1-09 異世界追放された悪役令嬢と冒険する?
交通事故で死んだ弓場 虎は、どこだかよくわからない場所で、絶世の美女アリアンテ・リダ・モンテルランと出会う。
聖女に婚約者を取られて捨てられた(物理的に)というアリアンテと共に、どちらとも縁のない更に別の異世界に迷い込んだ二人は、行動を共にすることに。
ここまでなら普通の異世界チーレムっぽい展開なのだが、虎には少し違う所があった。
「これ、俺の体どうなってるの」
なぜか、まるで魂だけあるように、光の玉として存在する虎。アリアンテとのめくるめく展開も、体がないのでなんにもならない。
「せ……せめて腕、いや足……。感触もすごい限定的だし! うわぁ、アリアンテ〜!」
虎の苦難は続く。
ああ、僕は結局死んだのか、と思った。
気がつくと真っ暗な場所にいて。
上を見ても下を見ても後ろも真っ暗な場所で。
そしてなぜか体の感覚がなくて。
だから、どこだここと思った次の瞬間に、そんな風に考えたのだ。
「天国……でもなさそうだなぁ」
あたりを見回し、前に進……んだような気になる。
いや、景色変わらんし。歩いてる感覚ないし。
ずーっと暗いの。何だこりゃ。
「地獄ってこんななの? いや、なんか確か何も起こらない地獄ってのがあるって聞いたことあるかも」
それでも前へ前へ進んでいたら、ある場所で人影を見つけた。
それはドレス姿の女性だった。
闇に溶け込むような落ち着いた赤いドレス。そこに白い肌が光輝くように浮かんでいる。背に流れる髪は金。ぼんやりと遠くを見るような瞳は、月のような灰青色。そしてとんでもなく整った顔に、張り出した胸と見事なくびれ。
年齢は十八前後だろうか? 目の醒めるような美女とはこういうものを指すのだろう、と素直に感じた。
「なるほど、小説でよくある異世界転生とかいうやつか」
こんな美女が、暗闇でボーッとしてるって、女神様とかいうやつだろ? 「異世界よりの勇者よ、助けてください」ってヤツだろ? 白い部屋じゃないけど多分そうだろ?
そんなことを考えていたら、美女はハッとした表情に変わって周囲を見始めた。そして、こちらに目線を合わせる。
そのまま、微動だにしない。
「ええと……女神様?」
呼びかけると、キョロキョロとまた辺りを見回すようにしながら、返答された。
「め……がみ? いや、私はそんな大層なものではない」
ぎこちなくそう言い、困惑したように眉をひそめ、まだあたりを見回し続ける。
「転生の女神様とかじゃないのか?」
「否……私はそんな、畏れ多い」
震えるように首を振り、彼女は俯くように顔を下げると自分の両手を見る。やがて寒さをこらえるように体を抱きしめ、こんなことを話しだした。
彼女は王子の婚約者であった。恋愛感情はないものの、将来のパートナーとして信頼を寄せられるよう、努力していた。そこに異世界から少女が召喚されてくる。様々な強力な魔法を使える少女は『聖女』と称されて、王子に気に入られるようになり、逆に彼女は疎ましがられて……。
最後に『聖女』の魔法で開いた『次元の穴』からここに捨てられたのだと言う。
「『次元の穴』?」
「『聖女』はそう呼んでおった」
四次元空間とか、そんな感じなのかな?
それにしても、話し方にドレス姿とのギャップがある女性だ。西洋じゃなくて東洋風のイメージがある話し方。媛って感じの。妾とか言いそうな。でも、彼女が持つ気品によく似合っている。
「君、名前は? ああ、僕は弓場 虎。日本の社畜です」
とにかく彼女の名前を聞こう。そのために僕は先に名乗った。
「ユーバ・トラ? ニホン」
「弓場が姓で、虎が名前ね。気軽に虎でいいよ」
外国とはファミリーネームとの順番が違うだろう……。思えば、彼女は異世界の人でいいんだよね? 聖女を召喚って言ってたし? 会話がスムーズだけど、所謂異世界転生特典みたいになってるのか?
「トラ……。私は、アリアンテ・リダ・モンテルラン。辺境伯家の娘、だった……」
少し首を傾げつつしてくれた自己紹介は、最後にはひどく悲しそうな声音になっていた。
「アリアンテさん……」
呼び捨てでいい、と言う彼女が薄く笑うとやはり可愛い。それでもやはり悲しそうだった。王子見る目ないな。今頃自滅してりゃいいのに。
「それで、トラ。そなたはどこにいるのだ? 姿を見せてほしいのだが」
「へ?」
いや、目の前にいますけど。
「いや、目の前にいますけど?」
「は」
いったい誰に喋っているつもりだったんだろう。さっきまでガッツリ目を合わせて身の上話をしてくれたじゃないか。
「……まさか、この光の玉がそなたなのか?」
と、思ったけどそういうことじゃなかったらしい。
回りを見渡せば、なるほど真っ暗闇。見えているのは僕の周囲だけで、そこにあるのはアリアンテの姿だけ。
魂って光るのか。じゃなければ、僕は光源に生まれ変わった? そんなバカな。しかしなるほど、僕は野営の焚き火状態なわけだ。そりゃー、見つめながら身の上話のひとつもしたくなるだろう。
「あー、うん。みたいだな。自分じゃ見えなくてわからないけど」
遠い目でぼんやりそんなことを思う。
「そなた……人ではないのか?」
「いや。人間だよ! ……死んだけど」
「死んだ?」
反射的に答える僕に、怪訝な顔のアリアンテ。
「事故でさ。だからここ、あの世だと思ったんだよ。きれいな女の人がいるし。天国か異世界転生か選ぶのかと思うだろ」
光源に転生ってめちゃくちゃ攻めてるな、なんて考えていた所で、アリアンテに異世界では死ぬと別の異世界に行けるのかと尋ねられた。物語の中だけの話と言うと納得したよう。今更だけど、アリアンテからしたら僕も異世界人なんだよね。
「うーん。ここが転生の部屋じゃないのなら、どうしたら良いんだろ。お互い一緒にいた方がいいんだろうけど」
悩んでいると、アリアンテのクリっとした目が、縋りつくように見てくる。
「一緒にいてくれるのか?」
すごくカワイイ。ちょっと、ホントこれを捨てられる王子の感性を疑う。
「えっ、うん。……嫌なら離れるけど」
照れて少し動こうとすれば、
「ならぬ、ここにいよ。真っ暗になってしまう」
「あー……、うん。わかった」
なんて言われた。かわいい。
ハイ。わかってますよ。僕は光源として頼りにされてるんだよね。
ちょっと脱力しながら、カワイイ女の子に好意を持ってもらっているかもという考えが浮かんでいる自分に少しイラつく。ちくせう。
「……?」
悶々としていると、アリアンテが僕から視線の外れた所を凝視し始めた。
「どうしたんだ?」
「あそこ。扉がある」
少し離れた場所を指差すアリアンテ。
近づけないかと言われたので、動こうとしてみると……おお、ゆっくりだが移動できてる。ちゃんと移動できてたんだなぁ! 宙に浮かんでそのまま移動してるから、とても不思議な感覚だ。
「おー。本当だ」
そこには石組の中に木製の重厚な扉がはめ込まれていた。本当に扉だけで、壁などはない。取っ手は黒い金属製の輪で、しっかりと取り付けられている。
「どこかに通じてるのかな?」
「真っ暗で気がつかんかった。トラのおかげだの」
「ハハ。光源冥利につきるよ」
そう言うと、扉をお互い検分した。
裏には扉の裏があるだけ。何もない。
「開けていいか?」
「うん」
「どこかに行かぬようにの」
「おう」
そう確かめ、アリアンテが扉に手をかける。その瞬間。
「きゃあ!」
唐突に扉が開き、その中央に暗闇を吸い込むような漆黒の何かが現れた。渦を巻いて……僕らを吸い込んでくる!
「アリアンテ!」
「トラ!」
アリアンテが必死に伸ばす腕に絡まるように僕が入り込むと、彼女は自分の胸の中に抱き込んでくれた。
§
「きゃあ!」
「大丈夫か?! アリアンテ!!」
しばらくどこかに飛ばされるような、落ちるような、吸い上げられるような、そんな感覚を味わったあと、僕らはどこか明るい場所に放り投げられた。
緑に溢れ、ザザッと木の葉が風に吹かれる音がする。ここは森のようだった。
「アリアンテ、けっこう力強いね。苦しかった……」
そう声をかけると、アリアンテが腕を解く。
「すまぬ。トラは大丈夫か?」
「全く大丈夫……」
そう言って体を見ようとして……。
「は?」
見えなかった。
いや、まて。ココって転生先じゃないのか?
転生したらイケメンだとかそういうことは無いのか?
これまだ僕、光源状態なんですけど??
「アリアンテ、アリアンテ! 僕の体がない!」
「? トラは元からそうだったではないか?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ!!」
なんとか説明しようとして、けれども出来なかった。
僕が見上げたアリアンテの後ろ。大きな黒い影が現れたからだ。
「ア……アリアンテ、危ない! 後ろ、熊!!」
のっそりと立ち上がった黒い熊は、僕が声をかけている間にその太い腕を振り上げた。
アリアンテは振り向きざまに、僕をまた腕に囲って横に倒れ込む。
――いや、倒れ転がるように避ける。
「ナイス、アリアンテ!」
「熊……いや、モンスター?!」
アリアンテはその場から走り始める。
「アリアンテの世界にはモンスターいた?」
「うむ、辺境にの。トラの世界では?」
「創作の中にならね」
のんきな会話の後ろから、獰猛な唸り声が聞こえる。黒い熊が猛追してきている。アリアンテは木を回り込んだり飛び越えたりして、撒くように走っているが、すぐに追いつかれそうだった。
「惜しや……何か武器があれば」
そう呟くアリアンテは……もしかして戦えるお姫様なのか?
そんなことを考えている間に、熊は僕を抱えるアリアンテのすぐ後ろに来ていた。
「きゃあッッ」
勢い余って太い木の根元にぶつかってしまうアリアンテ。
熊は直ぐ側に。その太い腕を振り上げている。
「いやぁあああ!!」
直後、ドゥ! というものすごい音の後、
モンスターはアリアンテの持つ槍で、穿きあげられていた。
「なっ……はぁ?!」
って、この槍、僕だ?!





