第49話 変動の予兆(2/4)
動画が拡散されてから、まだそんなに時間も経っていない。
だが、D3以上の免許を保持する、探索者の上位層――通称『トップ層』の間でも、すでに静かな波紋が広がり始めていた。
★ ☆ ★ ☆彡
D2免許保持者 神代玲
彼は、2級ダンジョンから生還し、ダンジョンを忘れる為のリフレッシュ休暇中にも関わらず、気が付けば動画を2度も再生していた。
数百のダンジョンを潜り抜けてきた経験が、映像の『異常さ』を、言葉より先に脳に刻み込んでいた。
そして、感じる。
この動画は真実であると。
2級ダンジョンからは、モンスターの中に『超常の力』を使う個体が現れ始める。
だからこそ、ダンジョン内では常識を疑うような現象が起こることも、彼は体験を通して理解していた。
襲い来る火球。
突き上げる石くれ。
天から降る氷柱。
この辺りは、もう慣れた物。普通に対処もできる。
真空の刃。
跳ねる光矢。
迸る雷閃。
絡みつく砂の鎖
纏わりつく毒霧
これらを使ってくる敵は、できる限り相手にしたくない。
だが――水着の美少女が行った『それ』は、神代の知る、どの超常現象とも違った。
これまで相手にしたくないと思っていた超常現象ですら、彼女の起こした超常現象と比較すれば『下の下』と感じてしまう。
常識の埒外にある超常現象を手足のように使う、この水着の女は、いったい何者なのか。
ただ、ただ悪寒を感じながら、嘘である証拠を探すように、神代は三度目の再生を始めるのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
D3免許保持者 御影迅(本名:田中保流)
再生ボタンを押したのは、昼飯のついでだった。
トレンド欄に流れてきたバズり動画――動画配信系探索者の界隈では、よくある話。
どうせ、演出か、編集。あるいは運だけの一発屋。
御影迅は、そう思いながらソファに体を沈めた。
画面の中で、水着の女がスケルトンを連続で屠る。
動きの滑らかさ。美少女という映え。
確かに動画としての価値は悪くはない。
「ふーん……まあ、そこそこってとこか。」
だが、御影の目には、どこか『浅い』と映った。
鼻で笑いながら、次の動画へ。
中年男が、罠を使って敵を処理する。
その手際は、確かに鮮やか。
だが、御影に言わせれば――
「罠頼りって時点で、力が無い証拠だろ。」
そして、例の『魔人の腕』動画。
黒い水着の少女が、魔法陣の中心に立ち、空間を歪ませ、敵を玉座ごと叩き潰す。
御影は、眉をひそめた。
だが、すぐに表情を戻し、大きく飽きれ、深い溜息をつく。
「やり過ぎだろ素人がよ……よくできちゃいるが、CGか編集だろ。
ダンジョンのことを、なんも知らねぇんだな……こうなると本当にダンジョンに潜ってるかも怪しいな。セットじゃねぇの?
あんなもん、本物だったら、俺はとっくに死んでるっつーの。」
そう言いながらも、彼は動画を再び再生する。
再生するたびに、心の奥で何かが軋んだ気がした。
だが、それを認めることは、彼のプライドが許さなかった。
「ま、どっちにしろ――俺の方が上だ」
そう呟いて、御影は自分の最新動画を開く。
再生数は、数千。
コメント欄には、称賛だけでなく小バカにしたような表現も見て取れる。
「チッ! 次の投稿は、もっと派手にいく……『本物』ってのは、見せ方が命だからな!」
彼の指は、編集アプリを起動していた。
★ ☆ ★ ☆彡
鷹司アーカイブス株式会社
代表取締役CEO D1免許保持者
鷹司詩乃
午後の陽が、障子越しに柔らかく差し込んでいた。
香木の香りがほのかに漂う応接室。
漆塗りの卓上には、湯気の立つ玉露と季節の和菓子。
美しい姿勢で座る女性は、静かに茶器を手に取り、口元を湿らせる。
鷹司詩乃――
名門・鷹司家の令嬢にして、D1免許を持つ現役探索者。
そして、鷹司アーカイブス株式会社の代表取締役CEO。
年齢は公にはされていないが、落ち着いた物腰と凛とした佇まい。
その一挙手一投足に、見た目の若さに関わらず『完成された美』が宿っていた。
艶やかな黒髪は、肩のあたりで緩やかに流れ、深い藍色の着物は、控えめながらも上質な絹の光沢を放つ。
彼女に視線を向けられた者は、思わず背筋を正してしまうほどだった。
書類を手に取り、目を通しながら、静かに口を開く。
「……それで?」
彼女の声は、驚くほど柔らかく、よく通った。
「詩乃様、先ほどの動画の件ですが、解析班から『本物の可能性が高い』との報告が上がっております。ご確認だけお願いできますでしょうか。」
詩乃は、さしたる興味もなさそうに頷き、タブレットを受け取った。
慣れた様子で画面に指を滑らせ、再生ボタンを押す。
中年男性が戦う動画。
水着姿の少女が愛想を振りまきつつ戦う姿。
スケルトンを瞬時に屠る武力。
少女による未知の大規模攻撃。
詩乃は、眉ひとつ動かさず、一連の再生を終える。
「……確かに、目を引く動画ね。
でも、解析結果が一度出ただけで確定するのは早計では? もう一度、別班で再検証を。」
「かしこまりました。再度、別班で解析いたします……対象者の身元について、調査を進めておきますか?」
「保留。現時点では不要よ。
ただし、再解析でも『本物』と出た場合には、まず御爺様にご報告を。」
詩乃は、タブレットを秘書へ返し、静かに立ち上がる。
書架の前で一瞬だけ思案し、秘書に言った。
「もし本物であれば、御爺様の報告に『本件での私の扱いは全てお任せいたします』そう付け加えておいて。」
「承知しました。詩乃様」
「……余計な騒ぎが起きないことを祈るわ。」
彼女は席へ戻り、何事もなかったかのように資料に目を通し始めた。




