第39話 けっとうじょうすごいなぁ
チンピラさんから貰ったおにぎりは、まさかの梅。
梅干しは久しぶりに食べるなぁ……なんて思いながら、一口。
じんわり広がる酸味が、なんとも落ち着く味だ。おいしい。
食べながら周りの様子を眺めていると、チリンチリンと大きなベルを振り鳴らす人が現れた。
「間もなく第一試合、締め切ります! あと10分でーす!」
その声に反応して、受付に観客が向かっていく。
おにぎりのチンピラさんのいる受付も、他の受付も、急に活気づき、戻ってくる人たちは、皆、切符のような紙を手にしていた。
来る前に調べていたから分かってはいたけれど……本当にギャンブルができるんだなぁ。
しかも、しっかりシステム化されていて、妙に感心してしまう。
観客が賭けに走る一方で、囲いのある闘技場の唯一の入口に、2人組の男性が案内されていくのが目に入った。
案内された2人は、しっかりとした装備に見える。
戦闘用と思われるジャケットに、タクティカルパンツ。ヘルメットも着用済み。
小型のカーボン製シールドと、刃渡り40センチほどの片手剣は、2人共通の装備らしい。
腰には、サブウェポンとして短めのサバイバルナイフも用意されている。
俺よりも早く来て整理券をもらっていたことからも、かなり真面目に探索しているだろうことが伺える。
ヤンチャな少年たちは、ここまでしっかりしていなかった。
ヘルメットは無いし、どこかファッションを優先しているようにすら思える防具。
ひけらかす事が目的のような……でもいちいち許可をとるのが面倒で、ギリギリ携帯できそうな、鉈や斧、ハンマーといった武器。
こっそりポケットにナイフくらいは持っているかもしれないが、その程度。
逆にこんな装備でも、7級は慣れればやっていけるのだな、と感心する。
だが……6級の登竜門と呼ばれる決闘場で、果たして通用するんだろうか?
うっすらそんなことを考えていると、2人組が開けられた門を通って決闘場へ入っていく。
門が閉じられると、円形の闘技場の2人に対極する位置に、黒い霧が立ち上った。
霧の中から現れたのは、2人と同じような体格の、角の生えた人型モンスターが2体。
人型モンスターは、一人は剣、一人は弓矢を持っている。
すぐに観客から歓声が上がり、戦いが始まった。
★ ☆ ★ ☆彡
――戦闘が始まってすぐ、2人組の探索者の動きに目を奪われた。
無駄がない。きちんと想定ができていると感じさせる動きだ。
盾役が前に出て、斜めに構えた片手剣で敵の動きを制限し、もう一人が側面から斬り込もうとしている。
交差するタイミングも、距離感も、訓練された者同士のそれ。
「……おお、なんか、ちゃんとしてる。」
思わず口から漏れるほど、見事な連携だった。
だが――敵も、ただの人型モンスターではなかった。
角の生えた2体のモンスターは、剣と弓を持ち、探索者たちと同じように連携して動く。
剣士型は盾役を強引に押し込み、弓兵型は後衛の隙を狙い続ける。
しかも、弓兵はただの射撃ではなく、足元を狙って動きを封じるような、いやらしい射線を引いてくる。
「詰めるぞ!」
「了解!」
探索者の2人は声を掛け合いながら、冷静に対応している。
だが、敵の動きが速い。
盾役が剣を受け止めた瞬間、読んでいたように放たれた弓兵の矢が肩をかすめた。
個々の実力でみるとモンスターの方が強いように見える。
探索者にしてみれば、守ればジリ貧、攻めればカウンター。
さぞ嫌な相手と感じていることだろう。
「……なかなか強いな。」
他の観客から漏れた言葉も聞こえた。
俺は、静かに観戦しながら、思う。
……なんというか。泥仕合。
泥臭いというか、じっくり、しっかり戦ってる。
一撃で決まるような派手さはなく、しっかりとお互いに殺しに行っている。
そんな感じを受けた。
「殺し合いなのに……見ていて怖いと思わないのは…危ないな」
自分自身の感覚がおかしくなりはじめている気がして、気を付けようと改めて気を引き締める。
――10分近い戦闘の末、探索者の2人が、弓矢が尽きたことが決め手となってモンスター2体を倒した。
肩で息をしながら切り裂いたモンスターから魔石を手にし、勝利の雄叫びをあげる探索者2人組。
観客からも悲喜こもごもの叫び声がきこえるのだった。
★ ☆ ★ ☆彡
2番目の整理券を譲った少年たちは、1試合目を見ていて違いを悟ったのか、どこか及び腰のような雰囲気になっていた。
それでも、その小さな面子の為か闘技場に入っていった――が、出てきたモンスターは棍棒を持った小鬼4匹。
観客席からは失笑、いや、笑いどころではない爆笑が漏れ始める。
それが逆に、少年たちのやる気に火をつけたのか、乱打戦となった。
連携の『れ』の字くらいしかない少年たちと、しっかり連携する小鬼たち。
ほぼ勝負にならなかった。
一人。また一人と昏倒させられ、最後にはリーダー格の子が、棍棒でリンチのように殴られる始末。
あらー、死んじゃわないかしら? と思っていると。
つまらなそうな顔をした小鬼たちが攻撃を止め、黒い霧になって消えていった。
少年たちは、チンピラさんたちに運び出され試合終了。
感覚的に30分に1試合ペースで勝負が進んでいく。
折角なので、出場まで観戦を楽しもうと時間を潰すことにした――
『今、何試合目だっけ?』と本日何度目かの疑問を覚えていると、受付とは違う、別のチンピラさんが隣にやって来た。
「整理券の確認を。」
「あぁ、どうぞ。」
整理券をもらった人間を、どうやって判断しているんだろう?
よくみればインカムのような物を付けている。
どこかに監視カメラでもあって、情報を共有しているんだろうか?
そんなことを考えながら、チンピラさんに整理券を渡す。
真正面からチンピラさんと対峙するなんて、少し前の俺はできなかったけど、今は平気で対応できる。
人間って成長するのねぇ……
「こっちへ。」
端的な案内だこと。
むしろ、らしくて良いね。
「ここで待ってろ。」
闘技場の門付近へ案内され、指定された座席に腰かける。
俺の一連の様子を見ていたチンピラさんが、深い溜息をついた。
「ウケ狙いかは知らねーけどさ……そのスーツ姿で死なねーでくれよ? マジで面倒だからよぉ。」
「……? あぁ、なるほど。普通の一般人の恰好にしか見えないからですね! あっはっは。それはすみません。大丈夫ですよ。それなりにはやれますんで。」
チンピラさんは、じろりと俺を見て、諦めたように鼻で笑った。
「口の利き方も完全にカタギじゃねぇか……ま、死なねぇならそれでいい。後処理、マジでダルいから。」
「ご苦労様です。現場の方が一番大変ですもんね。」
「……お前、ホントに探索者か?」
「えぇ。なり立てピチピチですよ。あっはっは」
笑っておく。
――セリフィアからの注意事項の一つに、俺が敵と判断してしまうと、ステータス差で恐怖させてしまう可能性があると聞かされている。
だから、念のため友好的に振舞っているのだ。
内心で『チンピラさん』と、わざわざ『さん付け』しているのも、そこに気を付けているからだ。
普通の心情だったら『このチンピラがよぉ、偉そうに』くらいは思っちゃいそうだもの。
ともだち。ともだち。
みーんなともだちん。
無難にやり過ごし、静かに出番を待つ。
「準備は良いか。」
「えぇ……もう、待ちくたびれましたよ。」
やっとだ。
ここで封印クエストこなせば、おうちに帰れるようになる!
このダンジョン、正直、合わない。
ずっと早く帰りたかったの――我慢してたんだよ俺!




