第40話 会いたかったよ亡者さん
俺の前に入った探索者3人組が門から出てくる。
何とか勝利した――といった雰囲気だ。
腕を押さえながら歩く一人に至っては、探索者を続けるかすら怪しそうな表情をしていた。
近くを通っていくので、とりあえず健闘と勝利を称えるように拍手を送ってみる。
だが、こちらを見ることもなく、彼らはそのまま去っていった。
少し遠くで、賭けの締め切りが10分前である事を喧伝する声が聞こえる
「準備は良いか。」
「えぇ……もう、待ちくたびれましたよ。」
――本当に待った。待ちくたびれた!
何度、自分を『いやぁたのしいな~』『こんな経験ができるのは貴重だな~』と誤魔化し、騙してきたことか!
途中、少年と整理券を交換したことを、だいぶ後悔したわ!
ぶっちゃけ! そうっ!
本音を曝け出してしまうならば!
俺はルールを守らない奴らなんて――大っ嫌いなのだっ!
俺はルールを守って生きてきた!
なのに、平然とルールを破ったり、守らない奴がノウノウと笑って生きている? なんなら俺よりいい思いをして生きているんだぞ?
そんなもん許せないね。絶対に許せない。反吐が出る。
だから、ここに居るチンピラ共も、観客たちも、俺は好きじゃない!
違法賭博だぁ? それとも血を見るのが好きかぁ?
かーーーっ! どっちも理解できないねっ!
こんな他人の不幸を楽しむような所!
他人の不幸を願うような場所!
肌に合わない! もうごめんだね! 二度と来るもんか!
はぁ……なんだろ? さらに本音の本音で言ってしまえば……
ここにいる全員、言ってみればクズかゴミしかいない。
もしかしなくても社会に害悪を与える寄生虫の可能性まである。
だったら、もう全員死んでしまえばいいのに――
「……お、い……あんた」
「っと、すみません。なんでしょう?」
内心の苛立ちが、だいぶ溜まっていたようで、心の中で攻撃性が暴走の上、一人プチ発狂してしまったが、すぐに社会人の仮面を被り直し、声をかけてきたチンピラさんに笑顔を向ける。
「……いえ、すみません…………そ、ろそろ……スタンバイをお願いできますか。」
「あぁ、有難うございます。門の前に行けば良いんですよね。」
「……へい。」
しっかりと頭を下げてきたチンピラさんに、少し感心しつつ、闘技場へ続く門の前に立つ。
さて。
封印クエスト
封印クエスト。
セリフィアの要望は『遊んでいると思うくらい余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》で勝つ』だ。
ここまで待って溜まった鬱憤を、全部晴らすくらいのつもりで遊んでやろうじゃないの!
★ ☆ ★ ☆彡
俺のスーツ姿が珍しいのか、ざわつく観客席の声。
もう、どうせ関わることの無い人間たちだ。いまさら興味も沸かない。
俺はやるべきことをやるだけ。
開いた門を進みながら、門が閉じる前――モンスターが召喚される前に、ゲーム画面を呼び出し、封印クエストをタップしておく。
直径20メートル程度。バスケットコートよりも多少大きい闘技場の中央まで進み、門が閉じると同時に、異変が起きる。
円形の闘技場に五芒星を書くように、黒い霧が走り、それぞれの頂点へと集まり始める。
頂点には魔法陣が淡く輝き、さらに黒い霧が立ち上ってゆく。
「前とだいたい一緒だね。かっこいいんだコレが。」
感想を漏らしつつ、ある種の芸術鑑賞を楽しんでいると、自分のテンションが上がってくるのを感じる。
観客席からは、どよめきや驚きの声が聞こえるが、ただの雑音。いや、演出の材料だ。
黒い霧は凝縮し、前と同じ歴戦の猛者を思わせる鎧を纏った人型を形作ってゆく。
天を仰いだ顔のない亡者たちが、黒い霧を吸収し、その時を待つ。
「くぅー! やっぱりカッコイイっ!」
たまらず笑顔になった俺を――目のない顔で、5体の亡者が一斉に中央の俺を見た。
「ん? 前と武器が違うな?
そういえば出てくる位置も違う……まぁ、そういうこともあるか。」
俺の感心を無視して、襲い掛かってくる亡者たち。
――だが、やはり俺の視界は全てを捕らえ、完全に理解する。
北の亡者は、巨大な戦槌を振りかぶり、上空から叩き潰す。
南西の亡者は、鎖付きの鉄球を投げ、軌道を読ませない攻撃を仕掛ける。
南東の亡者は、二刀を振り回しながら回転し、斬撃の嵐を巻き起こす。
北西の亡者は、盾を構えながら突進。体当たりで押し潰す。
北東の亡者は、長槍を構え、距離を保ちながら突きの連打。
五体が、五方向から同時に殺しに来る。
空間が圧迫され、逃げ場はない。
……普通ならな。
「へいへいカマーン。」
作っていた笑顔だったが、笑顔につられて、本当に楽しくなってきた。
戦槌が振り下ろされる。
俺は軽く右へ跳ぶと、地面が砕けた――
鉄球が、軌道を変えて飛んでくる。
砕けた地面を踏み台にして跳び越え――
回転する二刀の嵐が、空間を切り裂く。
空中で身体をひねり、刃の隙間を抜け――
盾の突進が迫る。
盾を足場に加速する――
槍の連打が、空間を突き刺す。
盾で加速した身体を滑らせ、槍の間合いを外す。
とりあえず初撃は回避で遊べた。
やはり、踊っているような、アスレチックで遊んでいるような気分だ。
観客席からは悲鳴ひとつ聞こえない。
ただ、沈黙。
だがその多くが、震え、怯えているだろうことは分かった。
初撃を回避で遊んだ俺。
次は防御で楽しんでみることにした。
五体の亡者たちは、再び陣形を整え、殺意を研ぎ澄ませてくる。
だが、俺は動かない。
ただ、笑顔のまま、短剣を逆手に構えて待つ。
「さ。こいこーい。」
挑発のように短剣を持たない手で『かかってこい』のジェスチャー。
戦槌の亡者が振り下ろしてきた槌を、足を踏ん張り、短剣の腹で受け止める。
衝撃が、地面を割る。
だが、俺の足元は微動だにしない。
「いいね、筋トレみたい。」
鉄球が、唸りを上げて飛んでくるので、蹴って弾く。
鉄球の軌道がズレ、槍兵をかすめた。
「おっと、ごめんごめん。まだ攻撃するつもりはなかったんだよ。」
二刀の亡者が回転しながら突っ込んできたので、戦槌をはじき返す――
「刀……受けてみるか。」
一刀を短剣で受け止めると、刃が火花を散らす。
もう一刀の腹を平手で弾いて流す。
盾の突進と槍の連打が目に入る。
突進してくる盾を掴んで、力づくで方向を変え、槍にぶつけて軌道を逸らす。
「うん……回避に専念した方が楽ってことが分かったな。」
観客席が、ざわつき始める。
「……戦っている?」
「刀を……生身で受けた……」
「なんで笑ってんだよ……」
観客席も、多少の言葉が出るくらいには冷静になってきたようだ。
「それじゃあ、次の実験――いっちょ壊してみるか!」
またも戦槌が再び振り下ろされる。
俺は踏み込みながら短剣を振るうと、刃が戦槌の柄を断つ。
飛来する鉄球も鎖を一閃すると、鉄球が地面に転がった。
二刀の亡者が迫るが、回転の軸を見極め、片方の刀を横から切りつけて叩き折ると、バランスを崩した亡者が、よろめいた。
突進してくる盾の亡者は、盾の縁を蹴り上げ、盾めがけ思い切り回し蹴りすると、盾が割れながら吹き飛ぶ。
最後に、槍の亡者。
突きを受け流しながら、柄の中央を一閃。
槍が折れ、亡者の手から滑り落ちる。
五体の亡者は、全員、武器を失った。
――かに見えたが、武器が黒い霧に戻り、亡者の手元で再構成されてゆく。
俺は笑顔のまま、短剣をくるくると回す。
「武器破壊は無駄。と。勉強になった。」
亡者たちが武器の再構成を待ちながら、ジリジリと攻撃の準備を始める。
怯える観客席と対照的に、闘技場の門の外が少し騒がしくなり始めたように思えたので、茶番を終わらせることにする。
「それじゃあ。実験ありがとうな――『三太ドライブ』」
発声と同時に空気が裂け、俺は誰の目にも止まらない速さで動き出す。
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瞬きする間もない速度で切られた亡者たちは音もなく崩れ落ちる。
やがて光となって、すべてが俺に吸い込まれていった。
俺は、短剣を鞘に納め、静かに振り返る。
観客席は、沈黙。
騒がしくなっていた門の周辺も、沈黙。
「ふぅ、スッキリした。」
笑顔のまま、闘技場に背を向けるのだった。




