1-18 壊滅的な開発者ニーニャ
便利な道具を作るのは得意でも苦手な作業は壊滅的。特許取得をすっかり忘れた逸話を持つ有名開発者のニーニャは、今日も友人?に怒られながら開発を続ける。
「さぁ、今日もはじめよう!」
四角くくり抜かれた壁から見える空はきれいに晴れ渡り、穏やかな風はニーニャの緑髪を揺らし初夏の香りを運んでくれる。冷たい石壁の向こうの暖かさに手を伸ばそうとして、足元でガチャガチャと音をたてる破片に躓きニーニャは大きなため息をついた。
「また今日も失敗か……誰か片付けてーー!!」
叫ぶニーニャの足下には、砕け散った食器と粉砕された食材の数々が散らばっている。足の踏み場がないほどに広範囲に散った惨状は、何か大爆発でも起こったのかと見紛うほどだが、ここはただの一軒家のキッチンである。間違っても窓ガラスが破壊されるような行為をする場所ではない。
ニーニャのキッチンでの戦歴は2勝8敗。内1回はレトルトで、もう一回は出前を温めただけだが、キッチンでの行動がほぼ悲惨な結果に終わるニーニャにとってその2勝は輝かしい進歩なのである。
そして今日もまた戦いに敗れたニーニャは萎れていたが、しばらくすると流れるような動作でポケットから連絡板を取り出した。ちなみに、「 『薄い、軽い、安い』と大評判な携帯型連絡版の発明者はニーニャである。特許料でウハウハかと思いきや、適当に作って欲しいという人に渡しているうちにあっという間に技術を盗まれ、気付いた時には特許料の話ができる状況ではなかった。本人はあっけらかんと便利ならいーじゃんと言うが、友人含めた周りは呆然としたのも記憶に新しい。しかもそう言ったことがしばしば起こるため、ニーニャの元には定期的に友人のチェックが入るようになってしまった。
「あ、もしもしー、メディアンくん、今暇?また爆発しちゃってさ。片付けお願いします。……悪かったと思ってるよー……え、いや、これからもお願いしたくて……いやいや、そんなこと言わずに!お願いします!」
電話の途中から顔色を悪くしたニーニャは一方的に捲し立てて電話を切った。かいてもいない汗を拭う仕草をしてポケットに連絡板を仕舞い込むと一仕事終えたような満足げな顔をしている。
さて座って待とうかと思うものの、座る場所がない状況に気付き無造作に片手を振るった。
緩やかな風が巻き上がり細かな破片を脇に寄せていく。石床の表面が波立ち大きな欠片がコロコロと動くとニーニャの側には椅子と机だけが残された。
「ふぅ。早く来ないかなー」
空中から取り出した湯気の立つポットを机に置き、いつの間にか左手に持っていた大きなクッキーを頬張りながら窓の外をまた眺め始めた。
穏やかな日差しと風に次第に瞼が降りてきた頃、突如響いた破壊音と共に庭に土煙が上がった。
はっと寝そうになっていた目を開けて窓の外を見れば、土煙の向こうに人影が見える。
「あ!メディアンくーん。お疲れ様〜」
土煙の中から現れた銀髪青目の青年はニーニャをギリっと音がするほど睨み付けてから歩き出した。青筋が立っていた気がするのは気のせいではないだろう。
しばらくして、ノックもなしに扉が開けられた。
「ニーニャさん、今度という今度は許しません。私の貴重な研究時間を、お金と知識で返しなさい!」
「うわぁ、具体的」
「当たり前です!いかに非生産的な仕事をしているのかわからないあなたじゃないでしょう!片付けに呼び出される度にいつも悶々としている、この私が!その対策を講じないわけがないでしょう!さっさと新しい発明のアイデアの一つくらい話しなさい!」
「言ってることは多分まともなのに、恐喝っぽく聞こえる謎……」
「早く片付けますよ!」
言うが早いか、瓦礫の山に向かい片手を振るえば、まるで時間が巻き戻るように割れた食器が元に戻り、砕け散った食材が新鮮な状態へ変化する。
「いやぁ、いつ見ても凄いねぇ。ほんと君の時魔法って便利だよねー」
「本来便利屋みたいに使える人間じゃないんですけどねぇ?!」
「いや、そこは本当に感謝してます!」
凄い勢いで睨み付けてきたので、流石に申し訳ない気持ちがほんのちょびっと湧いてきたニーニャは素直に謝った。本気で言っていないのが分かるのか、胡散臭そうに目をすがめる青年の顔は元の作りが良いにも関わらず、眉間の皺と逆立った眉毛で凄いことになっている。どこかの国にある般若と呼ばれる顔とそっくりじゃなかろうか。
「さて、終わりましたからお駄賃をいただきます。何を開発中ですか」
「今は特に何もしてないんだけどなぁ、困った」
「はっはっはっはっ。私がそんな言葉に騙されるとでも?言い方を変えましょう。欲しい機能はありませんか?」
「あ、それなら、あれ!なんか押したらお湯が沸くやつがほしい!調整するの大変なんだよね。なんでみんな出来るの?」
「むしろ出来ない場合どうなるのか想像もつきません。で?魔道具回路は引いたんですか?」
「ああ、適当にやってみたけど、細かく試してもいないから……」
「はい!それもらいます!どれです?これ?……あぁ、あなたはまたそこら辺の裏紙にこんな貴重な内容を書いて……」
書類が重なる巨大な机の上からめざとく仕様書を見つけた青年は、ガックリ肩を落とした。端が折れて何かのシミがあるその紙は、よく見ればご近所に新しくできた美容体操の勧誘チラシではないか。
「えーと、毎回思うんだけど、それお駄賃で本当にいいの?こっちに結構自信作があるんだけど……」
そう言って本棚の書類の山からごそごそと引き出してきた紙を青年に渡すも、ちらりと一瞥した青年は冷めた目でニーニャを見下ろした。
「ニーニャさん。どこの誰が綺麗に野菜を切る魔道具を欲しがるんです?そりゃ対象物を他のものに変えればいけるかもしれませんが……正直、物騒な方向しか想像できないので結構です。こちら頂いていきますね」
ひらひらと目当ての仕様書を振った青年は用は済んだとばかりに足早に部屋を出ていった。
「一応悪いとは思ってるんだけどなぁ。これも結構便利だと思うけどなー」
手元に残った『野菜裁断機』の仕様書を手に口を尖らせていると、庭から大声が聞こえた。
「ニーニャさん!次料理したくなったら一回深呼吸して、本当に必要なことか考えてからしてください!そして私を呼び出さないように!」
「……はーい」
「本当に呼ばないでくださいよ!忙しいんですから!」
「ほーい」
「…………失礼します!」
流石に適当に返事をしたのがバレたのか、目を三角にした青年は次の瞬間空を駆けていった。
飛行魔法は転移魔法より消費魔力が少なくて済むが、体力は削られる。少しでも魔力を温存して消費魔力の多い時魔法を使う準備をしてくれているのだから、なんだかんだいいながら優しいのだ。
「さーて、またなんか作りますかねー。次のお駄賃用意しとかなきゃねー」
青空に背を向けて書類の重なった机に向かう。昨日は押すタイプのものを考えた。今日は引くものを考えてみようか。出来たらいいなと思うものはたくさんある。それを一つ一つ目の前に作り上げていくのだ。
さぁ、今日もはじめよう。





