第41話 ぱわー! はらすめんっ!
ビックリするくらい、スッキリしちゃうもんだなぁ……
内心で、自分が持っている嗜虐心のようなものが満たされたことで、さっきまで抱えていた不満が、ほぼ消えていることに少し驚きながら、閉じられている闘技場の門へと向かう。
亡者たちと戦っている最中に、門の向こうが騒がしかった気がしたが、今の様子は落ち着いているように見える。
……まぁ、そりゃどれだけ鉄火場に慣れてようが、混乱くらいはするよね。
俺だって一般人だった頃に、あんな敵が5体も現れる場面を見たら、パニック起こす自信しかない。
今のところ誰もパニックを起こしていないから、観戦客にしても只者ではない人ばかりなのだろう。
静かに足を動かしながら、門の向こうが騒がしかった理由を考える。
大方、『イレギュラーの敵が外に出るかもしれない』ことに対する対応ではないだろうか。
部活動ダンジョンで、ルミナの後ろにいたにも関わらず、間近で見たイレギュラーモンスターは凄く怖かった。
つい最近だから、あの恐怖は鮮明に思い出せる。
そんなのが5体も出て、対戦相手が冴えないスーツのオッサンとくれば、戦いの後にどんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない。
それにしてもイレギュラーモンスターの威圧感の中でも騒がしくなったということは、恐怖の中でも行動できる人がいたということだろう。
スゴイ人がいるものだ。
俺にはできない。
基本的に自分に出来ないことを出来る人は、みんなスゴイ人だ。
あとは……そんな『イレギュラーを瞬殺した俺に対して何かある』ことも考えられるけど……これは可能性としては少ないんじゃないだろうか?
ま。もし、それがあったらあったで、どうとでもなるような気もするから、その場合は行き当たりばったりかな――
そんなことを考えているうちに、閉じられた門の前に辿り着く。
「もしもーし」
軽くノックをしつつ声かけをしてみる――
「あ、開けていいんですか!?」
「馬鹿野郎! さっさと開けろ!」
「で、でもっ!」
「お前も見てたら分かるだろ! こんな門なんかあっても関係ねぇんだよ! 早く開けろっ!」
怒声が響き、慌ただしく開門に動き出す。
……これは順当に俺が化け物扱いされてる気がする…………いいね。
イレギュラーモンスターを化け物と感じるのが普通だし、それを5体瞬殺する俺は、どう考えても化け物以上の化け物だから、当然といえば当然。
――そもそも俺がここに来たのは、ここで一目置かれることで『手を出すのは危険』と周知させるため。
この決闘場ダンジョンには『反社会的勢力』に『半グレ』、そして観戦している中には『暇も金もあるドロップアウトした探索者』などがいる。
これから色々と目立つ行動をしたり、絶世の美少女がいたり、大金があると匂わせることになりそうな俺たち。
そんな俺たちに、『手を出したらどうなるか分かっているな』と釘を刺しておこうというのが、セリフィアの提案だ。
俺がわざわざ余裕綽々の演技をしながら、亡者を手玉に取ったのも『武力がある』と見せつけるため。
運営している組織は独自のネットワークを持っているらしいし、セリフィアは、なにやらこの決闘場ダンジョンでの戦いは映像として記録され、利用されている可能性が高いと踏んでいる。
だからこそ、面倒くさい相手たちに向けて、証拠付きの『アンタッチャブル』を手っ取り早く作り上げることができる――と目論んでいるわけだ。
だから俺には……もう一仕事あったりする。
――俺のキャラじゃないんだけどなぁ……ただ、俺の平穏な生活のためだ。頑張るしかない。
そう。
社会人として過ごしてきた時は、どれだけ自分のキャラじゃなかろうが、目的の為なら、いくつも仮面を被ってきた。
下げる必要のない頭も下げてきた。
だから、俺は全然やれる。
……被ったことない仮面だけど! 多分やれる!。
ゆっくりと深呼吸をし、内心で、やっていたゲームで出てくるヤクザを思い出しながら新しい仮面を作ってゆく。
ヤクザだけだとスパイスが弱そうなので、魔王のイメージも追加してみる――が、いまいちだったので、昔読んだ漫画の王道の悪役をイメージに装飾してみると、しっくり来る仮面ができた気がした。
よし――
★ ☆ ★ ☆彡
ギィ……という門の軋む音とともに、門が開く。
門の外に、足音をひとつ響かせる。
ただそれだけで、空気が変わったのが、はっきりと分かった。
「お、お疲れ様で――」
「はぁ……待たせてくれましたね。もしかして……舐められてるんですかね? 私。」
誰かの声かけを途中で遮る。
その瞬間、俺の視線が、このダンジョンにいる全員へと向けられる。
敵意、そして殺意を込めて。
ざわついていた空間が、まるで水を打ったように静まり返る。
誰もが、俺を見ている。
だが、誰も俺を『見よう』としない。
俺は、笑顔のまま歩く。
いつも通りの足取り。
だが、その笑顔は、さっきまでの楽しんでいた俺のものではない。
もっと曖昧で、もっと得体の知れない悪役。
笑っているのに、何を考えているのか分からない。
笑っているのに、背筋が冷える。
笑っているのに、誰も笑えない。
そんな笑顔だ。
視線が刺さる。
だが、誰も目を合わせようとはしない。
俺の目が、笑っていないことに気づいているからだ。
何も言わず、静かに、ゆっくりと見回し観察する。
この場にいる全員の『沈黙』を確認し、ゆっくり。余裕を持って口を開く。
「……まぁ、いいでしょう。
モンスターを倒しに来ただけですしね。今回は……」
ゆっくりと敵意と殺意を霧散させる。
――感じていた不満を思い出し、出来る限りのマイナスイメージを込めて敵意を向けてみたが……見ている限り、なかなかどうして。思った以上に効いている気がする、良かった良かった。
軽く息を吐き、悪役の仮面を外し、改めて社会人の笑顔の仮面をつけて口を開く。
「はい。お疲れ様でした。」
空気が少しだけ緩み、張り詰めていた場の圧が、ほんのわずかに解けたような雰囲気に変わった。
だが、それでも目の前に居る門の周りの運営スタッフは、安心というよりも『命が助かった』という安堵と警戒が混ざったような空気感。
俺……人なんて、殺せないよ?
そんなことを思っていると、一人の男が前に歩み出てきて、頭を下げた。
「お疲れ様でした。」
声を返してきたのは、同年代と思わしき男だった。
おそらく、この人が門を開けるよう声を出していた人だろう。
未だ固まった雰囲気のある、この場で最も胆力のある人。
色んな下駄を履いている俺なんかとは、比較にならない程に、ずっと根性のある人と見て良い。
これまでの人生で出会ったことのないタイプの人間に感心しつつ、観察してみる。
白髪の混じりはじめた短髪、おそらく同年代。
目は鋭く無精ひげ、頬に古そうな切り傷が目立つ。
着ている服装は黒のジャケットにスラックス。ジャケットが作業着風でなければ、俺とスーツ被りしそうだ。
体格もがっしり筋肉質そうな雰囲気。
そして左腕が肘から先が無さそう。
「……なにか、ございますでしょうか。」
胎を決めたような声で、ゆっくりと言葉が放たれる。
声も中々に渋く重みのある声だ。
「あぁ、いえいえ左腕を見てました……失礼。」
「ダンジョンで下手をうちまして。」
「それはご愁傷様です。」
「昔のことですので。」
この人以外に目を向けるが、運営スタッフは、ほぼ固まってしまっているし、俺が視線を向けると、わざとらしい程に視線を逸らしてゆく。
少し遠くにいた、おにぎりをくれた受付のチンピラは、一切こちらを見ようとしておらず、ずっと下を向いているし、観客席の一角では、誰かが小さく咳払いをしただけで、周囲がビクリと反応するのも見て取れた。
ふむ。
もしや……やりすぎた?
多分だけど、威圧をやりすぎた?
やったことないことだから、加減とかわからないんだよ。
殺意は余計だったかなぁ?
少し顎に手を当てて考えてみる。
デイリークエストのイレギュラーモンスターで俺が感じた恐怖を『1』とした場合。
封印クエストのモンスターは、それよりは強いからまぁ『2』としよう。
その『2』×5体を瞬殺する俺は?
少なくとも『10』か?
俺が感じた恐怖の、最低でも10倍の恐怖をばら撒いたってことか?
……やだー。
そんなの俺だったら耐えられない。怖い。
これは、短時間とはいえ俺が想像する以上の威圧をばら撒いた可能性が、かなり高い。
そうなると……そんな恐怖の中で動けるこの人は、なおさら只者ではないな。
――でもまぁ、やりすぎたかもしれないけれど、第一目標の『俺という存在は脅威である』ことは、充分に思い知らせることができたんじゃないだろうか。
結果が良ければ全て良し! だなっ!
……ただ、威圧の効果が強すぎたのではないか? という思いに至ってしまうと、少し悪い事をした気がしないでもない。
正直、気まずい。
少しくらい、逆の、なにか良い行動をしてバランスを取りたい気持ちが疼いて仕方ないけど、ここはそれをぐっと堪えて、さっさと退散しよう。そうしよう。
「もう帰ろうと思いますが……別にいいですよね?」
「もちろんです。」
周りの何人かが安堵の息を漏らすのが分かる。
俺も内心で同じことをしているのは内緒だ。
「それでは、失礼しますね」
「はい。お見送りいたします。」
左腕の無い人が頭を下げた後、エスコートをしてくれたので、従って歩き出す。
見送りに動いたのは、この人だけで……むしろこの人しか動けなかったという方が正しいのかもしれないが、出口に向かい2人、無言で歩く。
「ここまででいいですよ。お疲れ様です。」
出口が近づき、ダンジョンの外に出てしまえば装備が外れ、ちょっと動ける程度の一般人ステータスに戻ってしまうので、出口の手前で声をかける。
すると、強面さんは、止まってただ頭を下げてくれた。
ヤクザの見送りっぽくて、微妙にむず痒いような気持ちになりながら、俺はダンジョンを後にするのだった。




