第47話 るみなすごい
スケルトンダンジョンの最後の間――
そこは、ルミナがスキルをぶっ放す場所。
俺たちの方針が決まったので、迷うことなくダンジョンを攻略してゆく。
なにせ、セリフィアのダンジョンスキャンと、俺たちの圧倒的ステータスという強みがある。
スケルトンなんて、最初から敵ではない。
本気で進行を始めてしまえば、玉座の間などあっという間に辿り着く。
道中の敵は、ルミナの一撃で粉砕され、セリフィアのスキャンで罠も無効。
だから俺は、ただカメラを構えていればいい。
撮影は、もちろん行っている。
だが、どちらかと言えば――俺が好きにルミナを撮っているだけ。
まったく知識のない俺が、気の向くままにカメラを回しても、素材が超一級品の美少女で、しかもいちいち愛嬌を振りまいてくれるのだ。
こんなの、どうやっても良い映像が撮れてしまう。
ほんと、かわいい。
ウィンク、両手でハート、振り返り笑顔。
どれも自然で、どれも絵になる。
ルミナこそ、編集いらずの神素材。
俺のキャメラマン魂が吠え始めた頃、気が付けば――
両開きの巨大扉に閉じられた玉座の間へ辿り着いていた。
扉には、豪華な紋章が彫刻されている。
王権の象徴か、あるいはこのダンジョンの主の印か。
それだけで、歴史的な価値がありそうに見える。
物語のクライマックスを飾るに相応しい装飾。
あまりに出来と質の良い扉に感心し、つい好奇心丸出しで撮影してしまう。
意外と、こういうのに興味を惹かれてしまったりするのも、中年の性なのだろうか。
俺が撮影に満足するのを、ただ、待ってくれている二人に気が付き、申し訳なさを感じながら口を開く。
「よし、それじゃあルミナ、この先の敵はお任せするね。思い切りぶちかましてやってくれ!」
「お任せくださいな。私の今できる全力をお見せいたしますわ!」
ルミナが扉の前へと移動する。
両開きの扉に手を掛ける――が、動きを止めて、くるりと振り返る。
「ご主人様、せっかくですし、この扉……一緒に開けませんか?」
「お? うん、分かった! 手伝うよ!」
よく分からんが、美少女に頼まれることは全てやるに限る。
そして、ちょっとこんなファンタジーな扉、開けてみたかったんだ。
ルミナの隣に立ち、扉に手を添える。
「うふふ……共同作業ですねぇご主人様。」
「そうだねぇ!」
言われてから気付いた。
アレか? もしや、ケーキ入刀の如くなのか?
ギギギギ……と、鈍い音を立てて扉が動き出す。
埃が舞い、冷たい空気が流れ込んでくる。
そして――玉座の間の先。
石造りの広間の奥に、玉座があった。
その玉座に、一体の骨が鎮座している。
王冠を戴き、動かぬまま、こちらを見下ろしているような気配。
空気が、変わった。
扉がひとりでに閉じる音が、玉座の間に響く。
その瞬間、奥で鎮座していたスケルトンキングの眼窩に、赤い光が灯った。
俺たちを睨みつけるように、空気が張り詰める。
さぁ、おあつらえ向き。
圧倒的な強者感を演出する骨の王。
ここからは――ルミナの独壇場だ。
「さて、それでは少し遊んであげましょう。」
俺の持つカメラに蠱惑的な笑みを残し、単身スケルトンキングへ歩み始める。
俺は距離を取りながら、映像を狙う。
このルミナの雄姿を逃すわけにはいかない。
王冠を戴き、朽ちたマントを纏い、スケルトンキングは動かぬまま沈黙していた。
ただ、その赤い眼光でルミナを睨む。
だが、ルミナは王の眼光など気にもかけない。
不遜に、ただ、まっすぐと進んでゆく。
そして、ふと立ち止まり、軽く首を傾げた。
「ふぅん? ゴミも着飾れば、ちょっとマシなゴミになりますのね。」
カツン。
乾いた音が響く。
玉座の肘掛けから、骨の指が離れた音。
次の瞬間、王の頭部がギギギ……と軋むように動き、ルミナを正面から見据えた。
空洞の眼窩に赤黒の光が灯り、その光が玉座の間全体に広がり、壁の紋章が一斉に発光。
まるで、空間そのものが王の意志に支配されているかのようだった。
スケルトンキングは、ゆっくりと立ち上がる。
骨の関節が軋み、マントが風もないのに揺れる。
そして――王が、右手を掲げた。
その手に現れるは、無数の魂が刻まれたような模様が浮かぶ、黒鉄の大剣。
スケルトンキングが、声の無い雄叫びを上げ、死者の咆哮と共に噴き出すオーラ。
その姿は、まさに死の王。
そして、瞬間移動のようにルミナの前に現れ、振るわれた黒鉄の大剣
「でも、所詮ゴミはゴミなのよね。」
ルミナは、刃先を指でつまんで止める。
そのまま、鬱陶しそうに大剣を投げ捨てた。
スケルトンキングは、一瞬呆ける。
奪われたことすら理解できず、停止する。
だがすぐに、声なき咆哮を上げ、手元に黒鉄の大剣を再構築し、連続で斬りかかる。
「新しい遊びかしら? もう少しだけ、付き合ってあげましょう。」
ルミナは、その斬撃をすべて軽く摘んで止める。
指先で刃を受け止めるたび、スケルトンキングがわずかに後退する。
まるで操り人形を操るように、ルミナは王を少しずつ後ろへと追いやっていく。
摘んでは、離させ、摘んでは、戻させ――その繰り返しの中で、王は玉座へと導かれていく。
「ダメージを与えないように気を使うのも大変ね。ほら、そこへお座り。」
スケルトンキングは、玉座に座らされていた。
次の瞬間、ルミナの姿は玉座から離れた場所に現れる。
広間の中心に立ち、振り返ることなく、静かに言い放つ。
「そこで大人しく御覧なさい。私の闇――黒の力と美しさを。」
ルミナの足元に、暗黒色の魔法陣が一気に広がり、円環が回転し、黒と金の粒子が舞う。
魔法陣から吹き出す風と圧が、ルミナの髪と身体を浮かせる。
水着姿の彼女が、闇の中心で舞う華のように、静かに浮かぶ。
やがて魔法陣の内部が、暗闇の海のようにうねり始め、波紋が広がり、空間が揺れる。
「さぁ、闇よ、満ちて溢れよ――冥き波の終焉」
ルミナの足元から広がった暗黒の海の中心から、何かが――『腕』のようなものが、ゆっくりと姿を現した。
それは、魔人の腕だった。
黒く、巨大で、禍々しく、まるでこの世の理を否定するかのような存在感。
海の闇を凝縮したようなその腕が、渦を巻きながら天井に届くほどの高さまで伸び上がる。
スケルトンキングが、玉座から立ち上がろうとする。
だが、遅い。
魔人の腕が、空間ごと叩き潰すように振り下ろされていた。
_人人人人人人_
> 1億 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
スケルトンキングは玉座ごと叩き潰された。
骨は砕け、マントは裂け、ひしゃげた王冠が宙を舞う。
――だが、まだ終わらない。
砕け散った頭骨へ向けて、もう一撃。
容赦なく振り下ろされる。
_人人人人人人_
> 1億 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
――渦は静かに収束し、暗黒の海も消えていく。
ルミナの足元に残る魔法陣の残光も、やがて静かに消えた。
「……ふぅ。こんなものでしょうか。いかがでしたご主人様。」
「……お…ぉん。」
理解の及ばない何かを目にした。
そんな気がして、頭の整理がつかない。
ルミナの攻撃の痕跡を眺めてみる。
砕け散って、跡形もなくなるどころか、クレーターとなった玉座。
ボロキレどころか端切れと化したスケルトンキングのマント。
そして、王冠の欠片らしきものの残骸。
_人人人人人人_
> 2億 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
俺の目に、王冠の残骸らしき物のそばで、トータルダメージエフェクトが見えた。
そうか。
おまえ。
骨粉も残らなかったのか。
「るみなすごい」




