第45話 これは不人気ダンジョン
ダンジョンに宝箱。
これほど胸躍るシチュエーションも、そうそうないだろう。
「あら~……」
「まただな~……」
口元を手で押さえるルミナと、落胆する俺。
宝箱がモンスター! ――などということもなく、不思議と物は入っている。
俺は中に入っていた『錆びた短剣』を指先でつまみ上げる。
手が汚れそうなので、なるべく触れないように。
「ハズレですね。ご主人様。」
「だねぇ……本当にハズレしか出ないんだなぁ、このダンジョン。」
3つ目となる宝箱に入っていたのは、どれもスケルトンが使っていそうな武器や防具ばかり。
錆びた短剣を一通り眺めてから、そのまま捨てる。
『錆びた』ということは、錆びる金属でしかない。
セリフィアの見立てでも、ほぼ鉄。珍しい金属は使われていないとのことだった。
鉄は重い。
リアルの意味で『荷が重い』になるので、荷物として持ち帰るより、置いていく方が合理的だ。
ダンジョン産という付加価値こそあるが、ただの鉄にその価値が加わっても、大きく変わりはしない。
現代日本において、お宝にはなり得ない物なのだ。
――これが、このダンジョンが不人気な理由。
罠と敵だらけの碁盤目状の通路を抜けると、宝箱が出るようになる。
だが、その宝箱の中身は、ほとんどが鉄製の武器防具。
探索者には選択肢があり、ダンジョンを探索するということは自分の命を懸けることになる以上、ハズレと称されるダンジョンが選ばれることはない。
危険なのに金にもならない。
そんなダンジョンだからこそ、俺が安心して撮影できるダンジョンとも言えるのだが。
「ま、俺たちの本命は宝箱じゃなくて、ダンジョンの攻略だからね。」
「そうですね。」
とはいえ、残念な物は残念なので、言い訳を言葉にして残念さを隠しておく。
「今の所、このダンジョンは、この先の『大広間』までしか進んだ人がいないって話だから、俺たちが攻略に一番乗りだ。」
「ご主人様。1番乗りには、何か良い事があるんでしょうか?」
「う~ん……公式の情報には何もないんだよねぇ。でも、噂だとレアなアイテムが発見できるとか、レアな敵がいるとか、なんかそんな噂はあったよ。」
「なるほど。噂が嘘でも真実でも、それを動画として撮れるというのは、とても良いですね。」
「だよね。」
なんだかんだ、もう3時間程度は進み続けている。
セリフィアのマップ情報もあり、普通の探索者であれば丸1日かけて進んだ程度の進行状況なのではないだろうか。
――このダンジョンで、一番進んで生還した探索者は、大広間に無数の骨が散らばってるのを確認して、退却の判断をしたという話だ。
そしてセリフィアの情報によれば、俺たちが次に辿り着くのは、その『大広間』だ。
ちなみにセリフィアは、動画のリアクションを考えてネタバレを避けるように、情報を小出しにして楽しませてくれている。
本当に、よくできた娘である。
「おやつ持ってきてるから、ちょっと休憩にしようか。ルミナは宝箱にでも座って。」
ルミナに閉めた宝箱の上に座るよう促し、持ってきたリュックから紅茶のペットボトルと、軽食のおにぎり、個包装されたスイートポテトを取り出して渡す。
自分用も取りだし、同じ物をセリフィアにも、こっそり渡して小休憩。
ルミナの正面の地面に座って個包装を破って、かじりつく。
視線の先には丁度よい下アングルからのビキニ美少女の姿。
薄着の美少女を眺めながら食べるおにぎりは、いつもの5倍くらいうまい気がする。
「あら、おいし。」
ルミナが小さなお口で、ちょこちょこと食べている姿も愛らしい。
最初にスイートポテトから食べちゃうところも、またいいじゃないか。可愛い。
なんか、こういう『おやつタイム』も動画の需要がある気がしてきた。
毎回おやつタイムも設けたりしたら、その内メーカーさんからスポンサーや、おやつ提供の話が来たりするのもあるんじゃないだろうか。
「うふふ。ご主人様と食べると、なんでも美味しくなりますわ。」
「うん! おいしいね!」
ルミナに応えて声を出したが……『オッサンの声が邪魔』というコメントが入る気がした。
自分でも、そう感じたので、黙っておやつを食すのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
閉じられた大きな扉の前に立つ。
石造りの壁に埋め込まれた、重厚な両開きの扉。
意味深な金属の装飾が施されているが、錆びと傷が目立ち、長い年月の重みを感じさせる。
「ここが恐らく、これまでの探索の限界地点とされている場所なのでしょう……ご主人様が、その限界を更新される姿を、刮目してご覧なさい。」
俺の後ろで、ルミナの声が響く。
セリフィアの提案で、今回の撮影はルミナが担当している。
カメラ越しに、実況と演出を兼ねた語り口だ。
実はセリフィアから大広間内部について既にネタバレ情報をもらっている俺たち。
大広間の対策は、ちょうど俺が適任で任されているのだ。
「それでは、大広間に突入したいと思います。」
一度振り返り、ルミナ越しに視聴者へ言葉を残す。
ボディカメラの撮影状態を確認し、大広間の重厚な扉に両手を添える。
ギギギギ……と、鈍い音を立てて扉が動き出し、奥から冷たい空気が流れ込み、肌を撫でてゆく。
真っ暗な大広間に、開いた扉から光が差し込み、少しずつ大広間が姿を現し始める。
一歩、足を踏み入れた瞬間。
大広間の壁に並ぶ燭台が、順に勢いよく明かりを灯し始め、白から金色へと揺らめく炎が、空間を照らし出す様は、まるで来訪者を歓迎する儀式のよう。
明かりに照らされ、広間の全容が明らかになった。
天井は高く、柱は太く、そして床に無数の骨が散らばっている。
前の探索者たちは、この光景を見て、これ以上進むのは無理だと判断し、引き返したのだろう。
それも当然だ。
進めば、無数の骨が動き出すだろうことが、容易に想像できてしまう。
俺は、そのまま大広間を――一切、気にすることなく足を進めてゆく。
それなりに進んだところで、背後から大きな音が響いた。
ゆっくりと振り返ると、扉のあった箇所に鉄格子が下りてきている。
ルミナが大広間に入っていることから、全員が大広間に入ったことで、逃げ場を無くすギミックが作動したのだろう。
ルミナは状況を分かり易く撮影してくれているし、セリフィアは俺とルミナのカメラの死角になるよう、柱にうまく身を隠している。さすせり。
そして、床に散らばっていた無数の骨が――カロカロカロ……と、一斉に鳴き始めた。
乾いた音が連鎖し、壁に反響し、天井に跳ね返る。
骨の軋みが、まるで打楽器の重奏のように空間全体を満たしていく。
カラカラ、ゴロゴロ、カロカロカロ……
音の波が広がるたびに、骨が組み上がり、形を持ち始める。
スケルトンのモンスターハウス。
この大広間に最も適した表現だろう。
さっきまでの静寂は、もうなかった――
スケルトンの群れが、四方八方から迫ってくる。
武器を振りかざし、骨を軋ませながら、俺を囲むように動きだす。
俺の目的は――全体攻撃。
三太ドライブの発動だ。
ゲーム上では、対象は最大5体。
それ以上の敵に発動できるかは不明だった。
だが、俺は『できる』と、どこか確信めいたモノを感じている。
ただ、まだ今は、その時じゃない。
俺の内心に構わず襲い掛かってくるスケルトンたち。
俺は装備の力で、圧倒的な戦力を持っている。
だから、仮に発動できなかったとしても、時間さえかければ倒すことはできる。
放たれた剣の軌道を見切り、回避ざまに短剣で首の骨を断ち切る。
1体。
遮二無二突っ込んでくるスケルトンに裏拳を放ち、頭蓋を叩き割る。
2体。
背後から迫る槍の気配を感じ、反転と同時に鎧ごと切り裂く。
3体。
その勢いのまま、近くに居たスケルトンに回し蹴り。
他のスケルトンを巻き込むように蹴り飛ばす。
4体、5体、6体。
一旦、自分の周りの空間が開ける。
だが、スケルトンはまだまだ襲い掛かってくる。
全体攻撃の感覚も、まだ感じられない。
切り裂き。
7体。
殴り壊し。
8体。
投げ飛ばして、頭蓋を踏み砕き。
9体。
そしてまた、切り飛ばし。
10体。
――その時だった。
身体が温まり、動きが研ぎ澄まされていくと、
あの『ピン』とくる感覚が、脳内に走った。
自分の動き、攻撃の流れ、
すべてが明確にイメージできる。
ルミナに迫る敵も、セリフィアを狙う敵も――この大広間にいる全てのスケルトンが、俺の攻撃範囲に入った。
やれるとは思っていた。
だは、それが確信に変わった瞬間。
喜びで俺のテンションが振り切れる。
「いくぞっ! 必殺っ!」
短剣を逆手に構え直し、吠える。
「三太ドライブっ!」
爆ぜるように俺の身体が動き出す。
竜巻となった斬撃が、全てのスケルトンを飲み込んだ。




