第38話 突入! 決闘場ダンジョン!
「うーん。コワイ。」
イレギュラーモンスターや封印クエストモンスターと対峙しても、まったく怖いと感じないダンジョン内において『怖い』と感じるのは、なかなかに複雑な気分だ。
今いるのは、超常資源採取特別区第7級関東B16号。通称――決闘場ダンジョン。
ダンジョンには『超常資源採取特別区』という官製の名称が与えられていて、通常は「級数+土地名+番号」という構成になる。だが、番号の前にアルファベットが入っている場合、それは『ワケアリ』のダンジョンである可能性が高い。
ワケアリというのは、基本、公にされていなかったダンジョンだ。
治安維持のため。パニック回避のため。あるいは学術研究や防衛目的。
理由は様々だが、この決闘場ダンジョンの場合は、もっと単純。
私有地に発生したダンジョンを、地元の反社会的勢力が独占しようとしていた。
昔で言えば『下町ヤクザ』。今なら『指定暴力団』か『半グレ』と呼ばれる類だろうか。
地元密着型の、いわゆる『顔役』たちが、ダンジョンの存在を隠して私物化していた。
もっとも、ダンジョン発生から軽く10年以上経てば、その間にバレるのも当然の流れ。
現在、ダンジョン自体は公的な管理物件となっている。
――ダンジョン『自体』は、ね。
周辺の土地は、いまだに反社会的勢力がしっかりと押さえていて、事実上の私有地のような状態になっている。
つまり、この決闘場ダンジョンは、公的な申請などより、彼らの黙認が必要になる。
社会人時代、この区には『ガラが悪い』『スラム』といったイメージがあったから、好んで近づくことも無かった。
なのに今、そんな場所に、しかも『ほぼほぼクロ』のダンジョンに、自分から足を運ぶことになるなんて――
★ ☆ ★ ☆彡
昨日、セリフィアが「ダンジョンの外の情報を欲しい」と言ったので、あれから色々な話をした。
内容は多岐に渡って、社会情勢や世界の流れから始まり、流行りや人気のある物やコンテンツなど、スマホを駆使しながら、ダンジョンの外が真っ暗になるまで話した。
そんなセリフィアが至った結論が
「マスターをダンジョン探索者として有名にしましょう」
……どうしてそうなる?
なにやら動画配信なんかも検討し始めたので、ネットリテラシー的に顔を出したくないからと断ってみたが……
「どちらにしろ有名になりますので、早いか遅いかの差でしかありません」
と、満面の笑みで諸々説明され、逆に説得されてしまった。
そして俺は、なぜかこれからは『ダンジョンにスーツで潜る』ことに。
他の探索者との差別化のためらしい。
解せぬ。
いや、スーツ自体はそれなりに持ってるし、着慣れてる。
それに、無駄にならなくて良かったなとも思う。思うんだけど、ただ……解せぬ。
アウトドアリュックも禁止され、荷物はビジネスリュック、ビジネスバッグ、アタッシュケース、もしくはコロコロのついたアレに入れなきゃいけないらしい。
だいたい家にあるから良いんだけど……
ちなみに動画撮影用のカメラも、その場で買わされたので、今日の帰りにコンビニ受け取りする予定だ。
まぁ……セリフィアのおねだりは可愛かったから、買ったこと自体は後悔していない。
それに将来を見据えて進むべき筋道を立ててくれるのは、ありがたいと思っている。
ただ……オジサンね……動画配信デビューとか、納得はできても、踏ん切りは中々つかんよね!
――そして、今、反社ダンジョンに居る理由は、
諸々に衝撃を受けて、ケーキに逃避していた時に、スマホをセリフィアに貸したんだけど、いろいろタプタプした後に
「マスター。ここに行って経験値の封印クエストやってきてください。」
って言われた。
だから来てる。
うん。それだけ。
セリフィアが言うには、6級を目指す探索者が腕試しに訪れる場所で、『そういう目』で色々な人が見ているから、ちょうど良いらしい。
「普通に参加して、普通に倒して帰ってくるだけで良いんです。
あ……できれば戦っている最中は、遊んでるように見えるくらい余裕綽々な感じがあると、尚いいですね。」
なんてニッコリ満面の笑みで言うんだもの。
そんなの俺……断れないよ。
とりあえず、調べた会場時間――午後一に合わせて来た。
もちろん封印クエストは経験値レベル1ができることは入ってすぐに確認済み。装備もつけている。
受付にいたのは、うわぁ……と思うようなチンピラ風のお兄さんで、「オッサンは2番目の挑戦な」と半笑いで言われたので、整理券を素直に受け取って、闘技場の開始を待っている。
……で、今、時刻は14時。
まだ始まらないんですが?
いや、わかってる。わかってますとも。
こういう場所では、時間通りに始まらないのが普通なんだろうって。
でもね、社会人として十数年、時間厳守で生きてきた身としては、流石にちょっと、イラついてくるんですが?
もちろん、口には出さないし、言わないけれども。
出したところで、何も変わらないし、余計なトラブルを招くだけ。
なにしろここは反社の縄張りの中。悪目立ちは尚のことしたくない。
スマホの時計を見ては、ため息をつく。
俺に出来る事は何もない。ただ待つのみ、か。
場違いなスーツ姿で、静かに待つ。
周囲の人間はラフが過ぎる格好ばかりで、俺だけ妙に浮いてる。
けれど気にしない。気にしない。
じっと待っていると――少し騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、なんで俺らが6番目なんだよ。午後一に来たって言ってんだろ!?」
「はっ、午後一に来たのは、あんたらじゃねぇよ。受付順だ。文句あるなら、もっと早く来い。」
受付前に4人組の若い男の子が集まっている。
高校生くらいだろうか。金髪にピアス、妙にテンションの高い声。
昔のヤンキーが人に絡む時のような雰囲気だ。こういうのは余り変わらないのかもしれない。
リーダー格らしき少年が、受付のチンピラに食ってかかっているが、受付の男は、タバコを咥えたまま、面倒くさそうに塩対応を続けている。
――聞こえてくる話の限り、自分たちの順番が気に食わないらしい。
「は? いやいや、俺らの方が強いって。順番とか関係ねぇだろ?」
「関係あるんだよ。ここは決闘場だ。ルール守れねぇ奴は、そもそも挑戦権なんかねぇ」
「……は? 何様だよ、テメェ」
少年の声が一段階、低くなった。
少年の仲間たちも『やっちまえよ』と煽るように笑っている。
なんとも素行の悪いお子様たちですこと。
「おい……こっちはな、昨日も別のダンジョンでモンスターぶっ殺してきてんだよ。こんなとこ、サクッと終わらせて帰りてぇんだよ。わかる?」
「んなもん知らねぇよ。ここはここ。ルールはルール。それが気に入らねぇなら、さっさと帰れ、クソガキが。」
受付の男は、タバコの灰を床に落としながら、まったく動じない。
その態度が、逆に火に油を注いだ。
「……ああ? ナメてんのか?」
あぁあ……トラブルのにおひ。
待ち時間、さらに伸びちゃうじゃないですかヤダー!
『反社会的勢力』という言葉は怖くても、この場にいる人間にはまったく怖さを感じない。
気が付けば少年の拳を握っていた。
挙動的に、殴りかかりそうだったので、止めてしまっていたのだ。
だってトラブルがあったら、もっと待つハメになるじゃない。
「あぁ? なんだオッサン!」
下駄を履いたステータスの持ち主である俺には、どうにも子犬……子猫……ハムスター? うん……威嚇のはずなんだろうけど、なにも感じないんだよなぁ。ビックリだ。
俺の手を振り解こうとしてるみたいだけど……この力じゃ無理だろうなぁ。流石の異常ステータスさまさま。
そんなことを思いつつ、少年を宥める
「まぁまぁ、短期は損気ってね。手を出したら挑戦すらできなくなっちゃいますよ。」
「……チッ!」
殴る事はやめたよう……だけど、このリーダー格の子は、少年たちの中での面子のために、何かしようと考えているように見える。
……はぁ。仕方ないか。
止めた責任もある。
おじさんが、ひと肌、脱いであげましょうとも。
「私が2番目の整理券を持っていますから、交換しませんか?
いや、なに。少し小腹がすいてきましたので、なにか腹に入れたいなぁ、なんて思っていたので後の方が都合が良いのです。」
整理券を目の前に出すと、少年は仲間の顔を一巡したあと
「ふんッ!」
と一瞥し、整理券を奪うように取って、受付から離れていった。
受付のチンピラさんに『仕方ない子たちですね』という顔を向けると、
『なにやってんだか、このオッサンは』という顔を返された。
「ほらよ。」
「どうも。」
6番目の整理券を受け取って、さっさと退散と受付に背を向ける。
「……コンビニのおにぎり。いるか?」
受付のチンピラさんが、おにぎりを差し出してきた。
「ありがたく。」
思いがけぬ人らしさに触れて、投げてきたおにぎりを笑顔で受け取り、元いた席に戻るのだった。




