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1-20 桜子お嬢様は政略結婚相手に俺をご指名です

「私の夫として、庄吾兄様をお迎えさせていただきたいのです」

両親を亡くした貧乏大学生・庄吾のもとに、目が覚めるような美少女に成長した16歳の従妹・桜子が突然現れる。

大富豪の令嬢である彼女は、兄が失踪し父親が倒れたことで急遽次期当主になるという。

反対する一族の者を黙らせるため、庄吾と婚約したいというのだ。

かつて妹のように思っていた相手で、かつ政略結婚。桜子からの求婚に戸惑う庄吾だが、桜子にはある思惑が……。

そんな2人が巻き込まれていくお家騒動と、兄の失踪の謎。もだもだとすれ違う、政略結婚ラブストーリー。

 庄吾(しょうご)兄さま、庄吾兄さま……。

 (ふすま)の向こうで桜子(さくらこ)が、泣きながら自分を呼んでいる。


「この、恥知らずが!!」


 11歳の庄吾の顔を、伯父の手が乱暴にはたいた。


「庄吾に何をするんだ、兄さんっ」

「桜子を誘拐犯から助けたのはいいとする。だがっ! 婿候補だと噂になるとはどういうことだっ!」


 頬が痛い。父と伯父の怒声が交わる。


「桜子ちゃんは、まだ事件のショックが残ってる。大人が恐いから庄吾と一緒にいたがるんだ。仕方ないじゃないか!!」

「ええい、黙れ黙れ!! 桜子は九十九院(つくもいん)家の財産だ。容姿に優れ、成績も優秀、稽古事さえ秀でている。将来はどれだけの高値がつくか。九十九院家のため、しかるべき名家に嫁がせるため、金をかけて大切に育ててきた資産なのだ! それを…」


 伯父は庄吾に指を突きつける。


「醜聞で台無しにされてたまるものか!!」

「醜聞って……まだ子どもだろう!? それに、そんなんじゃ桜子ちゃんは家の道具扱いじゃないか!!」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」


 襖の向こうから、桜子の泣き声が聞こえた。

 大人たちに叱られているのだろうか。怯えていやしないか。桜子は、今はどんな大人も怖いと言って逃げてくるのに。


「貴様ら2人、今すぐ荷物をまとめて九十九院家から出て行け!!」


 伯父の言葉が死刑宣告のように降ってきて、庄吾の目の前は真っ暗になった。


   * * *


(…………夢か)


 破れを何か所も縫った布団が目に入り、19歳の庄吾は現実を認識する。

 大学から帰るなり空腹で布団の上に倒れ込み、少し気を失った刹那に8年前の夢を見たようだ。

 狭い安アパートの中には1人きり。


「腹、減った……」


 健康そのものの胃袋が、強烈に抗議している。


 身体を起こす。女の子の声が聴こえた気がしたが、夢の余韻かもしれない。

 その時、カチャリ、とドアノブが捻られる。

 しまった。鍵をかけていなかったか。ドアがきしみながら開く。


(……?)


「ご無沙汰しております、庄吾兄様」


 若々しいフルートの音色のような声。

 庄吾は目を見張った。


 艶やかに流れる髪。ぱっちりと大きな目に、煌めく瞳。理知的な眉。形のいい唇。各パーツの位置が完璧に整った美貌。ブレザーの制服が良く似合う、手足がすらりと伸びた身体。

 息が止まりそうなほどの美少女がそこに立っていた。

 見覚えのない女子高生。ただ『庄吾兄様』と呼んでくる相手を、庄吾はこの世で1人しか知らない。


「もしかして、桜子お嬢様でしょうか?」


 九十九院家の家風から、従兄妹同士でも敬語を使う関係だった。桜子は少し寂し気にうなずく。重箱のようなものを包んだ風呂敷包みを大切そうに抱えている。

 背後には、庄吾も知っている女性ボディガードが控えていた。


「勝手に開けてしまい申し訳ございません。何度かお声をおかけしたのですが、お休みでしたか?」

「あ、いえ、どうぞ」


 庄吾は畳んだ布団を部屋の端に追いやる。

 貧乏暮らしだ、座布団などない。

 だが、桜子は意に介さない様子で、風呂敷包みをテーブルの上に置き、擦り切れた茶色い畳の上に美しい所作で正座する。

 畳のささくれが綺麗な足を傷つけないか気になったが、続いて部屋に入ってきたボディガードの視線が気になり、庄吾は目をそらす。


「改めて、大変お久しぶりです。庄吾兄様」

「ああ、はい……こちらこそ。どうして俺の家をご存」

「そちらの位牌は、友治叔父様と叔母様ですか?」

「え? ええ。父は一昨年亡くなりました」

「手を合わせさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい」


 部屋の隅に小さな棚を置き、骨壺と位牌を(まつ)っていた。その前に桜子は座りなおし、手をそっと合わせ、祈る。

 髪の間から見える、白い整った横顔。かつての面影はうっすらとある。

 やがて桜子は、こちらに向きなおった。


「8年前は私のせいで九十九院家を追われることになってしまって……本当に、申し訳ありませんでした」

「い、いえ。桜子お嬢様のせいじゃないですよ」

「こちらのお重はお夕飯にと思いお持ちしました。よろしければ召し上がってください」

「!! ありがとうございます!」


 風呂敷包みの中身は食べ物らしい。助かった。


「……そういえば、旦那様は入院されたそうですね」


 九十九院家の当主であり、財界で強い存在感を放つ九十九院グループの総帥。庄吾たち父子を九十九院家から追い出した男。彼がこの前倒れたというのは、バイト先に置いてある新聞で読んだ。


「ええ。それで、庄吾兄様に折り入ってお願いがございます」

「お願い?」


 いったい何だろう。

 庄吾はゆっくりと開く桜子の唇を見つめた。


「私の夫として、庄吾兄様をお迎えさせていただきたいのです」

「は?」

「ですから」


 あっけにとられる庄吾に、桜子はにじり寄る。


「私と、ぜひ、結婚を」


 16歳にしては大人びた、神秘的でさえある美貌。

 大きな瞳は謎めいて万華鏡のように輝き、甘い良い匂いまでする。


「……ど、どうしてそんな話に?」

「はい。父はもう一線に戻ることができないのですが、実は……跡継ぎだった兄・幸仁(ゆきひと)が2年前から失踪しているのです」

「失踪……幸仁様がですか? それは心配ですね……」

「ええ。そこでグループの総帥は一族の他の方にお任せし、家は私が継ぐということで、父は渋々ながら承知しました。ですが女の私が当主になることに異議を唱える者が一族内に出、他の方を次期当主に担ぎ上げようとしているのです」


 令和のご時世だが、九十九院の一族ならそういう昭和の遺物がいてもおかしくないなと庄吾は思う。


「このままではグループ内で内紛を起こしてしまいます。それを避けるため、結婚で私の立場を補強したいのです」

「政略結婚ってことですか。で、なぜ相手が俺なんです?」

「友治叔父様の遺児でいらっしゃる庄吾兄様は、兄と私を除けば、最も当主の座に近い方と言えます」

「なるほど……?」


 つまり、庄吾が当主候補として担ぎ上げられそうなので、敵に回る前に自陣営に入れてしまいたいということか。

 もちろん『旦那様』の指図だろうが……そんな狡猾な結婚を、桜子はこんな笑顔で行おうとしているのか。

 あの小さかった女の子が。


「もちろん結婚は18歳になってから、いまは婚約という形で……」

「事情はわかりました、が」


 庄吾は桜子の言葉をさえぎった。

 妹のように大切に思っていた相手だ。再会した彼女もたじろぐほど魅力的だし、庄吾は経済的に困窮している。

 だが、できればもう九十九院家には関わりたくはない。

 何より、互いに好きでもなんでもない相手と家のために結婚するというのは、おかしいと思えた。


「申し訳ございませんが、このお話は……」

「庄吾様」

 断りの言葉を口にしようとした庄吾を制したのは、女性ボディガードの声だった。

 黒スーツに臙脂のネクタイ、黒髪ワンレンボブ。庄吾よりも長身の彼女は日下(くさか)茉莉(まり)。8年前は大学に通いながら桜子の護衛を務めていた。


「少し、外でお話しできませんか」


 日下にそう言われ、庄吾は「失礼します」と桜子に目礼してアパートの外に出る。

 あの小さな女の子はもういない。そう切なく思う気持ちと、今の桜子にもどこか昔の面影を探してしまう気持ちで揺れる。


「日下さんはどう思うんです?」思わず庄吾は言う。

「高校生の女の子ですよ。本当なら彼氏とかつくりたい年頃でしょう? 残酷じゃないですか。恋のひとつもできないで、家のために、結婚したくもない男と結婚なんて……」


 ――――振り返りかけたその刹那、反射的に身をかわす。

 背後からの日下のハイキックが、庄吾の頭があった場所を通過した。


 「!」鋭い後ろ回し蹴りが来る。


 斜めに避け、中段回し蹴りのカウンターを入れた。庄吾のスニーカーの前足底がメキリと日下の腹に食い込む。

 顔をゆがめながらもパンチを打ってくる日下。

 庄吾は流れるように日下の身体を崩しながら足を払って倒す。

 彼女の腹めがけて下段突きを撃ち――寸止めした。


「……勘弁してください。腹減ってるんです」

「さすがです」


 地面すれすれから日下が庄吾を見上げた。

 頭を地面に打たないように掴んでいたスーツの襟首から庄吾が手を離す。

 日下は深く息をつき、立ち上がって土を払う。

 そして深々と「庄吾様。大変失礼いたしました」と頭を下げた。


「安心しました。空手はおやめになったと聞きましたが、さすが2年連続インターハイ組手・型二冠の王者」

「何なんですか、いったい?」

「旦那様の命令です」

「……は?」

「隙を見て庄吾様を痛めつけ、桜子様を諦めさせてこい、と。私では庄吾様には勝てないと申し上げたのですが」

「どういうことです? あの人が結婚しろと言っているんじゃ?」

「いえ。旦那様は他の男性と結婚させようとしているのです。桜子様がどうしても庄吾様がいいと言って絶対に折れないので、私にやれと」

「…………!」


 すました桜子の美貌を思い返す。そんなこと、匂わせもしなかったのに。


「庄吾様。桜子様がご自分の口で結婚したいとおっしゃった男性は、この世であなた様のみです。お断りなされば、今度こそ桜子様は結婚したくもない男性と結婚することになるのです」


 乾いた声が出そうになった。こんな時に、空腹で頭がまわらない。


「部屋へ戻りましょう。重箱の中身は桜子様の手料理ですので、残さずお召し上がりくださいね」

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