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1-14 解体一課の新人

 魔獣の発生により東西で分断された日本。

 西日本で製造された“ひとでなし”な少女はある日、東日本の青年に命を救われそのまま彼の家で居候をやっていた。

 しかしその青年が度重なる戦闘によって現人神となった時、少女は唐突に家を追い出された。

 途方に暮れていた少女は魔獣の解体作業を行う解体一課の課長に拾われ、彼女のもとで働くことに。

 腹を割れば溶けかけの人間の遺体が出てきて、胎を割けば魔獣の子が襲いかかってきて、魔獣の死体を狙う屍喰いとの戦闘を余儀なくされる、そんなクソみたいな職場で倫理もクソもない少女は生き残ることができるのか。

 その日、その紫髪の少女は途方に暮れていた。

 居候をやっていた家から追い出されたのである。

 学も何もなく男に抱かれるしか能のない“ひとでなし“だからいずれはこうなるのではないかと思っていたが、あまりにも早急にかつ唐突に追い出されたのである。

「なーんで神さまになんかなっちゃったのかね……」

 文字通り人が変わった彼の顔を思い浮かべながら少女は呆然と空を見上げる。

 春の空が視界一杯に広がる、さあこれからどうするか、と少女は考えるが答えなどほぼ決まっているようなものだった。

「お嬢さん、ちょいと失礼」

「ほわおっ!?」

 空を見上げていた視界に唐突に誰かが入り込んできたものだから、少女はひっくり返りそうになったがなんとか耐える。

「おっと、驚かせてしまってすまない。怪しいものではないんだ。少し話をしてもいいだろうか?」

「はい、なぁに?」

 上を見上げていた頭を元に戻して、少女は改めてその人物の顔をよく見る。

 三十路くらいの女だった、長い黒髪をポニーテールにまとめている。

 頬には大きく古い傷がある、獣の爪で深く引っ掻かれたような傷だった。

 美人かブスかと言われると美人になるのだろうが、頬の傷痕とやたらと鋭い眼光のせいで綺麗とか不細工よりもまず『怖い』という印象を受ける顔立ちだった。

「いやね、平日の真昼間から途方に暮れているようだから気になって。どうしたんだ?」

「んんー? いやぁ、実はおうち追い出されちゃって、これからどうしようかなあって思ってたところ」

「ほう……家を……見たところ君は西日本の……」

「そだよ。まあそっちでも役立たずで殺されそうになってた時にライジョーに助けられて……ついさっきそのライジョーんちから追い出されたって感じ」

 少女はそう言ってケラケラと笑った。

「ほう……ということはもう帰る家どころか居場所もない、と?」

「いえす。ついでに一文無しでえす」

 やけに元気よく言ったその少女の顔を女はじっと見つめた。

「これからどうするつもりなんだ?」

「さあ? 身体でも売って日銭稼げばなんとか? でもどうせ遠からずどっかで野垂れ死ぬんだったらもう死んじゃってもいいかなあって感じ。ねえねえお姉さぁん、楽に死ねる方法ってなんか知ってるう? ムラサキ馬鹿だからそういうのわかんなくてさあ」

 少女はケラケラ笑いながら女にそう問いかけた。

 そんな少女の顔を女はじっと見つめた後、小さな声で何かを呟いた。

 しかし、少女には彼女がなんと言ったかは聞き取れなかった。

「お嬢さん。身体を売ったり簡単に死んだりする前にうちで一回働いてみないか?」

「ほへ? お姉さんのところで? でもムラサキ、能無しのひとでなしよ? 男に抱かれる以外はなあんにもできない馬鹿だよ? ムラサキにできるようなお仕事なんて、あるの?」

「ああ。世の中にはバカでもできる……バカにしかできないような仕事があるのさ。うちの仕事もその類でね、万年人不足で猫の手を借りたいくらい忙しいから、どうせ行先がなくて死ぬくらいならうちで馬車馬のように働いておくれよ」

 無邪気に首を傾げた少女に女は軽く笑いながらそう答えた。

「うぅん、これはぶらっくな予感……お給料はどのくらいで?」

「正式な職員になればリーマンの二倍以上は約束しよう」

「りーまん、ってサラリーマンよね。それの二倍、って結構お高め?」

「ああ、そこそこ高めだ。少なくとも身体を売って稼いだ日銭なんかよりも十分高い。その分激務だがな。どうだ? やるか?」

 その問いかけに、少女はしばらく考え込んだ。

 別に死んだっていい、身体を売って金を稼いでも何年かくらいは生きられるだろう。

 “ひとでなし”の平均寿命は十五、六程度で、二十歳を超えられるものは滅多にいないから、現在十七歳の少女は十分生きたことにはなるだろう。

 それでもよく思い出してみると死んで欲しくないと言われたことがあるし、もう二度と見境なく股を開くなと泣きながら激怒されたこともある。

 そういう風に怒った男についさっき捨てられたばかりだが、思い直してみるとその男の言葉と約束に背くのはなんとなくよくない気がした少女だった。

「どんなお仕事かはわからないけど、身体売るよりお金もらえるなら、そっちの方がいいかなあ」

 そう言った少女に、女は深い笑みを返した。


「さて、それではおさらいといこう」

 ワゴン車の中で、頬に深い傷を持つ女が隣に座る紫髪の少女に顔を向ける。

「はーい」

 窓の外を見ていた少女は女の方を向いた。

「今から遡ること七十年前、突如としてこの世界には魔獣と呼ばれる脅威が出現した。これによってこの国はパニックに陥り、多くの尊い命が失われた」

「うん」

「この時点で我が国の政治は一時的に機能を失い、そして再構成された。その過程でこの国は魔獣駆除派の東日本と魔獣信仰派の西日本に分断されることになる」

「うんうん」

「君は西日本の出身で何より知識がない。なのでいずれちゃんとした歴史は学んでもらうが、今は軽くあらましだけを伝えておく。我ら東日本は魔獣を駆除する為に試行錯誤し、その過程で偶然自らを『神』と名乗る別次元の知的生命体との交信に成功した、そして彼等の協力のおかげで安定して魔獣の駆除が行えるようになった、というわけだ」

「ほうほう」

「現在、東日本での魔獣の駆除は『神』の協力の元、公安の討伐課や民間の魔獣駆除人が行なっている」

「そうみたいね。ライジョーがいたところは確か、討伐……何課だったっけ?」

「七課だったはずだ。ただし現人神になったということだからおそらく現在は一課に異動となっただろうよ」

「おね……課長って、ライジョーのお知り合い?」

「いいや。だが噂くらいは聞いたことがある。討伐課とうちの課は連携をとることも少なくはないし……まあ、基本的に私達の仕事は奴等の後始末だがな」

「うん」

「と、いうわけでここでようやく私達の仕事の話になる。私達の仕事は討伐課や民間の魔獣駆除人が討伐した魔獣の死骸の解体、及び回収だ」

「うん」

「殺したものは誰かが片付けなければならない。討伐課のように華々しく戦い人に称賛されるような仕事ではないが、なくてはならないのがうちの仕事だ」

 女がそう言った頃に、ワゴン車が止まった。

「そら、そこからもう見えるだろう。私達の仕事相手が」

 女が指差した先を少女が見ると、そこには道路いっぱいに大きな生物が倒れ伏していた。

 黒い体毛の、猿に似た生物だ。

「デカいだろう? あれでも一応中型種だ。中型と言ってもあんなにデカけりゃ容易にどかせない。だから、私達がいるんだ」

 そう言いながら女はワゴン車のドアを開けて外に出た、少女も促されて車外に出る。

 そうして改めて少女は道路に横たわる『魔獣』を見た。

「うへえ、でっか……うわくっさ!? なにこれ!?」

 少女が魔獣を見ている最中で、強い風が吹いた。

 ちょうどその魔獣がいる方向からの風だったものだから、その風に乗って魔獣の血の臭いが少女達の元まで届いたのである。

「はは。この程度で気を飛ばしてくれるなよ? 新入りさん」

「この程度なら平気だよ? ちょっとびっくりしただけ」

 そう言って笑う少女に女はニタリと笑みを返す。

「私の見立てはどうやら今のところ間違ってはいないらしい。というわけで我らが解体一課へようこそ。歓迎するからキリキリ働くといいよ」


 紫髪の少女は課長の後ろをついて歩く。

「さて、ムラサキよ。防護服はしっかりと着込んだか」

「着たよ」

「うむ、よろしい。それではこれから現場に入ってもらうがここで一度簡単な問題を出しておこう。我ら解体一課が現場に到着した際、真っ先にやるべきことはなんだと思う?」

「んー? ちゃんと死んでいるかどうかの確認、とか?」

「ほう、そう答えるか。正答ではないがが悪くはない回答だ。基本的に魔獣の討伐は首の切断もしくは心臓の完全破壊で完了となる。この状態で魔獣が生存していることは滅多にないが、本当に極々稀に生きていることがあるんだ。だから間違えではない」

「でも、本当の正解ではない」

「ああ。正解は雌雄の確認だ」

「しゆー?」

「……雄か雌かの確認、というわけだよお嬢さん。雌雄の確認とともに種族の確認も行うが、こちらは後回しでいいし今回のように見ればわかる場合の方が多い。今回のは中型の猿型で……おい、どっちだった?」

 歩きながら課長は先に到着していた防護服の男に声をかける。

「雄だった」

「そうか、なら問題ない」

「そっちのは新入りか。俺は解体一課の副課長のオザワだ。よろしくな」

「はじめましてえ、新入りのムラサキでえす。よろしくお願いしまぁす」

 ムラサキはニコニコ笑いながら男にぺこりとお辞儀をした。

「おうこりゃまた随分愛想のいい嬢ちゃんを拾ってきたな課長」

「まあな。では私はもう少しこいつに説明してから解体に加わる」

「イエス、マム。じゃあこっちは先に解体始めちまうぞ」

「ああ」

 防護服の男はじゃあなと手を振って魔獣の元へ去っていった。

「課長、なんでオスかメスかの確認なんかすんの? 別にどうでもよくない、そんなの」

「よくないから確認するんだよ。さて、何故確認すると思う?」

 そう問いかけられたムラサキは少し考えた後、にこりと笑う。

「わかんなぁい。さっきオスなら問題ないって言ってたけど、なんで問題ないのかもさっぱり」

「そうか。では正解を言おう。正解は雌の場合は危険だからだ。孕んでいる可能性があるからな」

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