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1-10 メスガキ探偵と監獄女学院

「オニーサン、こんな初歩的なことも分からないんですかぁ♡」


 聖ばすてゐゆ女学校。通称、監獄女学院と呼ばれる山奥の学園で起きた失踪事件。警備員の松浦直樹は、己の首をかけて捜索を命じられる。

 彼は身体能力に長けるが、頭はさほど宜しくなかった。行き詰まった彼は、名探偵の娘である小学生、御厨れいなに協力を仰いだ。

 だが、妹の親友でもある彼女はメスガキ探偵であった。


御厨れいな:11歳。名探偵の娘。とある理由で優等生モードとメスガキモードを使い分ける。

松浦直樹:24歳。体育大学卒の警備員。脳筋。

松浦幸:11歳。れいなの親友、直樹の妹。通称、さっちゃん。


本郷栞:聖ばすてゐゆ女学校の生徒。春休みの初日に失踪した。

 三月下旬、陽光照らす山道を銀色のコンパクトSUVが登っていく。

 警備員服を来た筋肉質の大男が運転し、後部座席には私服姿の眼鏡の少女が座っている。


「すごいところにありますね」

 少女――御厨(みくりや)れいなは仏頂面でぼやいた。


「『俗世から離れ、健全な精神を宿す淑女たれ』だからな。全寮制な上に路線バスもない山奥の学園だ」

「じゃあどうやって――」

 行くんですか、という言葉は急カーブによって遮られる。


「世間的にはお嬢様学校ということになっている。彼女たち各個人のお抱え運転手なんかが入学と卒業、長期休暇の送り迎えされたし、と」

「にしたって、スマホもパソコンもテレビも禁止ってやりすぎじゃないです?」

 かろうじて電波が入っているスマホをいじって、少女は学校のホームページを確認していた。


「問題児の方が多いからな」

「ああ、悪役令嬢ものにありがちな修道院行きみたいな」

「?」

 彼女の言葉がよくわからず、男――松浦直樹(まつうらなおき)はバックミラー越しに疑問の表情を浮かべた。


「島流しってことですよ」

「前時代的な学校だな、とは思う」

「予めお聞きした限りでは、お兄さんに全責任擦り付けられようとしているって聞きましたけど」

 外に向けていた視線を戻して、れいなは直樹に問いかける。


「当日夜勤だっただけなんだがな」

 彼はため息とともに嘆いた。


「まだ警察も介入してないんですよね」

「警察の『上』の方で止めている。らしい。俺が首になったら、捜査開始すると言われた」

「それで困り果てたお兄さんが、さっちゃん経由で私に依頼した、と」

「そうだ。世話になる」

「春休み暇でしたし、さっちゃんが自慢してたお兄さんに興味ありましたし。ちょうどよかったんですよね」

 後部座席から身を乗り出すと、助手席にもたれかかった。


「俺も君のことは妹から聞いていた」

「さっちゃんはどう言ってました?」

 れいなは自分の噂が気になるのか、落ち着きなく髪の毛を触りながら尋ねる。


「『れーちゃんはすごいんだよ! 音楽室のお化けを見破ったり、リコーダー泥棒を捕まえたり! あと、水着と体操服がなくなった時も見つけてくれたんだよ!』だったか」

「馬鹿な教師が一人消えただけです」

 ロリコン教師を社会的に排除したのがれいなであった。


「……。俺のことはどのように?」

「要約しますと、筋トレとボルダリングとパルクールと登山が趣味のぼっち。ですかね」

「そうかぁ」

 彼女の目には彼の大柄な体がしょんぼりしたように見えた。


「ああ、そうだ」

 すれ違い用の待避所に停車し、直樹は思い出したように振り向いた。


「何でしょう?」

「これを渡しておく」

 れいなにクリーニングされた制服と、校章が刻まれたICカードが渡される。


「学園のゲストパスと制服だ。春休みとはいえ、私服は目立ちすぎる」

「だからお兄さん警備服だったんですね。ところで、私はどこで着替えたらいいんです?」

「……」




 周囲を山で囲まれた、戦前の療養所めいた立地にある学園の校門を車はゆっくりと抜けていく。

 入場に際し、二人のICカードが端末を通され記録される。


「校門に警備員室が付設。時間外の出入りは緊急時以外禁止。で、学校全体をぐるりとコンクリート塀。刑務所か何かですかここは」

「監獄女学院なんて揶揄されているくらいだ」

「『聖ばすてゐゆ女学校』って名前があからさまですね」

 車から降りて二人は、行方不明になった女子がいた寮へと向かう。


「こっちだ。ここは俺もあまり立ち入らない」

 れいなは年期の入った六階建ての寮を見上げる。


「男子禁制ってことですか」

「点検や業者が入る際は例外だがな」

 古びた外観に比べ、新しく設置されたであろうエントランスドアに直樹はICカードをかざした。


「寮の入り口もカードなんですね」

「入り口に関わる場所のほとんどはカードで管理されている。寮は出入りともに記録されるし、カメラも設置されているな」

 内部はモノトーンを基調にした清潔感のある内装が広がっていた。


「北欧モダンって感じで上品ですね」

 れいなは調度品に目を向けながら呟いた。


「ちなみに警備員室はプレハブだし、スチール棚とパイプ椅子だ」

「御愁傷様です」


「一階は寮監室と談話室。食堂と購買、公衆電話。運動室や遊戯室もある」

「ふぅん。自販機も一杯ありますね。あら、売り切れ発見。お風呂はあるんですか?」

「各部屋に備え付けだな」

「トイレと一緒の?」

「なんと、別だ」

「わぉ。で、警備員室は?」

「トイレと一緒だ」


「で、エレベーター乗るにも、各階の出入りにもカードがいる、と。」

 頻繁に使うカードにうんざりとするれいな。


「自販機と洗濯機、乾燥機、アイロンが各階の共用スペースにある」

「ここも売り切れがありますね」

「あとで、職員に補充するように伝えておく」


「で、ここが本郷栞(ほんごうしおり)さんの部屋ですね」

 404号室。

 直樹は、専用のカードキーで開錠する。片開きのドアを引いて中に入る。

 彼に続いて、れいなが入りドアを閉める。すると自動でロックされた。


「防犯意識が高いのかなんなのか」

「毎年、締め出される生徒が出るらしい」


 室内は左右対象に物が配置された二人部屋。入り口の左右に下駄箱があり、片側に革靴と市販のスニーカー。

 左手にトイレ、その隣に浴室。右手側にクローゼットが広く取られ、バスタオルや冬服が置かれている。

 部屋中央の左右にベッドが配置され、空きスペースに、パラソル型の物干しスタンドが鎮座している。それには下着が干したままになっていた。

 そして、最奥に窓を挟んで机が配置されている。


「見た感じ二人部屋に一人、ですか」

「同室の生徒は辞めたそうだ」

「そりゃ、こんな山奥ですからねぇ」

 れいなは窓を開けて、上下を確認する。


「いなくなったのは春休み初日の夜から朝にかけて。夕食後点呼では所在確認済み、朝食前点呼で不在判明。日にちで言えば3日前。でしたね」

「そうだ」

「カードの解錠記録に怪しい点はないと」

「この部屋の解錠記録は夕食点呼後のみ。以後、そのカードが使われた記録はない」

「施錠記録は?」

「カードによる解錠しか記録されないシステムだ」

「なくなったものは?」

「寝間着とカーディガン、学校指定の運動靴。そして、カード」

「財布もなしに脱獄ねぇ……。よし」

 れいなは何かを決めたように、眼鏡を外し、髪の毛を結ぶ。口許は弧を描き、仏頂面だった顔が不敵な笑みへと切り替わる。


「ねぇ、オニーサン」

「なんだ」

「助けてほしい?」

 れいなは改めて問いかけた。


「その為にここまで来てもらった」

「名探偵の娘にお願いするなら頼み方ってものがあると思うなー」

「なんだ?」

「んふふ。全ての責任を負わされて懲戒解雇されるのと、あたしにお・ね・が・いするのどっちがいい?」

「頼む」

 彼女の豹変に戸惑いつつも、直樹は深々と頭を下げた。


「えー。オニーサン、頭がたかーい♡」

 彼女のどこか期待するような目から察し、床に両手両足を付き、土下座する。


「お願いします」

「大の大人が、JSに土下座ってプライド投げ捨て♡ しょうがないにゃあ。かわいそーなオニーサンの為に力を貸してあげるね♡」

「どうした急に」

 彼の問いに、彼女は真顔になる。


「探偵になる儀式です。他人の秘密や葛藤を赤裸々にして、訳知り顔で得意気に語るクソ野郎が探偵です。私は少なくとも私のまま、その罪悪感に耐えられません」

 早口で吐き捨てるようにれいなはまくし立てた。


「俺は頭が悪いから分からんことばかりだ。だから、御厨のやりたいようにしてくれればいい」

「あは♡ いいですね、オニーサン♡」

 れいなは人を食った笑みを浮かべた。


「じゃあ、まずははい」

 れいなは窓の外を指差した。


「何を」

「ジャンプ♡」

「は?」

「ビビってるんですかぁー?」

「……五点着地ならいけるか?」

 地面との高さを確認して、直樹は思案顔になる。


「冗談です」

 思わず素に戻るれいな。

 気を取り直して彼女は両手を広げた。


「何だ?」

「屋上までおんぶして♡ 登って♡」

「出来なくはないと思うが」

「あたしの薄っぺらいお胸に興奮しないでくださいねー」

 れいなが直樹の背中に飛び乗ると、彼は窓から身を乗り出して外壁を登り始めた。


「ロープがあればよかったな」

「シーツやカーテンで代用すればよかったね♡」

 時々、不安定な状態になる度に、ぎゅぅと直樹にしがみつくれいな。


「そういうのは先に言ってくれ」



「なにもなし、と」

 れいなは屋上を見渡す。寮内への出入口と貯水槽が見えるだけだった。


「ここから体育館側の屋根に飛び移れそうだ」

「オニーサンの脳筋♡」

 そのルートには少なくとも数メートルの跳躍と数メートルの落下が含まれている。


「こっちは?」

 れいなは表面に取っ掛かりのない貯水槽を指し示す。


「梯子が欲しいが……」

「えー、できないんだぁ♡ だっさ」

「いけるか?」

 彼は助走をつけ、手すりを足場にして飛んだ。貯水槽の側面に足をつけるとさらに跳ねるように縦にジャンプ。そこから貯水槽上部を掴むと、腕の力で引き上がった。


「いけた」

「うわぁ……」

 さすがのれいなもドン引きであった。


「……」

「どうしました?」

「御厨、警察を呼んでくれ」

 直樹は開いたままの貯水槽に浮かんだ運動靴やカーディガンを見つめた。

 

「嫌でーす。このままだと、オニーサンが犯人にされちゃいますよ♡」

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