、基本的に戦闘には介入いたしません。」
そう言って、九重さんはタブレット端末を軽く操作する。
すると、ドローンが浮かび上がった。
「なお、今回の試験では撮影を行わせていただきます関係上、神代さんは私の護衛を主目的に同行しております。
このダンジョンは危険度が高いため、万が一の際には私も彼も対応いたしますが――その場合、試験は中断となりますので、ご了承ください」
その言葉に、神代さんは何も言わず、腕を組んだまま顎を引いた。
……無言の頷き。雰囲気がある。
しかし、なるほど。
九重さんの恰好は所謂、現代的なバトルスーツ。
アームガードなども装備しているが、どれも綺麗な状態。
対する神代さんは、迷彩柄の各所強化されたジャケットやパンツ。そして自前で溶接を依頼しただろうカスタマイズされ、落としきれない汚れを感じる使い込まれた補強器具の数々。
印象として、九重さんは事務方、神代さんは現場方という雰囲気。
もちろん九重さんもD2免許保持者。かなり戦えるのだろうが、役割の違いがはっきりしている。
そんなことを考えていると、セリフィアが手を上げ、九重さんの反応を見てから口を開いた。
「それは、お二人に敵を近づけないよう守りながら戦えということでしょうか? それとも『危機に陥るな』。どちらの意味でしょう。後者かとは思いますが。」
「ええ。後者です。危機回避のためと意図的に、こちらへ敵を追いやるような状況は別ですが。」
「分かりました。回答をありがとうございます。中村は『いつも通り、ただ敵を倒せば良い』ということですね。」
柔らかく微笑んだ九重さんに、セリフィアも微笑み返す。
……なんか、ちょっと似てるな。この二人。
セリフィアが俺に向き直り、違う笑顔で微笑む。
「マスター。私も念のため、九重さんたちの護衛に回りますので、後方については安心してお任せください――なにがあっても対応いたしますので。」
「お。助かるよ。よろしくね。」
彼女は純白の本を手に、しっかりと頷いた。
そのやり取りを見届けた九重さんが、静かに一歩前に出る。
「それでは、中村さんの準備が整い次第、開始といたしましょう。」
九重さんの言葉に、空気が一段と引き締まる。
セリフィアの笑顔も、九重さんの声も、神代さんの沈黙も――すべてが、試験の始まりを告げていた。
「それじゃあ、すぐに敵と戦い始めますんで……もう武器持っちゃいますね。」
俺はそう言いながら、腰に手を伸ばす。
少しだけ、九重さんと神代さんの方をちらりと見る。
……この2人、大丈夫だよな?
いや、言うて二級ダンジョン探索者だし。
それに、セリフィアが「任せてください」と言ったんだ。問題ないはず。
俺は、事前に召喚し、ベルトに挿しておいた2つの短剣。
『宵断ノ双牙』を手に取る。
黒銀の刃が、静かに空気を裂くような音を立てて、その姿を現した――




