第50話 変動の予兆(3/4)
緩やかにだった動画の拡散も、多くの人の目につき始めた夕方。
少しだけ関係を持った業界にも、波紋は広がり始めていた。
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A-KAGEN株式会社
代表取締役社長 加賀徹
加賀は、社内で定住地と化したソファに沈み込むように座っていた。
昨夜のサーバー調整と、朝から続く外注とのやりとりで、目の奥がじんわり重い。
ノートPCを膝に乗せ、明日のメンテナンス告知文を打ち込んでいると、社内チャットに通知が入った。
[17:12] 社員・佐藤
「社長、ちょっといいですか。ルミナの動画がバズってますよ!」
「……ルミナ? 新衣装のPVかなんか出したっけか? んあ? いや、そもそも新衣裳のキャラじゃねぇだろ。なんだ? なんかバズる要素なんてあったか?」
加賀は眼鏡を押し上げながら、共有されたリンクをクリックする。
動画は、現世に降臨した水着ルミナの可愛さが詰め合わせになっているような内容だった。
再生数は10万回を超えている。
コメント欄は「この子誰!?」「美人すぎる」「エッッッ!」などで埋め尽くされていた。
[17:18] 社長・加賀
「これ、うちの公式チャンネルじゃないな。」
[17:19] 社員・佐藤
「はい。個人投稿です。たぶん、あの問い合わせのヤツです」
佐藤が、ゲームの問い合わせ掲示板の過去ログのスクリーンショットを送ってくる。
ユーザー名:通りすがりのコスプレイヤー
「公式の人に確認したいのですが、ルミナのコスプレして動画配信しても大丈夫ですか?」
エデフロ運営
「個人の範囲であればOKです! 商用利用でなければご自由にどうぞ〜」
「…………ああ、俺だ」
加賀は額を押さえた。
「これ、俺が許可出してるわ。でも、コレ……えぇ? 誰ぇ? めっちゃ可愛いけど……芸能人?」
動画のサムネイルには、寸分の狂いなく完璧に再現されたルミナに扮する女性が映っている。
「……まあ、クオリティ高いし、炎上してないなら……いいか?」
加賀は苦笑しながら、無精髭を撫でる。
だが、次の瞬間、加賀の目が光を取り戻した。
再生数、コメントの熱量、引用RTの伸び――
これはただのバズじゃない。
波だ。風だ。売上の予兆だ。
チャットに一言だけ打ち込んだ。
[17:18] 加賀徹
「バズはバズ。乗るぞ!『エデンフロンティア・ヴァルキリーズ』の売上を伸ばす対応を考えよう!」
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マナ・マテリアルズ株式会社
環七第三支店 営業担当 伊藤誠二
もうそろそろ仕事も終わりの時間が近づき、伊藤は、ゆるりと1日の締め作業を始めかけていた。
頭の片隅では、帰宅途中に立ち寄るスーパーで買うべきもののリストを、忘れないよう気に留めている。
そんな時、全社員宛てのメールが一通届いた。
マナ・マテリアルズでは、要注意探索者や粗悪品、偽物の情報など、定期的に確認依頼が回ってくる。
伊藤はいつものように、すぐに内容を確認した。
メールには画像データが添付されていたが、まずは文面を追う。
丁寧だが、非常に短く、端的で分かり易い。
添付画像の人物について、情報を持っている者は連絡を。
どんな些細な情報でも、不正確な情報でも、心当たりがあれば連絡を――という内容。
「ま、どうせ関係ないだろうけどな。」
そう思いながら画像データを開くと、動画からキャプションされたと思わしき男、そして美少女の写真。
だが、どうにも男に見覚えがある。
「……中村さん? っぽい男だな……なんだ? なにしたんだ? この人。
まさか詐欺師で『まぼろしキノコ』が偽物だったとかじゃないだろうな……」
終業時間はすぐそこだ。
だが、本部からの照会を無視するわけにもいかないし、自分の中で疑念や不安を抱えたまま帰りたくはない。
面倒な気持ちを抑え、さっさと終わらせようと、メールの末尾に記載された担当者――永井・松村という2名の直通番号に電話をかける。
数コールの後、落ち着いた女性の声が応答した。
「はい。探索者対応統括室の永井です。」
「環七第三支店の営業担当、伊藤と申しますー。今ほどのメールの件で連絡いたしました。」
「ご連絡を有難うございます。助かります……それで早速ですが、どのような情報をご存知でしょうか。」
鬼が出るか蛇が出るか……などと思いながらも、口は勝手に動く。
「おそらくですが添付画像の男性。うちの支店で取引中の探索者ではないかと思います。名前は中村大輔さん。
素材の持ち込みは、まだ数回ですが、なかなか高頻度です。
査定も『まぼろしキノコ』を持ち込んだ方ですね……その他にも、色々と未鑑定品をお預かりしています。」
イレギュラーな品物ばかり持ち込んでくるから、少し面倒な客と感じていたりもするが、利益も非常に大きく、成績をくれる有難い客でもある。
「……」
受話器越しに、永井の沈黙が一瞬だけ走る。
「現状、店舗で特に問題行動は確認していませんし、探索者というよりは、社会人らしい、しっかりとした方……という印象なのですが、あの、何かありましたでしょうか?」
その後、静かに言葉が返ってくる。
「詳細を、すぐにまとめて送ってください。
過去の取引履歴、提出された素材の種類、対応した社員の記録も。
それと――明日以降、私がそちらに向かうまでに来店された場合には、絶対に失礼のないように。どんな事情があっても、相手に不信感を与えるような対応は避けてください。」
怒気すら感じる勢い。
ただ事ではない。それだけは分かった。
「……承知しました。あの……いま、中村さんには、独占契約の打診も行っているのですが……」
生かさず殺さず、ゆっくりと、だがしっかり会社に利益を運ぶ働きアリになってもらう契約書であったりもする。
「打診。ですね? 契約書は?」
「契約書はまだ渡してません。提案をしただけです。」
電話の向こうで、永井が安堵の息を吐いたことが分かった。
「……よかった……その件については、もし先方から話が合った場合には、私が担当しますので、これ以上、進めないようにしてください。ここからは慎重に動いてください。」
「……分かりました。取り急ぎ、資料をまとめて送ります。」
「よろしくお願いします。明日からは、私か松村が、そちらの支店に伺うことになると思いますので、よろしくお願いします。」
通話が切られた後、伊藤は深く息を吐いた。
思った以上に大事になっている気がしてならない。
「中村さん……あんた何したんだよ。マジで。」
増えた仕事をこなすべく、PCに向かい、照会を始めるのだった。




