第43話 きゃあこわーい☆
階段を一段、また一段と下りていく度に、空気が変わっていくのを感じる。
下りる前の空気とは違う。冷たいのに、乾いていない。
今回のダンジョンで出てくるモンスターは、いわゆるアンデッド。
そんなアンデッドが『いかにも合いそう』という不気味な空気が、じわじわと漂ってくる。
そんな不穏な気配を、まーったく気にする様子もなく、先へ先へと進んでゆくルミナ。
一切の不安なく軽やかに進んでゆく姿に、少し安心感を覚えつつ、ちゃんと撮影できているかボディカメラを確認する。
今回、このボディカメラが動画のメインの視点だ。
セリフィアが手持ちのカメラを回していて、俺やルミナを撮影しているが、基本的に2人同時の絵は撮らないように打合せ済み。
というのも、俺とルミナが同時に動画に映ってしまった場合、2人以外にカメラマンが存在していることがバレて、少し面倒だからだ。
最初の挨拶動画は三脚かなにかで固定していたんだろうと勝手に解釈してくれるだろうが、カメラが動いていると、そうは思ってくれない。
今回挑むのは4級ダンジョン。
ダンジョンに入る為にはD6免許を持っていなければならない。
つまり、この場にいるセリフィアとルミナは、無免許でダンジョンに侵入していることになる。
ルミナ一人なら『謎の強者ワンパン水着ネキ』ということで誤魔化しようがあるが、無免許が2人となると、さすがに誤魔化すハードルが上がってしまう。
だから今回は、セリフィアは黒子に徹し、俺が映る映像はルミナが撮影。ルミナが映る映像は俺が撮影しているような雰囲気に、後から編集をして、2人だけで突入している動画として公開する予定だ。
そんなことを考えながら、だんだんと薄暗くなっていく階段を下り終える。
後に続いていたセリフィアも階段を下りた瞬間――ふっと、壁際の燭台に火が灯った。
まるで、俺たちの到着を待っていたかのように灯った光は、白と金の中間のような、柔らかな色。
炎は揺らがず、静かにそこに在る。
「この光は……助かるな。綺麗な映像が撮れそうだ。」
「ご主人様。ちゃんと撮れてますか? 私、可愛く映ってます?」
カメラに向かってウィンクとピースをするルミナ。
「うん! かわいいっ!」
「うふふ。」
茶目っ気溢れる笑顔! きゃわいいっ!
「撮影には、ちょうど良い明るさですね……魔力干渉解析――あぁ……なるほど。」
セリフィアが、燭台の炎を見つめながら呟き、おなじみのスキャンで、ダンジョンを解析する。
「この左の壁が隠し扉ですが、攻略すると、ここに繋がって帰ってこられるタイプですので今は無視しましょう。」
ダンジョンの隠された情報まで、あっという間に丸裸。
セリフィアのスキャンは、ダンジョンには欠かせないんだよなぁ。
「20メートルほど進むとスケルトンが出てきますので、これはルミナさんに倒してもらいましょう。」
「ルミナの専用装備は無くて良かったよね。」
「はい。ステータスは現状でも十分に過剰ですので。」
ちなみにルミナの専用装備は『夏色パラソルのわーる』だ。
夏色のくせに黒。一体どっちやねん! と、少し気になっていたりする。
ただ、やはりインフレ進んだキャラの武器なので、装備しようものなら過剰に過剰を足すことに。それはもう、どうしようもない。
「それでは進行しましょうか。」
セリフィアの締めは、まるで編集点を作ったようだったので、それに従い、ダンジョンでルミナと2人きりの雰囲気に戻す。
「いやぁ、なんとも雰囲気あるねぇ……ルミナ。進もうか。」
「そうですね。少し怖いですわぁ……ご主人様ぁ」
きゃっ☆ と言わんばかりに抱き着いてくるルミナ。
ここまで、『怖い』と感じて無さそうな『怖い』も珍しい。
見事なぶりっ子である。
そして、俺に抱き着いてくるということは、ボディカメラの映像的にも水着ルミナの色々アップが映るから、さぞ『おいしい絵』が撮れていることだろう。
なんだか、自分のやっていることが色々と新鮮に感じられて、どんどん楽しくなってくる。
少し進むと、俺たちの前に、人の骨の残骸が散らばっているのが目に入る。
俺たちの視線に気が付いたのか、床に散らばっていた骨の残骸が、ゆっくりと動き始めた。
カラリ……カラリ……と、乾いた音を立てながら、まるで見えない糸に引かれるように、少しずつ集まり、赤紫の靄がまとわりつき始める。
靄は生き物のように蠢き、骨の隙間をなぞるように絡みつき、靄の色が濃くなるにつれ、骨の動きは加速してゆく。
肋骨が胸郭を形作り、脊椎が滑るように繋がり、腕骨が肩に嵌まり、頭蓋が最後にカチリと音を立てて乗る。
そして――スケルトンは、目の無い窪みで、俺たちを見た。
「おー……」
怖さは、まったく感じない。
まるで質の良い手品を見たような気分で、つい拍手をしてしまう。
拍手をしていると、ルミナがひょこひょこと近寄ってゆく。
「きゃあ、こわーい」
_人人人人人人_
> 15万 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
『やだ、もー』と言わんばかりの平手打ち。
スケルトンの顎が吹き飛ぶ。
顎の骨片が真横に飛び散り、壁に当たって乾いた音を立てた。
頬から下の頭蓋が無くなったスケルトンは、しばらくその場で、こちらを見ているように立っていたが、数秒後。
膝が抜けるように崩れ落ち、肩が砕け、背骨が折れ、最後に頭蓋がコトリと転がっていった。
「あら……質の悪い骨ですこと。ご主人様、ちゃんと撮れてました?」
振り返り、コテンと首を傾げるルミナ。
俺は無言でルミナにウィンクとサムズアップを送るのだった。




