第48話 変動の予兆(1/4)
その動画が公開されたのは、平日の午後だった。
それは、ただの一投稿に過ぎないはず――だった。
再生数が伸び始めたのは、投稿から十数分後。
コメント欄がざわつき始めたのは、そのさらに数分後。
そして、その頃から、社会の深層が静かに軋み始めていた。
★ ☆ ★ ☆彡
超常資源庁 第七特定資源群分析室 第三解析課
職員・佐伯理央
彼女がその動画を見たのは、昼休憩の終わり際。
公私に渡ってダンジョン関連の動画を視聴している彼女に、動画サイトのレコメンデーションシステムが提案した一本。
ただの、よくある投稿動画のひとつ――のはずだった。
だが、それは彼女にとって普通の動画ではなかった。
「……これ……要調査対象だよね?」
佐伯が担当していた案件のひとつに、超常資源採取特別区第10級関東281号――通称「砂浜部活動ダンジョン」に現れたイレギュラーモンスターに関する調査があった。
未知のモンスター。
未知の探索者。
イレギュラーずくめの案件だった。
ダンジョンに出現するモンスターは、死後の消化が早い。
5分で蒸発するものもあれば、地上と同じように腐敗していくものもある。
部活動ダンジョンは、場所により差はあるが、1〜2時間で消化が始まるタイプ。
件のイレギュラーモンスターも、調査員が到着した時点で既に消化済み。残骸の回収は叶わなかった。
探索者の方も、要注意リストには該当なし。
どう転んでも『お蔵入り』となる可能性が高い案件となった『部活動ダンジョン イレギュラーモンスター単独撃破事件』。
世間を騒がせた割に、関わったところで成果を得られない案件と判断した上が、経験だけは得られると、新人の彼女に回した。そんな案件だった。
彼女は他の雑務に追われながらも、生来の真面目さで、しっかりと調査を行い、無駄とは思いつつも一縷の望みを持って現地調査まで行った。
だが、成果は得られない。
次に着手したのは、撃破者の身元調査。
当日のダンジョンの出入り名簿を作成し、年齢が近そうな人に連絡を取り、聞き取り調査も行った。
当然ながら、有益な情報は何も得られない。
撃破した女性は、出入りの登録がされていない不審人物であると結論付け、佐伯は次に、同行していた中年男性に着目し、年齢層を絞り終え、近々連絡を取り始める予定だった。
そんな折に、目に留まった動画。
不審人物と、恐らく同行者であったであろう中年男性の動画。
昼休憩が終わっても、事件に対する大きなヒントのように感じた彼女は、動画を止めることはできなかった。
投稿者の詳細を確認すると、動画の他に、ショート動画もいくつか投稿されている。
最近、配信者として登録されたばかりのようで、動画投稿数は少なく、動画投稿日は全て今日の日付。
佐伯は、すぐに情報が短時間で得られるショート動画を選び、内容を確認し始める。
・中年男性が、軽快に罠を使って敵を倒す動画。
・美少女が、可愛さを見せつけながらスケルトンを連続撃破する動画。
・スイートポテトを「あら、おいし」と食べる動画。
・水着姿を扇情的に魅せる動画。
・中年男性が、いとも容易くスケルトンを屠る動画。
よくあると言えば、よくある。
投稿者を『すごい』と思わせることに注力した動画群。
だが、それ以降は一線を画していた。
男性の胸元につけられたカメラの映像らしき、四方八方から襲い来るスケルトンを連続で屠り続ける動画。
その様子を、少し離れた位置から撮影している別視点の動画。
中年男性が、人知を超えた動きでスケルトンの大軍を切り裂き、滅する動画。
美少女が、一際恐ろしいスケルトンの攻撃を、いとも簡単に捌く動画。
そして――
「……なによ……これは。」
黒い水着姿の美少女が、魔法陣の中心に立っているサムネイル。
再生した瞬間、佐伯の背筋が凍った。
画面の中で、少女は暗黒の海の上に浮かび、
魔人の腕が敵を玉座ごと叩き潰す。
佐伯は、椅子から立ち上がっていた。
これは現実ではない。
現実に、あってはいけない。
フェイクだ。フェイク動画だ――そう思いたかった。
慌てて端末を操作し、『部活動ダンジョン イレギュラーモンスター単独撃破事件』の資料を呼び出す。
表示された遠目の写真と、動画の人物を見比べる。
髪色
水着
背格好
そして攻撃力。
一致していた。
佐伯は、上司の中園課長のデスクへ向かい、声をかける。
「課長……例のイレギュラーの件ですが、該当者を見つけたかもしれません。
ただ……私には、誤情報としか思えなくて……確認をお願いできませんか?」
中園が眉をひそめる。
佐伯はスマホを差し出した。
「どういうことだ? ……まぁ確認すれば良いだけなら確認するが。このショート動画かい?」
「はい。とにかく見てください。」
動画を見始めた中園の眉間の皺は、時間とともに深くなっていった。
再生が終わると、スマホを返し、大きなため息を一つつく。
「……まずはファクトチェックだ。動画の情報を映像解析課に回してくれ。」
「はい。分かりました。」
「君は……まず本編動画を確認して、情報収集。この人物たちが出入りしたダンジョンの確認と、その出入記録を洗って、実在するか裏をとってくれ。」
佐伯は頷き、動き出す。
けれど、心の中では、別の感情が渦巻いていた。
この人たちは、誰なんだ。
どうして、こんな力を持っている。
同じ人間とは思えない。
そして、もう一つ。
もし、この人たちが敵対したら。
この国はどうなるのだろうか――




